第35話 救出

 それは平凡に歩いて姿を現した。

 青を基調としたフレーム。テスト機を示す灰色の印字に、一世代古い突撃銃。まるで教練を終えたばかりの新兵のように、研究所に併設されたハンガーからゆっくり歩いてくる。


 マイルズとイデアは研究所の前に降り立ち、どう攻略するか検討しようという矢先のことだ。

 両雄並び立つ前に、その機体はあまりに無防備に歩み出てきた。肩部ラックから突撃銃を下ろし、手に構え、まっすぐ銃口を向ける。


『……え?』


 イデアの呆気にとられた声で、マイルズも我に返る。

 叫んだ。


「避けろぉおおっ!!」


 銃口に貪欲な魔力が渦を巻く。

 放たれる銃弾の一つ一つに魔力が乗せられ、一発一発が艦砲射撃のように森をえぐり取って吹き飛ばしていく。

 二機の飛び退った跡を破壊と暴力で埋め尽くした。


「なんだ……あれは、オーダーワンだよな……!?」


 マイルズの駆る鈍色のツインドライブ搭載試験機は重々しく着地して、試験場に刻まれた蹂躙の痕跡に息を呑む。芝刈り機でもかけたように森が削ぎ落とされている。

 マイルズ機の隣へと紅石色に透き通った魔導外殻が浮く。イデアが苦々しくつぶやいた。


『……完璧に乗りこなしてる』


 具合を確かめるように銃を振るオーダーワンは、気さくに腕を軽くあげる。


『さすがイデア・グレースの産物、悪くないね。機体の駆動、魔力の動き、その細部まで調べ上げた私なら魔力還流をかなりの精度で動かせるようだ』

「その声……ッ!」


 マイルズが歯を剥いて戦意に吼える。


「ハルベーザ・ゴトウ! ルーシーはどうした!?」

『部屋で休んでいるとも。彼女には果たしてもらうべき役目がある』

「戯言を! おまえが利用したいだけだろうが!」

『物は言いようだな。ギブアンドテイクと呼んだほうが気分良くないかね』


 煙に巻くような言い回しに、マイルズは苛立たしく息を吐く。

 イデアの紅い機体が進み出た。


『どうして、ルーシーを巻き込むの』

『才能あるものはその能力を活用する責任がある』


 ハルベーザの操るオーダーワンは怒りを顕にした。


『きみのことだよ――イデア・グレース。きみの怠慢のせいで、私やルーシーが頑張らねばならなくなるんだ。技術は黙って口を開けていても得ることはできない。誰かが踏み出して、手を伸ばさなければならないんだ。たとえ危険を冒してでも』


 オーダーワンの双眸はマイルズを捉える。

 機械の向こうにある険しい視線が伝わるほどに、大きな義憤が逆巻いていた。


『きみもだ、マイルズ・スミス。優れた操縦者でありながら、なぜ危険な操縦ばかり続けているんだ。きみだけが乗りこなしても意味がない。後進を育てる責任がきみにはあるのに』


 マイルズは言葉を飲む。

 まったく正論だ。騎士団を続けて経験を国のために活かすか、あるいは――教導に就き後進を育てるか。マイルズの選ばなかった道には当然それらがあった。

 選ばなかった理由はただマイルズのわがままだ。魔導外殻を存分に操縦し続けていたい、という。


 ハルベーザは機体の両腕を広げる。

 憤怒と、義勇と、断行する強い意志。

 すべてを束ねて背負って、ハルベーザは告げる。


『人類は先に進むべきだ――すべからく。そのためなら、私はなんでもしよう』


 ハルベーザの凄絶な執念、その証明のような魔力還流の完全制御。膨大な魔力が計算しつくされた暴風となって膨れ上がる。


『邪魔をするなら。進歩に貢献する意思がないならば。人類社会から――降りろ』


 突撃銃を構える。


「相変わらず思い込みの激しい男ですにゃあ」


 声。

 オーダーワンの構える銃の近くに、人形のような光の塊が林立する。ぶちまけられたデコイは銃のみならずオーダーワンのカメラアイやセンサーを的確に遮り、塗りつぶしていた。


「やは。傷心のお姫様を続けるより、自分で動いた方が気持ちがいいですにゃね」

「ハッサ!?」


 マイルズは唖然として振り返る。

 森の中だ。ハンヴィーの後部座席に立って手を挙げるハッサがいた。運転するニンジャがすまなそうに笑っている。


『目障りな!』


 オーダーワンが一喝、放たれた波動に砕かれて無数のデコイはガラスの散るように弾け飛んだ。

 怒りのままオーダーワンは森を見下ろし、走り出すハンヴィーに揺られるハッサをにらみつける。


『なにをする、ハッサ!』

「わかりませんか? 潮時ですと言いに来たのですにゃ。もう私たちの詭弁が通せる時代ではありません」

『詭弁だと!』

「詭弁でしょう?」


 揺れるハンヴィーに捕まりながら、ハッサは妖艶に笑う。


「人類は進むべき、という命題が正しいとしても。全員が進むことを喜ぶとは限りません。そもそも我々のやっていることが貢献になっているかすら、定かではないでしょう」

『それこそ詭弁だ! 私の研究所が人類への貢献になっていないなら、なにを以て貢献とする!?』

「未来の歴史家に聞いてくださいにゃ」


 ハッサは話を打ち切って、パチンと指を鳴らす。ガソリン発電機に似た形状の増幅器が唸りを上げてハッサの魔術を高める。

 再び生み出された無数のデコイがオーダーワンにまとわりついていく。

 ハッサはマイルズの駆るツインドライブを見上げた。


「マイルズ。早く、ルーシーを助けなさい。オーダーシックスの格納される研究所の地下区画に監禁されていますにゃ」

『マイルズ、行って。ここは私が引き受けるから』


 こくんと頷いた紅い魔導外殻が、傷ついた左腕をオーダーワンに差し伸べる。焦げついた装甲が、宝石よりも透き通って煌めいた。


『おいで、素人。本当のオーダーワンの使い方を教えてあげる……!』

『ほざけ。開発者が常に最高の使い手ではないと思い知れ!』


 二機の魔力炉が吼える。


「……わかった。ここは頼む!」


 ひしめき合う濃密な魔力が嵐のように吹き荒れるなか、マイルズは研究所に接舷した。

 イデアの光線によって大穴を開けられた研究所は床が傾き、ゆっくりと崩壊が始まっている。

 生身の体に拳を握り、ブーツを確かめるように床を蹴る。ふぅと鋭く息をついて、廊下を見据えた。三階。機密区画まで降りねばならない。


「ルーシー、今行くぞ!」


 マイルズは駆け出した。


 所属していただけに、研究所の構造は知っている。

 博物館のような白く開放的で機能美に溢れたデザインの研究所を駆けていく。エレベーターは使わない。非常階段を駆け下り、最下層に降りた。

 オーダーシックスの収められた作業室には耐爆隔壁が降りて、ロックを示す赤々としたランプが光っている。

 コンソールに通すIDカードをマイルズは持っていない。拳銃を引き抜いてコンソールに向けた。

 ――と、

 電子音を奏でてロックが開く。

 雑音を撒いてコンソールのスピーカーが声を紡いだ。


『あー運転しながら失礼します! 情報部も仕事してますんで! お忘れなきよう!』


 マイルズは笑った。

 ニンジャはマイルズを助けに来た。単身潜入するほど武闘派な職員ではない。施設の中枢は部隊がとうに制圧していたのだろう。


「ありがとよミスターニンジャ!」


 マイルズの叫びに、スピーカーは「ふほっ」と変な声で笑った。

 前を見なさいおバカ!、というハッサの悲鳴が遠く聞こえる。それらを置き去りにマイルズは作業室に飛び込んでいく。


 まるで刑務所の対面室にも似た防音の部屋。神経質に白い部屋には操縦席を移設したかのような一対の操縦桿とシートがある。

 機械腕とオーダーシックスを望む狭い空間に、ルーシーはいた。

 長い金髪を散らし、背を丸めて壁際にうずくまっている。


「ルーシー!」

「マイ、ルズ……? マイルズ!」


 ルーシーは跳ねるように立ち上がった。よろめいた彼女を受け止めようとマイルズが駆け寄り、

 ルーシーは弾かれたように後じさりした。


「……来ないで」


 抱きしめるまであと一歩。

 その距離を開けて、マイルズから身を守るようにルーシーは自分を抱きしめている。頑なに顔を背ける。


「ごめんなさい。でも、来ないでください。私は、私はあなたと一緒にいたらダメなんです……」

「何を言っているんだ? 一体何があったんだ」


 ルーシーは濡れた睫毛を震わせて、マイルズを見た。

 碧眼が恐怖と困惑に揺れる。


「私は――」


 そのとき。

 施設を激震が貫く。

 床がたわんで割れ、鉄扉を押し倒して瓦礫と噴煙が部屋になだれ込んでくる。轟音と振動がルーシーの悲鳴を塗り潰して二人を飲み込んだ。

 宝石のように紅い装甲が、廊下を潰して落ちていく。

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