第20話 山南啓子の謀略

新撰組には二人の副長がいる。

一人は鬼の副長、土方歳三、もう一人が、仏の副長、山南啓子だ。


山南啓子は天才で蘭学、英語を理解していた。

しかし、頭がいいというのは良いことばかりでは無い。先が予想できてしまうというのは新撰組のこれからが、分かってしまうことにもなった。


山南啓子はその日、酒屋の人影に客として混じりながら、ある男女と会っていた、

女の方は薩摩の大久保。もう一人は鉄之助である。

「男でもずいぶん話が解るひとがいるんですねぇ」

「鉄さんは男にしては、もったいないくらいでしてね」

大久保が誉める。

「いえいえ。僕なんかお家を存続させるための道具ですので」

嘘だが、謙遜をしておく。

「では、なんのためにここにいるのです?」

「?」

「貴方がそこらの男どもとは違うのは、知っていますよ。何せ土方さんが捕まえようとしてるお気に入りだ。あの人はなにもない人には興味を持たないんです」

まだ謙遜は続く。

「ほかの男と何も違わないですよ」

「謙遜は止めたら?大久保さんの顔を潰したいの?」

そろそろ、やめ時が来てるのを悟る。

そして、助言を切り出した。

「そうですね。じゃあ言いましょう。山南さん、貴方は新撰組を抜けるべきだ。あのままいたら死んでしまいますよ?」

「!」

山南はなにかを痛い所を衝かれたように言葉につまる。

「今ならまだ、抜けられる。なんなら、薩摩と僕らイギリス商会が協力してもいい」

山南が手札にはいるなら、多少のブラフも有効だと鉄は判断した。

しかし

「私は開国論者じゃないのよ」

山南は突っぱねる。

しかし鉄の押しは続く。

「死んでこの国が救えるのかな?才能があるないに関わらず、死ぬべきじゃないのは確かさ」

鉄は続けた。

「もう一度言うよ。山南さん。こっちに来るべきだ。一刻もはやくね」

「そんなこと。分かっているわよ。でも、土方を止めないといけない。時間を時間をちょうだい……」

しりすぼみになる山南がなんだかおかしく思えて

「わかってる。今日はお開きにしよう」

鉄は笑ってその日は別れた。


2


「何だってのよ、まったく」

山南敬子は、あのあとしこたま別の店で飲み、京の道を歩いて頓所に戻ろうとしていた。

そこに

「あ、山南さんじゃないの。うわっ……酒臭いわね!」

土方歳三が通りかかった。

「土方さん。あたしは、うぇっぷ、あんたのこと好きだからねぇ!」

山南は叫んで

「おええええ!」

そして、吐いた。

「完全に酔ってるわね?」

そうとしか思えない。演技ではない。

歳三は山南をよく知っている。

酔うと、告白を誰彼構わずするのも。

(そうとう、嫌なことがあったか、忘れたいことが起きたのね)

この酔い方は昔、 試衛館時代に見たことがあった。


2


「帰りましたぁ」

旅籠に帰り、鉄は二階に登りながら障子を開けると。

「あっちいなぁ…」

「なんで京はこんなにあっちいんだ」

「クレイジー」

長襦袢を羽織っただけの女が三人いた。

もちろん胸、ヘソ、お○○コは丸見えだった。

男女比が狂うと女はオヤジ化すると言うのは鉄もよく知っていたが…、さすがに腰紐一本結んでいないのは初めてだった。

「ごゆるりと…」

鉄はその光景を見間違えのように障子をそっ閉じした。

「鉄さん。入って来なよ。他の部屋はあっちいよ?」

「せめて前をしめてくださいよ!入れやしません」

本当は今の三人の半裸姿で股間が起ってしまって着物にテントを張っているのだ。

この世界で息子が起ったとこを見られたら、終わりである。

女が男のあそこめがけて押し掛け、ひんむかれ、犯される。それがこの世界の常識なのだ。

「もう大丈夫さ。へえっといでよ」

障子を開くと、腰紐で軽く縛っただけのラフな格好でみな胡座をかいていた。

襦袢の会わせ目からは腰巻きが見えない。ということは、やはり下着をつけていないのだろう。

(ノーパンツ状態かぁ……起たないようにしなくちゃ)

息子が起たないように注意しながら、鉄は正座で座り息子を足で挟んでホールドした。

女の性欲は男の二倍から三倍はあり、一回イッテも続けて何度も体力のあるかぎりし続ける。

男は一度出してしまうと萎えてしまうし、三人の女の相手など到底無理だからだ。

「酒飲んできたのかい?鉄さん」

「え…ええ……」

「男なんだからこんな遅くまで飲んでたらアブねえよ。何にもなかったかい?」

と美星が。

「そうよ。襲われでもシタラタイヘン♥」

ロザリーが鉄のそばによった。

仄かに汗の甘い匂いがする。

「今日は一段といいかおりがするねぇ♥」

お珠も鼻をひくつかせて、デヘヘと嗤った。

組み付かれたら最後、クンカクンカスーハースーハーされることを鉄は知っている。

「なあ鉄さん。あっちいだろう?薄着になんなよぉ♥」

美星が鉄の上衣を脱ぐように進めてきた。

「そうですねぇ。じゃあ上だけ脱ぎますね。でも…襲ったりしないでくださいよ?」

絽でできた夏羽織を脱ぐ。ただそれだけで大分涼しくなった。

(汗の匂いで発情してる。三対一は危険だな)

三人の息づかいが荒い。襟を少しだけ開けようとして、思いとどまる。

「チッ」

「チッ」

「シット」

鉄の胸が見れると思っていた三人は揃って舌打ちをした。


3


深夜。パーカーと鉄は二人だけで密会をしていた。

「Were there any human resources who could lure into this camp?(こちらの陣営に誘いこめそうな人材はいたかね?)」

「I was there. I shaken it, but I don't know if it works(いました。揺さぶりを掛けましたが、上手くいくかはわかりません)」

「It’s good. If Mibro is upset(良いさ。ミブロに動揺が走れば)」

パーカーは笑う。

本国イギリスからは、反幕府勢力に力を付けさせるように指示を受けていた。

「Are you doing well with them?(三人とは、上手くやっているかね?)」

「Well, somehow. It's just before the attack from them(まぁ、なんとか。襲われる一歩手前ですがね)」

鉄はやれやれと首を降った。

「It's a very troubled ladys. However, they are excellent guard. We have to rely on them in Kyoto. In a peaceful world, you will be able to live freely(全く困ったレディースだ。だが、ガードとしては優秀だ。ワシらは京都では彼女らに頼らざるをえん。平和な世になれば、自由に暮らせるようになるさ)」

「Yeah. For that reason, let's ask the shogunate to pick up soon(ええ。そのためにも幕府には早くお引き取り願いましょう)」

「You have a bad face. It’s like a devil(悪い顔をしておるぞ。まるで悪魔の様だ)」

「You too. Parker(貴方もですよ。パーカーさん)」

鉄はパーカーに笑いかけた。


4


西本願寺にごろつき達が集まりはじめたのは夜の9時頃。

山南は鴨川の地蔵の側で土方の事を考えている。

「きっとあの人数にも勝ってしまうのよね」

西本願寺に集めた50人ばかりのごろつきどもは山南が土方を殺す目的で集めた者たち。いづれも金で雇われた者たちだった。

(土方さんには悪いけれど、これ以上に犠牲者を出す訳には行かない)

隊規引き締めのために公開切腹が行われてからというもの、隊内では秘密で、切腹をさせられるものが増えている。

(人の命は、そんなに軽いものじゃないのよ。土方さん)

山南は、土方の暴走を止めるためにこのけいかくを実行したのだ。

(土方さん人を殺し過ぎる。あのままでは本当の鬼になってしまう)


「まだいたのね。山南さん」

「やれやれここまで来たか」

「なんで、なんで逃げなかったのよ」

「逃げる?そんなつもりは最初からない。ここまで来たということは、私も倒すんだろう?」

「…ああ、山南さんが私を殺すために仕組んだ計画だってこともわかってるわ。あたしは土方歳三は、あんたを脱退者として切らなくちゃいけないってのも……!」

歳三は明らかにイラついている。

「なら、ここで斬ればいい。それが法度でしょう」

「クソッタレェ!」

土方は刀を抜いて山南に切りかかるが、軽くかわされる。

「土方さん。手加減しないで。したら……死ぬわよ」

ギィン、ガン

2合を打ち合うと、山南はわざとガードを緩めた。

「同じ 試衛館だもの。分かるわよね?」

平晴眼を大きくずらした下段のかまえ。

「踏み込めば死ぬわよ」

「逆風」

下から上への切り上げ、そして2撃目は刀を返して切り下げる。

「かわせば土方さんの勝ち。当たればあたしの勝ち」

手加減が効く相手ではない。

容赦なく、間合いを詰め切り伏せるしか手はない。一足飛びからの変則の龍飛剣。お互いの手の内は奇しくも同じだった。

土方は脇からの切り上げ。山南は真下からの切り上げとうち下ろし。

「どっちが速いか勝負だ……山南さん」

「受けてたつわよ」

お互い一気に飛びこんで、変則の 龍飛剣を叩き込む。

結果、

「くっ…はぁ……」

脇から血を流して倒れこんだのは山南だった。

「やっぱり強いわねぇ……でもこれで新撰組には鬼しか居なくなるわね……」

「うっぐっ……ひっく」

山南を抱き抱えたまま、泣く土方。

「泣いてどうすんのよ。これから、鬼になんなくちゃいけないのに……」

「あんたは家族みたいなもんだったのよ。家族を自分で斬って泣かずにいられるわ……け……」

「しょうがない子ですね……」

山南は土方をあやす様に撫でて、それきり動かなくなった。

「何で!……何でこうなんのよ……」

その日、土方は鴨川のほとりで夜明け過ぎまで泣くことになった。


後日、山南の部屋から遺書が発見された。

そこには、極めて簡潔に山南らしく二つのことが書かれていた。


一つ。新撰組の後の事に関しては、土方さんに一任のこと。

一つ。脱走者山南敬子は切腹したとして、世間に公表し、新撰組の鉄の結束を世に知らしめる事。


1865年 2月23日。山南敬子 享年32才と伝わっている。

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