第35話 雪代屋は商売人としての姿勢を貫く

「製造元を知りたい?」

「へぇ。旦さんは、いま 宍戸刑馬ゆうお武家はんにお店で対応してはります」

雪代屋万兵衛からの使者は困ったように言った。


鉄之助の前にいるのは雪代屋からの使者、登喜子。

年は20代の半ばあたりに見える。

栄養状態がよくないのか少し痩せこけてみえた。

(元は悪くないけど、がりがり過ぎるな)

鉄之助の第一印象はあまり良くない。

(痩せたキツネ……って感じか)

目が細いためにキツネを連想させた。

着物は目立たない紺色の木綿、帯の上には雪代屋の前掛けを絞めていて雪代屋の者だと公的にわかった。


「登喜子だっけか?」

「へぇ」

「雪代屋の旦那には、銃の製造元は教えられねぇといってあんだがな?」


美星が強めに切り出した。

(ヒェ!……マフィアみたい。ロアナプラじゃないんだから、穏便に聞いてあげたほうが良いんじゃないかなぁ)


それを聞きながら鉄之助はドン引きだった。口は挟まなかったが。


ちなみにロアナプラとは漫画ブラック○グーンに出てくる架空の街の名で、マフィア、軍隊、ならず者の集まった街とされ、悪役しかいない。

そんな設定がされている。


「旦那さんはそれも解っておいでです……せやけど、あのお武家はアカン。どうか助けておくれやす」


登喜子は頭を再度下げた。


2

(宍戸刑馬……、高杉晋作の別名だっけ)

宍戸刑馬とは高杉晋子の別名であることを鉄之助は思い出した。


「おそらく、宍戸刑馬は 高杉晋子でしょうね。

製造元との直接交渉をする気でしょう。

藩と言う肩書きを背負って、販路を獲得するつもりかと」


鉄之助は困っていた。が、

他の三人女は内心、彼の困り顔を見ながら

(良いねぇ……っ! 困った顔もそそられるぜ!)

とエロ方向へと思考が向いていた。

さすがこの世界の女。どうしようもない奴らである。


鉄之助が追加で登喜子に質問する。

「登喜子さん。宍戸 はどこかの藩を証明できるような物を持っていましたか?例えば、羽織に紋が入っていたとか」

「いいえ。袴姿ではありましたけど、紋はありまへんどしたえ」

「供はいましたか?」

「お連れはんは……どないやったやろ……おらへんかったような。お一人に見えましたえ」

登喜子は記憶をたどってしっかりと答えた。

「だとするなら、まだ、つけこむ余地はあると思います。裏から手を回している段階だと見ますね」

「防ぐにはどうするね?」


お珠が問うた。


「相手を一時的に黙らせるしか考えられない」

「どうやってだい?」

「いま相手は、個人的な興味で聞いて来ているはずです。公に動く前段階だ。おそらく、金もあまり出せないんでしょう。だから……安く買い付けたい。

嘘の情報をつかませる……例えばオランダ人から買い付けていることにしてしまいましょうか?」

「……つまり、雪代屋は中間業者だと思わせるってことかい?」

「そうです。雪代屋にはなにも知らないと言い張らせます」

「でも、言い張るだけやと無理ちゃいますやろか?……どないかして居らんくなってもらわんと」


登喜子が困ったように言った。


「そうですね。なら……そうだ。ミブロに出てきてもらいましょう」

「あん?」

「彼女らは治安維持部隊だ。宍戸に襲われてる僕を見せれば、土方歳三なら動くんじゃないですか?」


鉄之助の意見を聞いて、パーカーを含め、周りの女は顔はそれぞれだったが理解できないように顔がひきつった。


「お珠さんと美星さんなら僕を守れます。土方と宍戸を合わせるだけでい

い。会わせたら後は勝手におっぱじめてくれますよ」


3


土方歳三は市中見回りの最中に、雪代屋という店内にいた男を目に止めた。


実は、匂いが知っている男と似ていて歳三の体は男に引き寄せられてしまったのだが、この世界の女なら生理現象の範囲内といえる。


しかも、彼女やっていることはストーカーに値するが、会津藩お抱えの治安維持部隊の職員(幹部)がストーカーをしているのでこの場に止められる者はいない。

もしストーカー行為を咎めたりすれば、牢屋に入れられるのは明らかだった。

正に、職権濫用である。


(雪代屋か……男の店主がいるとこだ。男には男が会うってことかね)


雪代屋に入ると、女の怒ったような声が聞こえる。

男と口論をしている最中だった。


「あら……あなた。ずいぶん生意気ね」


「雪代屋さんは友達でしてね。番頭さんが泣きついて来たんですよ」


続いて言い返す男の声。

男の声には聞き覚えがあった。


店内には登喜子とお珠。そして偶然を装って裏口から潜入した美星がいた。


鉄之助が侍に問い、女侍が答える。


「お侍さま。失礼ながら、あなたがここにずっといて営業妨害をしてるように見受けられますが」

「あん?もういっぺんいってくれる?」

「営業妨害じゃないんですか?」

「あたしは雪代屋に用があってきてるの。営業妨害な訳ないじゃない」

「ずいぶん強い声を出されるのですね……怖い怖い」


わざと、大きめに怖がってやった。

ざわざわ……

店の前がざわめき始める。

土方歳三が近くによって来た。そして、女侍に言った。


「おんやぁ……? 誰かと思えば、あんた長州の高杉じゃない。それに、色男じゃねぇの…… 高杉さん、あんた営業妨害してるって?」

「あら……ミブロの土方じゃない。高杉なんて名前じゃないわ。私は宍戸って名前よ。それにちょっとした質問をしているだけだわ」

「質問じゃあありませんよ。明らかに営業妨害です」

「おやぁ、お客に文句をつけるとは……身の程がわかってないわねぇ」

「まぁ待ちなよ」


土方歳三が宍戸(高杉)と、鉄の間に足を一歩だけ進めて半身をいれた。


「邪魔すんじゃないわよ。退きなさい。土方」

「このまま行ったらお前が、この色男を斬っちまうかも?……だからな。見過ごせねぇんだ」

「こっちは客よ。要求に答えるのが、客商売でしょ?」

「お客様は当方の秘密事項に関する事を聞いておいでです。雪代屋としてはその問いには答えることが出来かねます」


雪代屋万兵衛は毅然と答弁をした。


「雪代屋は答えられない。なら、そっちの男はどうなの?」

「わたくしは雪代屋の番頭によばれて友人の万兵衛が困っているからと馳せ参じたのですよ」


鉄之助は友人、困っていると言うワードを強調した。


「あの侍、男にきつく当たりすぎやん」

「男がいやがってるのに、ごり押しするなんて最低女や」

「男が可愛そうやんけ!」

「うへぇ……良い男やん!それに対してあの侍の田舎ぽさったら無いわぁ」


店の前では野次馬たちが多くいて、次第に宍戸(高杉)に非難が集中し始めた。


「宍戸さん? あんたの負けじゃないの?あんたは無理やりになにかを聞き出そうとしているように見えるわ」


土方も結論を出した。


「あらそう? 出元が不明の鉄砲が売られているのに、新撰組は触らずってわけね?」

「ああ?」

「聞こえなかったの?この店が密売のご禁制かもしれない銃を販売してるかも?っていってんのよ」

「確証はあんのかぃ?」

「確証を聞こうとして、いまこの状態なんじゃない」

「なぁ雪代屋。お前の扱ってるしろもんはご禁制の品なのか?」

「長崎から買い付けたもんです。製造元はオランダから仕入れていると聞いております」


雪代屋万兵衛は土方の顔を見て嘘を言った。


「オランダ経由なら禁制じゃぁねぇわな……まぁいい。この場は、新撰組があづかる。宍戸さんよ。ここまでじゃあねえのかい」


土方が凄みを効かせた。

(ヒェ……なんて顔だ)

土方の顔を斜め後ろから見た鉄之助は玉ヒュンするのを感じた。


「しょうがないわね。新撰組があづかるなら今回はなかったことにしたあげるけど……今度はそうは行かないんだからね」


ツンデレのような脅しのセリフを宍戸は吐き宍戸は、腰を上げた。


「雪代屋、あんた……骨があるじゃない。なかなか面白かったわよ」

「雪代屋はよろずの物を商っておりますので、いつでもご贔屓に」

雪代屋も深く一礼し、大きめに宣言した。

(雪代屋もさすが商売人だ。イヤな顔は出さないが、 いつでもご贔屓にと言ったのは京言葉なんだろうな )


つまり、いつでもご贔屓に、は表面上の言葉で、実際には、二度と来んなボケェ!という事であるが、客商売なのでやんわり言ったのだ。実にクールな対応だった。


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