第9話 少女達の注目の的(笑)




 持ち込んだ数本のチョコバーで空腹を満たし、都古に対する雰囲気は相変わらず腫れ物に触るような空気の中、午後の選択授業の時間がやってきた。

 設立当初とは違い近衛教導学園に通う生徒が全て、ギアの操縦者や軍人になるわけでは無く、現在では様々な分野でのエキスパートを育てる為、午後の授業は生徒が選択した専門学科を集中的に学ぶ事になっている。そのカリキュラムは多種多様で、政治、経済は勿論、医療や教育学など専門の学術機関並の実習を受ける事が可能なのだ。


 その中にあって花形と呼ばれるのはやはり機甲科だろう。

 タクティカルギアを操縦、運用するスペシャリストを養成する日本で初めての学校であり、卒業生の多くがいずれも一流と呼ばれるパイロットでもある。

 当然、誰もが操縦者になれるわけは無く、学科を受講するのにも相応の資格が必要とされる狭き門だ。運よく適正が認められても、能力別に数段階のクラスに振り分けられ、年に数回の実技試験で規定された成績に満たなければ、即刻除名という厳しさもある。それでも希望者が後を絶たないのは、タクティカルギアにはそれだけの魅力があるからだ。


 もっともこの三、四年の間に、タクティカルギアを巡る様相は様変わりを始めているが、その話はまた別の機会にするべきだろう。

 前述した通り機甲科の生徒が最初に受けるのは、クラス分けの為の適正試験だ。

 試験と言っても特別な何かをするわけでは無い。基礎的な体力測定に座学、健康診断を受けてから、シミュレーターなどを使ってギアの操縦技術、知識が何処まで備わっているかを精細する。適正試験自体は入学前にも受けているので、今回のは確認の意味を込めて、午後の授業分だけで終わる簡易的なモノ。最後は訓練用にギアを実際に稼働させての、実技試験が行われるのだが、あらかたの試験を終え実技試験を受ける為、指定された場所に訪れて早々、都古は場の異変に気づく。


 試験場所は学園の敷地奥にある第一演習場。

 野球場くらいの面積がある円形の開けた空間は、グルっと段々になっている壁に囲まれており、訓練や模擬戦を見学する為、ガラス張りの観覧席も用意されている。使用する武器、に制限はかけられているが、訓練には実弾を用いた銃器を使用する場合もあるので、ガラスは弾丸が貫通しないよう特殊な強化ガラスになっている。四方にタクティカルギアの搬入口があり、入り口を通って都古はその内の一つに足を踏み入れていた。


 問題なのは試験を受けるのは都古一人の筈なのに、パイロットスーツを着た、恐らく同じ機甲科の生徒らしき男子が数人、待ち構えていた事だ。彼らは都古が来た事を確認すると、一様にニヤッと嫌な笑みを浮かべる。

 直ぐ近くにはタブレットを手にした眼鏡の担当教官が居るが、彼らに対して特に咎める様子もなく液晶の画面を弄っていた。

 男子生徒は計五人。

 その中には今朝、都古に絡んできた森永製薬のドラ息子もいる。

 彼らのニヤついた顔触れを見れば、どんな用件かは自ずと理解出来るだろう。

 足を止めた都古は、腰に片手を添えてグルっと男子生徒を見回してから、ふんと鼻を鳴らした。まぁ、最初は連中のペースに合わせた方がいいだろう。


「暑苦しい顔が揃ってるな。見学されるなら、可愛い女学生の方がいいんだが」

「――なんだとッ!?」

「おいおい、落ち着けよ」


 殺気立つクラスメイトの森永を制したのは、顎髭を生やしたロン毛の男子学生。不良っぽい印象を受けるが、都古の視点から言わせて貰えば、未熟者の甘ったれた顔付きに顎髭がより滑稽に思えた。

 そんな都古の呆れた視線など気が付かず、不良生徒はニヤケ顔で前へ進み出る。


「お前が噂の転校生か。聞けば随分と舐めた態度を取ってるようじゃねぇか」


 不良生徒が正面に立つと、他の面々も都古を取り囲むよう続いた。明らかに威圧的な言動をしてくるが、担当教官は咎めるわけでも無く、気が付かない振りでもするかのよう、タブレットと睨めっこを続けていた。

 恐らくこの不良生徒は、学園でも発言力の強い家柄の子供なのだろう。


「おい、何とか言えよ。桜井さんが聞いてんだろっ!」


 恫喝する取り巻きに、都古は軽く嘆息してから。


「挨拶して欲しければ態度を改めて先に名前くらい名乗れ。俺は礼儀知らずに礼を持って接するほど、気の長い性分じゃないんでな」

「んだとぉ、こっのチビッ!」

「まぁ待て」


 威勢の良い生徒を窘めながら、桜井と呼ばれた不良生徒は都古を見下す。


「俺は二年の桜井。機甲科の二年男子は俺が仕切ってんだ。この機甲科で、つまりはこの学校で楽しく安全に毎日を過ごしたいんなら、わかってんよな?」

「全然わからんな。回りくどい喋り方をするな、簡潔に要点だけを話せ」


 両腕を組みながら苛立つよう返すと、桜井は怒ったよう眉間に皺を寄せる。


「チッ、頭の悪い新入りだぜ……おい、テメェら。このチビに、機甲科アンダークラスの流儀を教えてやれ」

「……アンダークラス?」


 聞きなれない単語に疑問を感じるが、それより早く取り巻き達が声を上げた。


「まず一つ。新入り、テメェはこの中の誰よりも朝早く登校しろ。そうしたら桜井さんや俺達の机を毎朝、綺麗に磨くんだ」

「昼は買い出しだ。全員分の昼飯をちゃんと揃えとけ。昼休みになってから聞きにくるんじゃねぇぞ、ちゃんとその前に桜井さんや俺達に注文を聞いて、遅れる事なく揃えておくんだ。売り切れましたなんて言葉は必要ねぇぞ、他の生徒から奪ってでも持ってこい」

「午後の授業も一番最初に現場入りしろ。チャイムが鳴ってからじゃねぇ、昼休み中にだ。ブリーフィングルームや備品の掃除、訓練に使うギアのチェックもしとけ、忘れるなよ」

「最後は後片付けだ、簡単だろう? 授業で使用した道具を片付けて、各施設の利用レポートを書いて提出したら、きっちり桜井さん達をお見送りしろ。間違っても、一番先に帰るとか間抜けな真似はするんじゃねぇぞ?」


 等々、桜井一派は一方的なご教授を、頼んでもいないのに垂れ流してくる。

 もう一度、都古は見せつけるように、大きく肩を上下させて嘆息した。


「くだらん。王様ごっこなら仲間内だけでやってろ」

「――なッ!?」


 バッサリ一言で断ち切ると、驚きに固まる桜井の横をすり抜けようとした。


「ま、待てよチビッ!」


 慌てて桜井が手を伸ばし肩を掴もうとするが、寸前で振り返った都古に、手首を逆に掴まれてしまう。

 視線を細め睨みつけながら静かに告げる。


「他にも用事か? 喧嘩売ってんなら買ってやるから素直に言え」

「んぐッ……ぐぐっ」


 眼力の圧にあっさりと気圧され言葉を詰まらせる桜井だが、助けを求めるよう視線を担当教官の方へ向けた。

 すると都古が囲まれた時とは違い、すぐさま担当教官が止めに入る。


「おい、止めろ雪村! それ以上は罰則の対象だぞ!」

「ガキに顎で使われる教官が、偉そうな口を叩くな」

「――なッ!?」


 まさかの返しに担当教官は絶句する。

 が、揉め事を起こすのは都古の本意では無い。後で桐子に怒られるからだ。

 担当教官を黙らせてから掴んでいた腕を離し、真っ赤な痕が付いた手首を摩る桜井の肩をポンポンと叩いた。完全に小馬鹿にされる形となった桜井は、憎々しい瞳で肩を叩く腕を払い睨み返す。


「調子に乗るなよ雪村……今日は特別サービスだ、先輩である俺ら直々に、ギアの基礎操作ってヤツを叩き込んでやるよ」

「なんだと?」


 確認するよう担当教官を見ると、絶句した際にずれた眼鏡を直しながら頷く。


「今回の適性試験は異例ではあるが、簡易的な模擬戦を行う。棄権するのは構わないが、その場合は残念ながら最終結果は適正無いと判断される」

「特別編入枠で機甲科って事は、適正無しの判断をされたら即刻退学だ。受けるしかないよなぁ」


 教官の言葉に余裕を取り戻してか、桜井の表情に再びニヤけた嘲りが戻る。

 なるほど、そういう算段か。と、都古は内心で納得する。恐らく彼らは気に入らない転校生である都古を、模擬戦の形式を使って私刑にかけようと言うのだ。鼻っ柱の高い連中にはありがちな手段だが、それを咎める立場にある教官も加担するとは、この学園は都古が想像していた以上に腐っているようだ。


(ハンナの奴が教官だったら、とっくの昔に半殺しにされて再教育だろうな)


 都古以上のその手の指導には容赦の無い元教え子に、それはそれで教育の仕方を間違えたのかなと、心の中でちょっとだけ反省する。

 断る事も出来ないだろう。小僧に舐められるのもうんざりだ。


「上等だ。売られた喧嘩、きっちり倍返しで買ってやるよ」


 そう言って都古は、不敵に笑う桜井達を睨みつけた。


 ★☆★☆


 第一演習場にある観覧用のスペース、その一角に強化ガラスの前に立って眼前の演習場を見下ろす少女の姿があった。

 タマラ=アルツェバルスキーだ。

 カーストによる序列が支配するこの学園において、他者を思いやる事を忘れないタマラは、都古が適正試験を受けると聞いて、心配になって様子を見にやってきた。そしたら案の定、演習場には本来なら一機しか運用されないタクティカルギアが何故か五機も、しかも一体を取り囲むようにして稼働している。


「なんて愚かな……」


 強化ガラスに片手を添えて、タマラは悲しげな表情で呟いた。

 タマラ自身、上流階級の人間達と肩を並べられる生まれでは無いが、彼女は花城インダストリーズの跡取り娘である、花城昴流の庇護下にいる為、序列による差別を受ける事は無かったが、タマラ自身は常々、実力以外で差が生じる学園の現状を快く思ってはいなかった。


 止めに入るべきか。

 花城の後ろ盾を持つタマラの言葉なら、因縁を吹っ掛けた男子生徒も、黙認している担当教官も無視する事は出来ないだろう。しかし、タマラの発言は花城の発言。彼女の不用意な行動が大恩ある花城昴流に迷惑がかかるとしたら、都古には申し訳無いが二の足を踏んでしまう。


「……ワタシは、どうするべきなのでしょう」


 演習場を見下ろしながら、タマラは歯痒さから唇を噛み締める。


「随分と難しい顔をしておるのう、タマラや」


 不意に背後から舌足らずな少女の声が鳴る。

 聞き間違える筈の無いその声に、タマラは我に返るようハッと息を飲んでから、振り返ると同時に綺麗な角度で頭を下げた。

 彼女こそが昴流。花城昴流その人だ。

 後ろに立っていたのは、タマラよりずっと身長の低い小柄な……いや、小学生並の体格をした女の子だ。前髪を切り揃えた姫カットで、制服では無く和服を身に着けた日本人形のような愛らしい少女は、礼をするタマラに向かってにぱっと無邪気な笑みを送る。


「よいよい、楽にせい」


 そう告げてから頭を上げるタマラの横に並ぶように強化ガラスの側による。


「ふぅむ」


 手に持った扇子を広げ、口元を隠しながら昴流は演習場を一瞥する。


「転校生一人を諌める為に、数を揃えて暴力で訴えるとな。全く、日ノ本の男子らしからぬしみったれた所業じゃのぅ」


 軽蔑するように視線を細めてから、直ぐ横で心配そうな表情で、六機ある機体の中の一機を見詰めるタマラに、昴流はやれやれと言った表情で自身の顔を扇子で仰いだ。


「以前から博愛主義者ではあったが、今日はまた一段と心配性なのではないか、タマラよ」

「そ、それは……申し訳ありません、スバル様」

「謝るな、別に咎めておるわけでは無い」


 目に見えて落ち込むタマラの姿に、昴流は苦笑を零す。


「たかだか数分、会話を交わしただけの相手に、よくもまぁ肩入れできるモノだと驚いておるのじゃよ」

「おかしい、でしょうか?」

「おかしいのう」


 昴流は断言する。


「確かに汝は今どきでは珍しいくらい純朴で、心の根の優しい娘じゃ。だが、同時にその優しさに溺れない、清濁を飲み下せる強さも備わっておる。我が花城の不利益になる可能性があるなら、決して手を差し伸べる事は無い。そんな判断が出来る娘……じゃったのだが、今回はどうしたモンかのう」

「……申し訳、ありません」

「じゃから謝るな。妾は責めてはおらん。むしろ、汝をそこまで悩ませるその者に興味が出てきた」


 見上げる昴流の目が爛々と輝き、タマラは嫌な予感から渋い表情をする。


「もしかして、惚れたか? 一目惚れとかいうヤツか? のうのう、妾にも恋バナというモノを聞かせるのじゃ、のう」

「そ、それは……惚れたとかでは、ありません」


 口では否定しながらもタマラの頬が薔薇色に染まるのは、白い肌の所為もあって一目瞭然。自分で指摘しておきながら、図星を突いてしまった事に、昴流は逆に驚いてしまう。


「えっ、なんじゃその反応? まぢで恋バナか?」

「違い、ます。多分……ただ」

「ただ、なんじゃ?」

「彼は……ミヤコは、とても綺麗な目をしていました。静かに、けれど触れる者を焼き尽くす蒼炎を、ワタシはミヤコの瞳の奥に、視ました」

「……ほう」


 興味深そうに眼を大きく開きながら、開いていた扇子を閉じた。

 改めて見下ろした演習場では、既に戦闘準備が整った六機……いや、一機と五機は見る者が見れば笑ってしまうほど、圧倒的な不利を描きながら対峙する。


「適正試験用の第二世代型タクティカルギアと、模擬戦闘用の第三世代型タクティカルギアが五機。大人気ないと呼ぶには、あまりにもな構図じゃな」


 チラッと昴流は、心配そうに眉を八の字にするタマラを横目で見た。

「妾が許す。第四格納庫に汝のルサールカが搬入してある。目に余るようなら、妾が指示を出すので助けに入ってやるがよい」

「スバル様、よろしいのですか?」

「流石にアレの戦力差は見ていて胸糞が悪い。じゃが、判断は妾がする。花城昴流がその名の元にタマラを動かして、彼奴を助けるという事は、あの者を花城インダストリーズの庇護下に加えるという事。一機撃墜……とまでは言わんが、多少は使える様を見せて貰わねば、割りが合わんというものじゃ」

「それは……わかりました、スバル様」


 最大限の譲歩にタマラは感謝を現すよう頭を下げた。

 その姿に昴流は「にゅふふ」と笑いながら、値踏みするような視線を第二世代型のタクティカルギアに向けた。


「タマラが興味を示すというギアの操者。男子である事は残念じゃが、まぁそこは目を瞑ろう。精々、手を貸すに足りる面白味を見せてくれよ」


 昴流の瞳は愛らしい姿とは裏腹、蛇のように怪しい光を宿していた。


 ★☆★☆


 雪村都古の適正試験に注目しているのは、タマラ達だけでは無かった。

 誤解の無いように説明すれば、別に都古個人に注目しているわけでは無い。特別編入枠でありながら、転校初日にカースト上位の生徒に喧嘩を売った挙句、恫喝紛いの説教をしたとなれば、一部の奇特な面々は興味を抱いてしまいのも、人の性というモノだろう。

 小日向円華もその一人だ。


「あ~りゃりゃ。雪村くん、大ピンチじゃん。こりゃフルボッコ確定かな」


 棒付きの飴玉を加えながら、タマラ達とは別の観覧スペースから、手すりに寄りかかるようにして見下ろす円華は残念そうに呟いた。

 ピンクのツートーンカラーに髪の毛を脱色した、今時のギャル風ファッションと見た目は派手だが、色合いのチョイスとセンスが良いのかケバケバしい雰囲気にはならず、むしろ愛らしさが際立つネアカな雰囲気の美少女。彼女は諸事情により午前中の授業には出ていない為、本人はしらないだろうが、れっきとした都古のクラスメイトだ。


 今日から転校してくる転入生がかなりの問題児らしい。

 昼に登校してきて早々、仲の良い友人に吹き込まれて、元より好奇心旺盛の円華は俄然、都古に強い興味を抱いた。特別編入枠というのは家柄や地位は低いが、言ってしまえば学園が金を払っても確保したいと思わせる才能を有しているという事。ノーブル達が気に入らない部分でもあるが、それはある意味で彼らの存在が脅威だからだろう。

 しかし、期待していた編入枠が、よりにもよって男子の機甲科では、円華は残念な気持ちで一杯だった。


「せめて女の子だったら、同じ機甲科で友達になれたかもしれないのに。あ~あ」

 既に興味が失せたよう、飴玉をコロコロと口内で転がす。

「無駄足だったなぁ。折角、サボって見学に来たのに……これじゃ教官に怒られ損じゃん」


 円華は一人、愚痴りながら遅刻の件も含めて、後日の呼び出しは避けられないからと、今日はもう寮へ帰ってしまおうかと考える。が、目的の人物が操縦するギアが、想像していたよりずっと滑らかに起動したのを見て、ちょっとばかり様子を伺っておくのも悪くは無いかと考えを改めた。


 そして見学をしているのは、小日向円華だけでは無かった。

 天才……否、天災仙道神楽もその一人。

 円華、タマラ達とはまた別の観覧席で、熊のぬいぐるみを抱き締めるよう両手に抱え、フリル付きの愛らしいワンピースを身に着けた淡いピンク色の髪の毛をした美少女。学生と呼ぶには幼すぎる外見と言うと、昴流と同様にも思えるが、神楽の場合はこれが如実であった。幼いがミステリアスで何処か底知れぬ昴流に対して神楽は年相応、中学生女子くらいの年齢に見えた。いや、恐らくは近衛教導学園の規定年齢には達してはいないだろう。

 神楽は儚さすら感じさせる眼差しで一点、都古が登場する機体を見つめていた。


「……アリスが、笑ってる」


 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、驚いたニュアンスを込めて呟いた。

 珍獣という意味で都古に興味を示しているのは、個人だけでは無い。

 ムズィーカーと呼ばれる学園でも有名な三人組もまた、ここ些細で一方的で大人気ない諍いに暇潰しという名の注目を集めていた。

 各々、個性的な美少女三人組は、観覧席からでは無く、地下に設置されたロッカールームから、ブラウン管のモニターを通じて演習場を見ていた。三人の内、二人はパイプ椅子に寄りかかり、ドリンクを片手に観戦。もう一人は奥のベンチで興味が無いと示すかのよう、膝の上に乗せた日本の琴に似た弦楽器、ツィターをBGM代わりにつま弾いていた。

 椅子を反対にして、背もたれに寄りかかりながら、赤毛の少女は不満げに唇を尖らす。


「なぁに、これ。戦力差が酷すぎ。これじゃあ一方的なリンチだよ」

「そりゃ、リンチ目的だろうから。でも、自業自得じゃない」


 隣に座る二つ結びの少女が肩を竦めながらのシニカルな言葉に、赤毛の少女はぶぅと頬を膨らませて不満を漏らす。


「あによ。アヤは一人じゃ喧嘩も出来ない連中の肩を持つの?」

「イラつくからって絡むな。ミサ、あたしは自業自得って言ったの。転校初日に特別編入枠が、カースト上位に喧嘩を売れば、こうなるってのは火を見るより明らか。あの転校生の方が馬鹿なのよ。そもそも、あたしらが転校生に肩入れする理由がないでしょ」

「あるよぉ、あるある」

「どんな理由があるってのよ?」


 訝しげなアヤに、むふっと笑ってからミサは頬を朱色に染める。


「だって転校生くん、可愛かったんだもん。わたし好みの美少年……むふふ」

「……色ボケのアンタらしい考えだわ。顔なんか見えたかしら?」

「チラッと、一瞬だけね……ねぇ、ユラ!」

「ん? なんだい」

 ゴーグルを首に引っ掻け演奏を続けるユラに、振り返ったミサは身を乗り出す。


「今から演習場に乱入して、あの連中をブッ飛ばしてやろうよ!」

「……なに物騒な事言い始めてんのよ」


 呆れるアヤは、何とか言ってやってくれとユラに視線を送る。しかし、ユラは素知らぬ顔で演奏続けながら。


「いいんじゃないかい、やってみれば」

「ちょ、ちょっとちょっとユラ!」

「やっりぃ! 流石はユラ、話がわかりますねぇ。じゃあ、早速わたしのユーフォニアムで」

「でも、本当に良いのかい?」


 喜び勇んで椅子から腰を上げるミサにそう問い掛けた。


「君が運命を感じた王子様が、お姫様に颯爽と助けられるような人間で、ミサは本当に満足なのかな」

「……そ、それは」


 詰まる言葉の代わりに、ツィターが雄弁に音を奏でた。


「何事にも勇み足はいけない、知り合っても無いなら尚更さ」


 助言とも説得ともいまいち違う、ユラ独特の言い回しに納得したのか、ミサはしょんぼりしながら椅子に座り直す。

 それを確認したアヤは安堵の息を吐く。


「全く、馬鹿な真似は自嘲しろっての……そんなに気になるなら、アイツがボコられた後に慰めてやれば……」

「その判断も早計だね、アヤ」


 今度は何故だかアヤの言葉を遮った。


「彼はまだ何も始めていない。始めていないのに、さも結果が出たように語るのはナンセンスだ」

「ユラは、転校生くんが勝つって思ってるの?」

「それもまだ、誰にもわからない……でも」


 揺れる弦を手の平でそっと止めて、ユラはようやく顔をあげて二人の仲間を見詰めた。


「もしもこの場を彼が切り抜けたら……それはとても楽しい事なんじゃないかな」


 長年の付き合いであっても彼女の本心を把握し切れない友人二人。困ったような表情で顔を見合わせる姿を、ユラは微笑みながら眺め、再びツィターをつま弾き始める。勇壮なリズムを刻む音色は、モニター越しに戦闘態勢を取る機体に対する、応援歌のようにも思えた。

 十人十色。

 反応は違えど、偶然にも雪村都古に注目する少女達が複数名存在する。

 そして彼女達は目撃するだろう。本当に強い戦士とは、何者を指すのかを。




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