ⅩⅩⅠ セクメトの声

ⅩⅩⅠ セクメトの声(1)

「そら! そら! そら! そら! このくらいの攻撃も防げないなんて、それでもあなた、〝セクメトの女主人ネベト・セクメト〟? 悔しかったらもう一度反撃してみなさいよ!」


 傷だらけの無残な姿をしたセクメトと、激痛に堪え、腫れあがった左腕を押さえるメルウトにも情けをかけることなく、アルセトは容赦のない攻撃をしかけ続ける。


〝殺せ! ……敵を殺せ!〟


 満身創痍のメルウトの頭にまたも女の声が響いたちょうどその時、攻撃に専念するあまりテフヌトの方にも大きな隙が生じる。


「くそうっ! 死ねえぇぇーっ!」


 死の危機に瀕したメルウトは、思わずセクメトの声に従い、その隙を突いてウラエウスの火炎を最高出力で放とうとした。


「……うっ!」


 だが、そんな彼女の脳裏に、あの日の炎に焼かれる神官団の兵達の姿が蘇る……その凄惨な光景に、メルウトは直前でウラエウスを使うのをやめ、赤い太陽円盤を現したまま、セクメトの動きを一瞬止めてしまう。


「させるかっ!」


 メルウトのその躊躇は、逆に絶好の機会を敵に与えてしまう……無防備なセクメトにアルセトは大きく振り上げた鞭を渾身の力を込めて打ち付ける。


 バシィィィィィーン…! と再び響き渡る、一際大きな金属音。


「きゃあぁぁぁぁーっ…!」


 強力な多条鞭のその一撃は、メルウトとともにセクメトを吹き飛ばした。セクメトの巨体は土埃を上げながら、黒い河原の地面の上を地響きを立てて転がる。


「その程度の力しかない者にネベト・セクメトである資格はないわ! とっととくたばって、このあたしにセクメトを渡しなさい!」


 ……バシィィィーン! ……バシィィィーン…! と不快な高音を等間隔に立て、倒れたセクメトをなおもアルセトは執拗にいたぶり続ける。


「さあ、もう一度、ウラエウスの炎に焼かれるがいいわ!」


 多条鞭ばかりでなく、メルウトが躊躇ったウラエウスをもあっさりと用いて、彼女はセクメトをまたも白い光で焼く。


「くぅ……」


 メルウトは頭を腕で庇うようにして必死にその攻撃に耐えていたが、全身傷だらけのその身体からは、体力も戦意も、もう充分すぎるほどに奪い去られていた。


「メルちゃん……」


「これはマズイかもしれんの……」


 動かなくなったセクメトを、ウベンとジェフティメスは心配そうに見つめる。


「おい、金色の方の女神さまが動かなくなっちまったぞ?」


「金色の女神さま、大丈夫かな……」


 事情を知らぬ聴衆達も、ただならぬ様子に闘いの行方を固唾を飲んで見守る。


「このまま弄り殺してあげてもいいけど……かわいそうだから、そろそろ止めを刺してあげるわね」


 骸のように横たわるセクメトをジェド柱室の透明な壁越しに見下ろし、アルセトは無慈悲な笑みをその冷たく美しい顔に浮かべる。


ラーの眼イレト・ラーはケプリ機関を破壊しない限り、自己修復機能でほとんど元通りに直るようだから大抵のことをしても平気よね? ……そうね。それじゃ、土手っ腹に風穴でも開けてみようかしら? ああ大丈夫よ、安心して。それでも乗ってる人間は痛みで悶え死ぬでしょうから」


 残酷な宣告とともに、アルセトは再び高エネルギー場をテフヌトの頭上に形成する。


 しかし、今度はすぐにウラエウスを放つことなく、時間をかけてさらにエネルギーを凝縮し、頭上の白光円盤は今まで以上に白く、まるで本物の太陽のように眩く輝き始めた。


「フッ…勝負あったな……」


 光度を増していく太陽円盤を細い目で見つめ、恋人の勝利を確信したウセルエンは残忍な笑みで安堵の気持ちを現す。


「なんか、ヤバそうな感じが……」


「いや、これは本気マジでヤバイぞ……」


 一方、ウベンとジェフティメスはその強烈な光にただならぬ胸騒ぎを感じる。


「今度は拡散させずにすべての力を一本に集束させてお見舞いしてあげるわ……それじゃ、さようなら。記念すべき人類初のセクメトの女主人ネベト・セクメト、メルウトさん」


 そんなお別れの挨拶をすると、アルセトは極限まで凝縮されたエネルギーをウラエウスの口からカッ…! と一気に解き放った。


 ただし、それはこれまでのような無数に分かれた光のシャワーではなく、その輝きに目が眩むような、ただ一筋の太い光の線である。


 その純白の光線が、ウラエウスの口から一直線にセクメトの腹目がけて超高速で進んで行く……。


「メルちゃん!」


「メルウトさん!」


 闘いを見守るウベンとジェフティメスも思わず叫び声を上げる。


 …………だめだ。身体が動かないや……わたし、死ぬの……かな……?


 それは、きっと瞬きをする間に過ぎる一瞬の出来事であったのだろう……だが、なぜかゆっくりと迫って来るように見える超高速の光線を、ぼんやりと見つめながらメルウトは思った。


 ……まあ、それでもいいや……もう、疲れた……セクメトを守って闘うことにも……このまま生きていることにも……どうせ、わたしが死んだって悲しむ人間なんていないし、ジェセルさまも、もうこの世にはいない……わたしがこの世に生きている意味なんて何もないんだ……とにかく早く楽になりたい……早く楽になって、あの世でもう一度、ジェセルさまと……。


 朦朧とする意識の中、ゆっくりと目を閉じる彼女の眼前に、まるで夢でも見ているかのように過去の記憶が浮かび上がる――。

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