人生BADEND迎えた俺がその後伝説になる話

都宮 アキ

第1話 受付

 カラカラカラカラ……と乾いた空調の音が響くオフィス。順番待ちをしている人は多数。席は満席だった。窓口の数は千を優に超える。しかし、それでも足りず、臨時の窓口が設けられる始末。フロアには番号を呼ぶアナウンスが定期的に響き渡り、待ち人が手元の札を確認するのはここでは当たり前の光景だった。

「ふっざけんなよっ!!」

 そんな静かなフロアに響く怒声。

 人々の注目が一瞬そちらに向けられるが、すぐに四方八方へと視線はそれる。

 怒声もまた、日常茶飯事であり、珍しいことではないのである。

「二十万九千六百七番さん、落ち着いてください」

 その為、対応している職員も手慣れたもので、怒りで顔を真っ赤にしている相手を宥める。職員は髪型を七三に分け、眼鏡を掛けた典型的なお役所職員の姿格好をし、手元にある資料を何枚かめくって言った。

「確かに、貴方の言い分は分かります。しかし、ここにある資料にも書いてある通り、客観的に見て、また、一時的であったにしても貴方の感情から見て、貴方の死は自殺であるということが結論付けられるわけです。大学受験を失敗し、三浪の末の第三希望の大学へ進学。その後、現実と理想に打ちのめされて、二年生半ばにして大学中退。また、その頃に付き合っていた彼女には浮気をされ、破局し、ついでに同時期にご両親も破局された。親の年金を当てにしながらの引きこもり生活を続け、社会的なクズへと成長した貴方が、江戸川への投身自殺を図ったというのは、当然のことじゃないでしょうか?」

「言うな!! 俺の黒歴史を言うなあぁぁぁぁぁぁ!!」

「しかし、事実ですし」

「確かに! 事実を並べ立てれば俺の人生はそうかもしれないが、その中には葛藤や苦悩が満ち満ちていて、一言では言い表せられないことが膨大にあって――」

「そのようですね。お気に入りのAV女優に入れ込み、彼女の出演作品をすべて揃えるために、親に土下座して返す当てもないお金を借り、初回限定やポスターまで買い揃えて集めたというのは大変そうですね」

「そうだが、そうじゃない!」

「これだけ生き恥を晒していれば、貴方が自殺をしたくなる気持ちも分かります」

「サラッと侮辱しているがこの際それは置いておいてやる。――そう、そもそもそれが一番の間違いなんだ! 俺は自殺なんかしていない!! ただ、女優の由衣さんが自殺しちまったからそのショックで川へとダイブしただけなんだよぉぉぉ! 俺は事故死なんだよぉぉぉぉ!!」

「由衣さんというのはお気に入りのAV女優の方でしたっけ。――ただ死に際に『死にてぇー! 生きる価値ねぇー! 俺も由衣のあとを追うー!!』と叫んでいらっしゃったようですが?」

「違うんだ……違うんだよ……由衣さん、もうじき結婚して引退するってブログで発表してて、あと残りの時間を精一杯応援しようと思ったら、婚約者の男に二股された挙句、借金まで背負わされたらしく、最後の方のブログは精神的に病んでいって……それからの自殺で、もう見てるだけで辛くて……世の中クソだなって思えて、もう本当辛くて……」

「思わず自殺した、と」

「だから、ちげーよ! 事故死だってのっ!!」

「まあ、貴方がどう否定しようが、リストに書かれた寿命以外の死は、すべて自殺死になるんですよ。お力になれず申し訳ないのですが、ご愁傷様です」

 役所職員は大して申し訳なさそうにもせず、手元の書類にカリカリとメモを書いていた。

「あー、それでですね、これからの話なんですが、数百年前から自殺者の中から抽選で当たった方については『協力者』をしていただくことになってるんですけど、貴方、抽選で当たったんで今から『協力者』、お願いします。準備品はすべてこちらで用意してあるんでお気になさらず。これから係りの者が時空間転移装置までご案内しますんで指示に従ってください。いやー、昔は時空転移すると記憶を失っちゃうことが多々あったんですけど、最近の機械は性能が良くなって、そういったことが限りなくゼロになったんでご安心ください。そういえば、最初の武器、どれにしますか? 今お勧めなのはこの蜂須賀虎徹ですね。最近、虎徹シリーズの新作が入りましてねぇ、メンバーを虎徹で揃えるのが良いって、人気急上昇中なんですよー。あっ、何か質問あります?」

「あるよっ! 質問だらけですよ!! えっ、なんですか? なになに、武器って?! なに、武器支給されて、今からこの役所ぶっ潰していいのっ!?」

「はっはっはっはっー。ご冗談がヘッタくそですねぇ~。刀一本で、役所の職員約一万人を相手にできるわけないじゃないですか~」

「――お前、喧嘩売ってるよな」

「そんな物騒なことしませんよ。えっと、それで、質問はなんですか? あまり貴方一人に時間も掛けられないんで、一つでお願いしますね」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………俺の部屋にあったエロ本やエロ漫画、エロゲ・AVソフトってどうにか葬れない?」

「あー、こちらから現世への干渉は規則上無理なんで、どうにもならないですねー。その代り、報告書にはお父様とお母様の方がすでに処分されたと記載されてますね」

「そんな情報いらねーよ」

「まあまあ、人生長いですし、色々ありますよ。あっ、もう終わってますけどね、貴方の人生。あっはっはっはっはっ」

「うっせーよ!」

「さっ、説明も済みましたので――」

 パチンッ、と職員は指を鳴らす。

 すると、男の背後にスーツに身を包んだ女性が現れた。

「――移動をお願いいたします。じゃあ、君、彼の案内をよろしく」

「はい。さぁ、二十万九千六百七番さん、こちらへどうぞ」

 女性は涼やかな声でそう告げ、くるりと背を向け歩き出す。

 男は目の前の食えない男性職員を眺めているよりは、背後の女性職員を追いかけた方がまだましだと悟り、おとなしく席を立った。

「次の方――」

 背後でそんな呼び声が聞こえるのをしり目に、部屋を出た。

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