第13話 ガーベラと行き先のない切符


<ガーベラ:大千本槍 花言葉:常に前進>



 ピンクのリュックは、まるで赤ちゃんのよう。

 胸に抱いている君を笑顔にさせて。

 そこからなにが飛び出してきても楽しくて。

 一つ一つが、心をころころ転がす桜色の飴玉。


 甘い粒を右のほっぺに放り込むと。

 君は左のほっぺを膨らませて。

 顔を見合わせると、鏡に映った自分の姿。

 零れるばかりの笑顔が映ってる。


 かたんことん。

 緑の電車は俺たちを運ぶ。


 かたんことん。

 緑の景色が俺たちを運ぶ。


 レールの先で待っているのは。

 ずっと昔に、おじさんがくれた思い出。


 ……そんな思い出に、今日、初めて会いに行く。



 電車を二つ乗り継いで。

 沢山の時間を、おじさんと三人で過ごして。


 ご機嫌笑顔で、ずっと肩を揺らすのは。

 俺の幼馴染、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 今日は小さな頃のよう、二つに結んで、大きなリボンで留めて。

 そこに一輪ずつ、ガーベラを挿しています。


 二つのお花は、輝く穂咲の笑顔をすぐそばで見て。

 照れくさくなって、真っ赤に色づいていました。



「……それにしても君のリュック、パンパンだね」

「そうなの。準備万端なの。ジュースだって出てくるの」


 さっきから、いろんなものが飛び出すびっくり箱。

 そこに手を突っ込んでひっかきまわしていた穂咲は。

 急に眉根をしかめながら妙な物を取り出しました。


「……なにこれ? こんなの入れてないの」

「入れてない? もともと入ってたって事?」


 穂咲がリュックから取り出したのは。

 縁の一部がジグザグに切られた小さな厚紙。

 ああ、これは知ってるよ。


「昔の切符だね」

「そうなの? 端っこが切れてるの」

「わざと切ってるんだよ」

「どうしてなの?」

「そりゃあ、何回も使われると困るから出る時に切っちゃうんだろ」

「なるほどなの」


 穂咲が渡してくれた切符は、印刷が剥げていて。

 辛うじて読むことが出来る地元の駅から矢印が書かれて。

 でも、行き先が完全に消えている。


 ……行き先の無い切符。

 なんだろう。ちょっと怖い。


 そんな切符を見つめている間にも。

 穂咲はリュックをあさり続けているのですが。


「もう、これが邪魔でジュースが探せないの」


 そう言いながら引っ張り出してきたものは。

 ……君のバカを証明するための品でした。


「おじさんのかんかん、持ってきちゃったの?」

「うん。中身は置いてきたけど」


 おじさんのかんかん。

 フロッピーディスクが入っていたかんかん。


 そんなもの持ってきてどうする気なのでしょう。

 呆れ顔で見つめていたら、重要なものまでぞんざいにほっぽり出しました。


「地図! これはもっと大切に扱いなさい!」

「今はジュースの方が大切なの。宝箱を見つけたら、こいつで乾杯なの」

「……その未来予想図の中で君が持っているアイテムを言いなさい。右手に?」

「ジュース」

「じゃあ、左手には?」


 地図を突き付けながら問うてみれば。


「……あたりめ」

「アルコール入ってないよねそのジュース!?」


 慌ててリュックを奪い取ってみたら。

 メッシュのサイドポケットに挿さったリンゴジュース発見。


 ……もう、どこから突っ込んだらいいやら。

 溜息と共にリュックを突っ返すと、穂咲はさらに中身をぶちまけ始めました。

 こんなことで見つかるの? これ。


 改めて地図を眺めると。

 駅があって、川があって、大きな岩の下にバツ印。

 ……バツ印のところにも。

 こんなのが埋まっているのかしら。


 そう思いながらからっぽのかんかんを手にした瞬間。



 俺は、足元がぐらりと揺れる感覚と共に、過去へ連れていかれたのです。



 切符の話。

 リュックをあさる穂咲。

 窓から見える風景。


 ……と同じ……。



 記憶の中の駅に着く。

 記憶の中の改札を通る。


 そしてこの風景、見覚えがある。


「急に曇って来たの。道久君、どっちに行くの?」



 ――この案内板を確認して。

 ざわざわと揺れる竹に導かれるまま、小路を進む。


 そして手すりの高い、鉄製の階段を。

 わざわざ一段ずつ飛び跳ねながら降りたんだ。


「道久君? ……道久君ってば。こっちで合ってるの?」


 俺の前には大きな背中がいて。

 そのさらに先には穂咲がいて。


 二人に置いて行かれないように急ごうとすると。

 父ちゃんが手を掴んで、下を指差すんだ。


 笹の葉が四つ合わさってできたフォトフレームから見えたのは。

 清流にかかる真新しいつり橋で。


 素敵な景色に一瞬喜んだものの。

 長い坂道がそこに繋がっているものと知ると、俺は怖くなって父ちゃんにしがみついたんだ。


 ぎしぎしと、不安をあおる音で鳴く橋を。

 風に揺らめくこの橋を。


 俺は怖くて、父ちゃんに掴まりながら。

 君はおじさんを引っ張りながら渡ったんだ。


「あれ? ……なんだか、この橋を渡った事があるような気がするの」


 対岸に着くとすぐにある、河原へ降りる急こう配。

 俺たちはそれを下って、丸い大きな石に難儀しながら川へと走る。


 モンキチョウが風に流される、緑色の景色。

 ぼーっと見惚れていたら、穂咲に川の水をぱしゃりとかけられたんだ。


 父ちゃんとおじさんが、河原にレジャーシートを敷いて。

 おばさんと母ちゃんは、お弁当を並べて。

 俺と穂咲は川の水をさんざんかけ合った後。


「…………このあたりか」


 おにぎりを受け取って、大きな丸石に座り込んで食べたんだ。


 そのあと……。



 俺が辺りを見渡すと。

 穂咲も何かを思い出したのか。


「あっちだと思うの」


 おぼろげな記憶の中に、確かな景色が浮かんだのだろう。

 川上の方を指差して、石ころによたよたとしながら歩き出す。


 ……まるで、塗り絵にクレヨンが入っていくよう。

 頭の中にある線画のような景色が、目の前に広がる色で補完されていく。


 そして俺は無意識のうちに。

 鞄からスコップを取り出していた。


「間違いない。その岩だ」


 ……あの時は屹立していた岩が。

 今は斜めに倒れて、他の大岩にもたれかかっているけれど。


 宝の地図に書かれた岩の十字模様と。

 記憶の中の、白っぽい岩に走る黒い線と。

 今、目に見えるうっすらと黒身がかったまだらが。



 一つに重なった。



 ――無我夢中だった。

 穂咲の不安そうな声も耳に入ったけど、早く会いたかった。


 スコップを入れる度に蘇る。

 鮮明によみがえっていく。


 俺たちを見つめながら、父ちゃんとおじさんが言っていた言葉。



 『タイムカプセル』



 ……そう、これは、タイムカプセルの地図だったんだ!



 無我夢中。

 俺は石ころをよけ、スコップで地面を掘り返し続けた。


 今すぐ穂咲に会わせてあげたい。

 おじさんに、会わせてあげたい。


 気付けば手は切り傷だらけ。

 爪が剥がれるような痛みに悲鳴を上げていた。


 ……ここにはない。

 じゃあ、もっとこっち。


 いつの間にやら雨が降り始め。

 あらい息が白く煙って視界を妨げる。


 広く。深く。

 掘り起こすこと一時間。

 そしてついに……。




 穂咲が、俺の肩に手を当てて。

 ……首を左右に振った。




 俺の手を両手で握ると。

 固まっていた指を一本ずつ伸ばして。

 スコップが石で冷たい音を奏でると。

 にっこりと微笑んでくれた。


 涙を流す俺に、微笑んでくれた。



「……ごめん。見つけられなくて」



 俺の言葉に返事もせず。

 タオルで俺の手を拭った穂咲は。

 リュックから折り畳み傘を取り出した。


 でも、ふたりの心を冷たい雨から守るには、ちょっと小さかったね。

 せめて君だけは濡れないように、俺は差し出された傘の縁を押し返す。

 おじさんの見ている前で、君を雨に濡らすわけにはいかないよ。


「おじさんが書いた地図、出てきたのに。もう無いなんて」


 自然と落ちた肩に、再び穂咲の手が触れて。

 そして、幸せそうにつぶやくのです。


「ううん? これは、宝の地図なの」


 そう言いながら傘を押し付けてくると。

 リュックを開いて、おじさんのかんかんを取り出します。


 そして、俺がプレゼントした髪飾りをその中に入れて。

 しっかりと蓋をすると、穴の中に入れてしまいました。


「道久君のおじさんが言ってたの。今日はパパに、あたし達が大きくなった姿を見せに来たの」


 そう言いながら、スコップでさくりと土をかけます。


 そんな穂咲の背中は。

 昔ここで見た姿から、随分と大人になっていました。



「だから、その地図を頼りに、もっと大人になったらまた見せに来るの」

「…………そうだね」



 俺は、ポケットに入れたままの切符を握りしめます。


 真っ白な切符。


 まだ行き先は決まってなくて。

 大人になった俺たちは、どんな道を歩いているのだろう。


 不安なのに。



 こんなにもドキドキしている。



「……絶対、立派な姿を見せに来ような」

「うん」


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