第4話 夢のような逃避行

「すまねぇな…」

木場のお幸は申し訳なさそうに、鉄之助とパーカーに頭を下げた。

「なんでこんな傷だらけなんですか?」

「だってよぉ…ここら一帯に話をしたら、皆自分がやるって、言いだしやがってよ」

幸はバツが悪そうに下を見て呟いた。少しかわいいのが癇に障る。

「それにしたって、お珠さんと美星さん仲悪いでしょう?取り替えてください」

「――――!鉄之助さん!そりゃねぇよ!こんなに頑張ったんだ!バカ美星とは喧嘩しねぇからさ。取り替えるなんて言わねぇくれよ」

「そうだよ!あたしだって護衛はしっかりやって見せらぃ!任せておくれよ?なぁ!」

鉄に取りすがって、頼み込む女2人。

「どうします?」

「How about trying it?(まぁ、やって見せたらいいんじゃないのかね?)」

パーカー氏は困ったように言って――――十字を切って見せた。



「何見てんだ――――ぉぅ!」

「ちっと開けてくんな。邪魔だよ。あんたら」

ヤクザのようなタンカを切ったのは、美星。それに続いて前をかき分けるように歩いていくのがお珠。

「2人とももうちょっとお手柔らかに…」

鉄之助は引き気味だ。

パーカー氏はなぜかひょうひょうとしていて自然に見えた。

「なに言ってんのさ。見せもんじゃないんだよ。これくらい言ってやんなきゃ!」

「そうさ。こんな人ごみなんだから、かき分けて行かないとね!」

確かに二人の言う通りなのだろう。

周りは人が多く、すれ違いに肩が触れ合いそうな距離である。

「痴女とスリに気を付けなよ?特に痴女はすれ違いざまに触ってくるから注意しな」

美星が注意してくれた。

「でも、触られるくらいいいじゃない。軽い感じならさ」

「はぁ?鉄さん。何言ってんだ? 痴女は捕まえて代官所に引っ張って行くのが決まりだよ。やったら、即、その場でとっちめてやらなくちゃ」

そういうもんか?とも思う。

「Tell them to turn to the next corner to the right.(鉄。次の角を右に曲がる様に言ってくれ)」

「ああ、そうですね」

「二人とも、次の角を右に曲がって」

「あいよ」

鉄たちは、芝、増上寺の近くにある商家に、商品を届けにやってきていた。

右に曲がり、人影が少し少なくなったところで、

「HEY,Tetsu,There is a Women following me(鉄。付けられてるぞ)」

パーカー氏が静かに告げた。

「really?(マジですか?)」

「Even if it is true. Both of them should have noticed(本当だとも。二人も気づいているはずさ)」

「お珠さん、美星さん―――」

「ああ、気づいてらぁね」

「奉行所のネェさんが何の御用かねぇ」

言いながらくるりと二人は向きを変えて一歩、前に出て背中に鉄とパーカー氏をかばうように後ろへ逃がした。

「なんだ。気づいてたのかい」

後ろから静かについてきていた一人の女は着物の上に黒い羽織姿。腰には刀と十手の房がちらりと見えた。背は160cmほどだが、アスリートの様に引き締まった足腰が着物の裾ごしに分かる。

(代官所の人がなんで付けてきたんだ? 職質かなぁ…やだなぁ)

「あたしらに何の用です?こう見えても忙しくて」

「おやぁ?ドブ板通りのお珠が忙しいたぁ笑わせてくれるねぇ。お前、この間まで日雇いだったじゃないかい」

「今はこの人たちの警護役の身ですよ」

「警護役?ヤクザ者の癖に言いやがる。まぁいいや。そこの爺様に用があるんだ。渡しな」

奉行所の人間は指でこっちへ来いとパーカーに指示をした―――が。

「?」

パーカー氏は当然わからないままである。不思議そうな顔をしていた。

「She is an official. In order to come to you(役人です。こっちに来いと言ってます)」

「I do not want to. That woman, she has bad eyes. We can not get even a false charge if you get into it carelessly(嫌じゃな。それにあの女良くない目をしとる。うかつに着いていったら冤罪でも掛けられかねんぞ)」

「Right(ですね)」

「お役人様。パーカー氏は忙しい身ですので、生憎、お付き合いできません」

「ああん?」

役人が十手を引き抜いて、すごむ。

しかし、そこで、護衛役の2人は――――

「あんだ?――――ぉぅ」

「忙しいって言ってんだ。また今度にしてくれよ?」

一歩も引かなかった。

「てめぇら邪魔するってんなら、しょっ引くぞ?」

「んな脅しでどうにかなると思ってのかねぇ?なぁ美星」

「ああ、女同士、喧嘩で型付けたっていいんだぜ?それとも、個室じゃなきゃ出来ねぇ話かい」

奉行所の女は、淑乃と言った。品川奉行所の見回り役で、やくざ者や弱いものを職務質問と言う名の因縁で引っ張っていき、濡れ衣を着せて、牢に入れられたくなければ、金をよこせ などと言うそんな奴なのだ。

勿論、この界隈の人間なら、淑乃の噂は知れ渡っていて、「人でなし」なんてあだ名までついている。当然、お珠も美星も顔と噂くらいは知っていた。



(あいつは異人じゃねぇか。きっと捕まえて拷問に掛けりゃ、ネタが見つかるはずだ)

淑乃はこう思っていた。

最近上から、成績が振るわないと嫌味を言われたばかり。ここらで点数稼ぎをしておくのも悪くない。

しかし、爺様は二人の護衛に邪魔されて近づけそうにもない。

(どうすっか)

淑乃はちっ―――と舌打ちを漏らし、目標を変えることにした。

(そうだな。爺様の隣の男。アイツなら行けそうだ)

役人の勘というやつだ。相手の弱点を見抜くことはそう難しくない。

「おぃ。お前さん。そう、爺様の隣のお前さんだよ」

「はい?」

「そう。お前さんだ。あたしゃ幕府の役人だよ。そこの護衛はお前さんの管理だろう?―――どかしちゃくれねぇかぃ?」

まるで職質を待ち伏せている警官のような口調に鉄は、クスリと笑ってしまった。そして、こういう口調の人間にはあまりいい思い出がないのも、事実だった。

「I am busy. Do not disturb me. Foolish cop(忙しいんだ。邪魔しないでくれよ。馬鹿警官)」

英語で悪態をつくと鉄は美星とお珠の手を取って――――反転しながら

「We will escape. Parker!(逃げますよ。パーカーさん!)」

「Of course(もちろんだ)」

鉄はパーカー氏に指示を出して走り出した。



(マジか――――アタシ今男に手ぇ引かれて逃げてらぁ!)

(ああ――――夢かね)

美星とお珠は手を引かれて逃げながら信じられないかのように目を白黒させた。

男に手をつながれるなど、望んでもそう起きたりしないものだと体が覚えているのだ。ありていに言ってしまえば、思考が追い付いていかない

「How far are you going to run?(どこまで走る気だね?)」

もう一つ、驚いたのはパーカー氏が意外に早いことだ。美星と珠の後ろにぴったりと追走してきている。とても60過ぎとは思えない脚力だ。

「Oh, it was.(ああ、そうでした)」

速度を緩める鉄。パーカー氏もすぐに並んだ。

「もうここまでくれば大丈夫だよ。にしても、爺様、速いもんだね」

美星が軽く肩にふれようとしたとき、パーカー氏のステッキが美星の手を叩いた。

「あでっ」

「Do not touch it carefully(気安く触るでない)」

パーカー氏は女に対する扱いは。鉄ほど甘くはない。

「ざまぁ見ろい。気安いんだよ。バカ美星」

お珠がまくり上げた着物の裾を直しながら笑ったが、内心では心の臓がバクバクだった。

それは美星も一緒である。目の前には少し上気した、男の息遣い。少し漂う汗のにおいもお珠と美星にとってはいい匂いだ。今夜もオカズが増えてしまうのは間違いない。

「Sorry for running you(走らせちゃってすいません)」

「Do not worry. The usual thing(構わんよ。いつもの事だ)」

男二人はまるで、友達である様に笑っている。とても、雇い主と護衛には見えない。その光景を見ながら

(この仕事絶対辞めねぇぞ!)

女二人は心底硬く心に誓ったので有る。

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