戦闘女神(イレト・ラー)セクメト

平中なごん

序文

序文 創世神話 

 まだ、この地球ほし人間レメチュが存在していなかった遠い遠い遥か昔………世界は〝原初の水ヌン〟だけが存在する混沌の暗闇でした。


 その暗闇の中に、自らの意志によってアトゥム――またはラーと呼ばれる太陽の神が生まれ、世界で最初の土地〝原初の丘〟を創ると、ベンヌという鳥の姿になって、その大地の上に降り立ちました。


 それから、この両性具有の神は手淫によって大気の神シュウとその妻・湿り気の神テフヌトという初めての男女の神を生み、そのシュウとテフヌトは大地の神ゲブと天の女神ヌトを生み、この二人も夫婦となりました。 


 しかし、非常に仲のよかったゲブとヌトは常にくっ付いたまま離れず、太陽であるアトゥム=ラーの通り道まで塞いでしまいました。


 そこで、二人の父であるシュウがヌトを持ち上げてゲブから引き剥がし、この世界の天と地が分かれたのでした。


 一方、この時すでにヌトのお腹の中にはゲブの子が宿っておりましたが、通り道を塞がれて怒ったラーは、1年12ヶ月すべての月にヌトが子を産むことを禁じてしまいます。これでは新たな神を生み出すことができません。


 でも、そんな彼女に救いの手を差し伸べる者が現れます。ラーと同じくヌンの中から自力で生まれた知恵の神トトが一計を案じ、ヌトのために月と賭けをして5日の閏日(12ヶ月に含まれない日)を手に入れてくれたおかげで、ヌトからオシリス、イシス、セト、ネフティス、ハエロリスの五柱の神が生まれ、こうして世界は順々に創造されていったのでした。


 さて、神々を始めとして森羅万象すべてのものを創り、その目からは人間を創り出した太陽神アトゥム=ラーは、自身が創造したこの王国を自らの手で治めました。


 彼は毎日のように国内を視察して回り、地上に威光と恵みを与えました。その頃は神と人間とが共存し、けして正義マアトが乱されることのない、大変すばらしい時代でした。


 ところが、ラーの視察は真夏の日差しのように厳しいものでもあったので、しばしば人間達から非難されることもありました。加えて偉大な神であったラーも年老いて衰え始めると、ついに人間達はラーを王の座から退位させる陰謀を企てるようになったのでした。


 ですが、いかに老いたとはいえ、偉大なるラーがこの陰謀に気づかないはずはありません。


 彼は反乱を起こした人間達を抹殺すべく、ラーの娘サァト・ラーであり、彼を守護する存在〝ラーの眼イレト・ラー〟と呼ばれる戦の女神セクメトを派遣しました。


 牝ライオンの姿をしたこの女神は情け容赦することなく、人間を次から次へと血祭りに上げていきました。


 一旦は人類の抹殺を考えたラーでしたが、その恐ろしい様を見ると、人間を哀れに思ってセクメトに帰って来るよう命令を出しました。


 しかし、殺戮の快楽に酔いしれるセクメトは攻撃をやめようとはせず、人間はあわや滅亡寸前にまで追い込まれてしまいました。


 そこで、またも知恵の神トトが作戦を練り、赤い果実ディディの汁を混ぜたビールを7千壺作り、それを大地に振り撒きました。


 すると、セクメトは赤いビールを人間の血だと勘違いして舐め始め、いつしか酔っ払って寝てしまいました。


 次にセクメトが目覚めた時、彼女はもとの優しい女神に戻っていたので人類は滅亡を免れたのでした。


 でも、人間が反乱を企てたこの一件は、ラーに地上を治める意欲をすっかり失わせてしまいました。


 彼は後のことをトトや息子のシュウに託し、牛の姿になった天の女神ヌトの背に乗って天空へ去ると、地上とは無縁の生活を送るようになりました。


 その後、さらに地上の王の座は子孫のオシリス、彼とイシスの息子のホルスへと受け継がれ、そして、そのホルスの子孫が現在のファラオであるということです。


   (下エジプト第13ノモス・州都ヘリオポリスを中心とした創世神話)

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