第7話 シクラメンと給食


<シクラメン:篝火花  花言葉:疑いを持つ>



 昨日、ショッピングセンターに置いて行ったことを未だに根に持つ逆恨みさん。

 今日中に反撃するのと息巻くこいつは。

 バカの他にもう一つの顔を隠し持つ藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はポンパドールにして。

 サイドから降ろした髪に、妖艶なシクラメンなど一輪挿しているのですけど。


 昨日のランドマークと比べてまともに見えてしまいますが。

 リゾート気分で学校に来ないでください。


 さて、そんな南の島のお嬢さん。

 繰り返しになりますが、バカの他にもう一つの姿を持っているのです。


 もちろん、俺以外のすべての生き物に優しいところとか。

 信じがたいほど美術センスがあるだとか。

 そう言った点もあるにはありますけど。


 ここまでのインパクトと比べたら。

 そんなの別の姿でもなんでもありません。


「さあ、ロード君! 本日も実験を開始するぞ!」

「そうですね、教授。それにしても、今日の材料は非常に分かりやすいですね」


 お昼休みが始まると。

 いつものように、俺から取り上げたYシャツをぶわっと羽織り。


 俺が毎日持たされているリュックから。

 屋外用コンロ二つと独特の形をした鉄板と、小麦粉とタコを取り出すと。

 粉をちゃかちゃかとボールに溶いていくのです。


 教授は、毎日学校で料理実験をするのが趣味で。

 俺は毎日それを食べさせてもらっているのですが。


 今日は食べ物で遊ばずに。

 こないだの玉子パンみたいに美味しいものを作って下さいな。

 ……とは言え。


「今日も君のせいで廊下に立たされたせいかな。お腹が空いているので、多めでお願いします」

「任せておいてもらおう! さあ、鉄板は温まった! では小麦粉投入!」


 じゅわーと心地よい音が教室に響き渡り。

 教授の面白料理を見るためにわざわざ足を運ぶ、暇なギャラリーの皆さんが一斉に歓声を上げますけども。


 ほんと今更ですが、よくもまあ当局は黙認してますよね、この暴挙。


 普段はのたのたしてるくせに。

 教授はてきぱきとタコを放り込み。

 紅ショウガ、ネギと入れたところで。


 ……俺は異変に気付いてしまいました。

 

「ねえ教授。その具は何?」


 俺の指摘にきょとんとなった教授の横にある物。

 それ、ほんとに何?


「揚げ玉。藍川家名物なの。入れると、外カリ中トロに仕上がるの。パパのアイデアでね、これが無いとママが泣きわめいて面倒なの」

「知ってます。何度一緒にたこ焼き食べたと思ってるのさ。それじゃなくて、そのさらに奥の、赤いの何?」

「とんがらし」


 ……………………。


「ロシアン?」

「ロード君! 正解!」

「この場合不正解の方が幸せでした」


 まじかあ。


 呆れる俺の目の前で。

 三つほどの穴に赤い物体が投下されましたけど。



 絶対にその位置忘れない。



 ……具材を入れ終わってパンと手をはたくと。

 教授は手早くたこ焼きをくるくるさせていきます。


 するとつやつやと焦げた、良い感じのお肌が上を向いて並んで。

 君の髪のように、南国ビーチを連想させられるのです。


 まあ、こんがり焼けた皆さんが。

 ビーチへ綺麗に四行五列に並んでいたらちょっとびっくりするかもですけどね。

 

「……そう言えばさ、小学校で給食に出たことあったよな、たこ焼き」

「そうだっけ? 覚えてないの」

「出たよ。何人か、タコが食べれない女の子がいてさ……」

「あ! 昭和の給食なの!」

「え?」


 急に大きな声をあげた教授が、両手を腰にあてて。

 ……つまり、俺のYシャツに粉だの紅しょうがの汁だのこびり付けて。

 妙な事を言い出します。


「給食は、嫌いな物も全部食べなきゃいけないの」

「ん? なにその非人道的なルール」

「おばあちゃんが言ってたの。昭和の給食は、全部食べ終わるまで家に帰してもらえない仕組みになってたの」

「ウソですよ教授。五時間目、どうするのさ」

「…………実は、あたしもうすうすウソだって気づいてたの」


 そのパターン、やめませんか?

 何をどう聞き間違えたの?


 でも、いつもと違って何を聞き間違えたのかピンと来ません。

 よそった分は全部食べなきゃダメって事かな。


「まあいいの。でも、道久君は、あたしの料理全部食べてくれるの」

「いえ、いくつか生命の危機を感じたものはギブアップしてます」

「そうだっけ?」


 首をひねりながら、船にたこ焼きをよそってソースを塗り始める教授の手。

 もちろん、その手で作ってくれたものです。

 致死量に至る直前まで、必ず全部食べますが。


 ……ご飯を作ってくれる。

 そこに感謝の念を抱かないわけありません。



 というのも、小学校の教育実習で肉じゃがを習った時。

 父ちゃんと母ちゃんに、初めて料理を作ってあげたあの日。


 あのころの穂咲のおばさんは、まだおじさんを亡くしたショックから立ち直っておらず。

 ちょうどその日も具合を悪くして、父ちゃんと母ちゃんに付き添われて病院へ行ったんだ。


 晩御飯はいらないと言われて。

 ひとりぼっちで食べた肉じゃが。


 泣きながら、食べきれなかった分の料理を流しに捨てて。

 おばさんの事を恨んで。

 おばさんを恨んだりする自分が許せなくて。



 ……あんな思いを、他の誰かにさせたいなんて思わないよ。



「待たせたねロード君! では、食事にしよう! ……どうしたの?」 

「いや、考え事。じゃあ食べましょうかね……? はっ!? しまった!」


 こいつ、大皿じゃなくて舟に入れやがった!

 ってことは……。


「どうしたの? 早く食べるの」

「いえいえいえいえ。ニヤニヤ顔で言われましても。このロシアンルーレット、俺が自分の頭に向けて引き金引いた後、君が俺に向かって撃ってます」

「苦手な物でも、全部食べ終わらないと家に帰れないの」

「だから、そんな話はありません。そんなの、ただの拷問です」


 下唇を突き出してクレームをつけてみたら。

 教授はたこ焼きのように頬をパンパンに膨らまして。


「早く食べないと、道久君の面白リアクションが見れないの!」

「堂々と言いやがりますね! 君の分と替えなさい!」

「だから、苦手な物も食べないとなの!」

「得意なものばっかりがいいです!」


 ここは有無を言わさず強硬手段。

 穂咲の船からたこ焼きを掠め取って。

 口に放り込みました。


「あふっ!? あふっ! あふっ!」

「……結果、面白リアクション見れたの」

「はふっ! はふーーー」


 うおお、ようやく落ち着いた。


「んぐんぐ。もう見せませんから、面白リアクションなんからあああい!!!」

「……結果、二度も見れたの。昨日の反撃ミッション、こんぷりーとなの」

「こ、このペテン師!」


 ……俺はトウガラシ入りたこ焼きの辛さにのたうち回りつつ。

 こいつのことをバカと侮るのはやめようと心に誓いました。

 

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