いざ出発

 翌日。

 神様と一緒に朝食を終えた俺は、エレナさんから外に行こうと誘われた。

 とりあえず頷いてみると、案内された所は大きな馬小屋の中だった。


「これが私の愛騎、翼竜ワイバーン。友人から名前を取ってマリーと言います」


 自慢のコレクションであるかのように語るエレナさん。

 その横には、トカゲの身体にコウモリのような両翼を備えた巨大生物が居た。


「……ワイバーンって、これが俺に似ていると言っていたペットですか」

「えぇ、そっくりでしょう?」


 チロチロと舌を出し入れし、爬虫類特有の目付きをした生物と目が合う。

 ……うん、俺の舌はあんなに長くない。


「しかし本当、随分と大きな生き物ですね。飼育が大変なのでは?」

【止せ、クロー。くだらん自慢と愚痴が雨のように降ってくるぞ】


 面倒くさそうな顔をした神様が、クイクイと袖を引っ張ってくる。

 それを見たエレナさんは上機嫌だった態度を、まるでコインが裏返るようにクルリと変えた。


「勝手に付いて来たあげく、意味不明な注意を促すとは。挑発行為ですか?」

【事実を述べたのだ。忠告なら、ワイバーンは口に入るモノならば何でも食べるから近付くな、と教えていただろうな】

「私のマリーは林檎しか食べません。そんな慎ましい性格なのに、荷車の三倍はある体格は馬よりも早く空を駆け、鳥よりも遠くに移動できるのです。これほどの高級車は、世界広しと言えばマリーをおいて他にいません。さぁ、もっと褒めてください」


 期待するように瞳をキラキラと輝かせるエレナさんに対し、俺は有効な手段を考えつくことが出来なかった。

 こういう場合は、少し話を逸らすに限る。


「……高級車と言っていましたね。これ、乗り物なんですか?」

「えぇ、もちろん。クロー様をここに連れてきたのも、マリーに乗って貰う相手の顔を覚えて貰う為ですから」


 説明を聞いて、ほぅと感心しながらマジマジとワイバーンを見る。

 登録した相手じゃないと乗れないとか、顔認証セキュリティみたいだ。


「ちなみに顔を覚えない相手が近付くと、どうなるんですか?」

「特に問題はありませんよ? 強いて言うなら、マリーが知らない人を林檎と間違えてしまうだけです」

【……おい。このトカゲ、さっきから我を見ながら涎を垂らして居るぞ?】


 不安そうな顔で俺の背後に隠れる神様。

 とりあえず、ソレは無視して。


「馬にも乗った事のない俺が、このザラザラで痛そうな肌に耐えられるか心配です」

「そこは御安心を。マリーの背中に大きな皮製のマットを敷いて、その上に椅子を固定します。クロー様達には、その椅子で寛いで頂く予定ですから」


 エレナさんがスッと指さした先には、巨大で頑丈なソファーみたいな代物がドデンと置かれていた。


「四人分はありそうな座席ですね。もしかして、ソフィア姫も同席ですか?」

「はい、不本意ですが邪神も一名追加です。まぁ私は私情は挟まない主義なので、誰であろうと『空を泳ぐ玉座』と称される快適な空の旅を提供して見せますが」


 誇るように胸を突き出すエレナさんに対し、神様は酸っぱい物を食べたみたいに口を窄めていた。


【……そういえば聞き忘れていた。過保護のお前が、よくソフィアのアッカド基地行きを許したな。その話を聞いた時は我でさえ抗議したというのに】


 失礼と言えば失礼な質問だが、特に抗議は返ってこない。

 ただ、憮然とした顔でエレナさんが口を開く。


「もちろん反対しました。ですが機嫌を損ねては、姫様は必ず予期せぬ方向で暴走してしまいます。独断で動かれるくらいなら、監視と護衛を兼ねて同行する方がマシです」

【お前でも対処できない、万が一ということもあるだろう】

「最悪、姫様を気絶させてでも撤退すれば良いだけです。貴方に心配されずとも安全の分水嶺は見極めます」


 いや、気絶させるのはどうかと思う。

 などと新参者が古参の忠誠心に口を挟める訳も無く、ただ黙って聞いていた。


【ふん、そこまで割り切っているならば任せるとしよう。……さて。これだけ長居すればバカな翼竜でも顔を覚えただろう】

「失礼な。マリーは一目見れば、大抵の人間を認識します。クロー様も登録完了です」

【よし、用事は済んだ。帰るぞクロー。部屋で茶菓子を吟味しようではないか。国内の銘菓を取り寄せてあるのだ、昨日の夕食よりも美味であるぞ】

「それは素敵ですね。さっそく戻りましょう」


 神様の提案に、俺は抗うことなく素直に従った。

 この世界の料理は美味しい。というか、身分の高い人達の食べ物が上等なのだろう。

 食事に関しては元いた世界の何倍も豪華な体験をした影響で、文字通り味を占めてしまったのだ。しかし、その誘惑をエレナさんが身を以て阻止してきた。


「残念ですが、アッカド基地への出発時刻は残り十分もありません。このまま両名には現場待機を願います」


 バッと両腕を広げて進路を塞ぐエレナさん。

その行為よりもその言葉に驚いて、神様と顔を見合わせた。


【待て待て。今日の朝から行くとは聞いていないぞ。随分と急ぐではないか】

「昨日の時点で、そういう手筈になっていました。騙す気はありませんでしたが、周囲に気取られても嫌なので、わざと貴方達には伝えなかったのです」

「……この事が知られたら、なにか不味いんですか?」

「いかに伯爵様が許可したと言っても、ソフィア様がクロー様に御同行することが城中に知れ渡れば、反対する者も出てきます。なので、その前に行動してしまうのです」

【そうは言っても、色々と準備があるであろう】

「昨晩に済ませています。出陣の支度は手馴れたものですから。もちろん、クロー様の手荷物も用意してありますよ」


 ぐうの音も出ないプロの仕事ぶりに目を丸くして驚く、俺と神様。

 そうして手持ち無沙汰になった気分でいると、馬小屋の中に聞き慣れた声が届く。


「――待たせたわね」


 一瞬、声と見た目の記憶が混濁したのかと思った。

 そこには昨日の全身を覆うようなドレスではなく、純白のローブを着込み太ももが見える短いスカートを穿いたソフィア姫が居たからだ。


【機能性重視なのか、装飾を優先したのか良く分からん服だな。なんにせよ、王族の格好とは思えん大胆さだ】

「褒め言葉として受け取っておくわ。それとクロー、これは貴方の分よ」


 ソフィア姫からスッと差し出されたモノに目を向けると、そこには売り場のタオルみたいに折り畳まれた漆黒の布があった。


「……これは?」

「昨日話した、貴方の立場を示す服ね。上質な服は高い身分を証明できるし、衣装としても申し分ないモノに仕上げたわ」

「それはありがとう、ございます」


 滑らかなのにフワフワとした感触に驚きつつ、受け取った服を広げてみる。

 それはブレザーの代わりに上着として利用できそうなローブで、興味を惹かれた俺は早速、制服を脱いで試着してみた。


「うわ、採寸ピッタリじゃないですか。しかもシャツの上から着ているのに、溶け込んだみたいに違和感がない」


 なんというか、服を着ている感覚がない。

 そんな初めての体験に、犬が尻尾を振るように手をブンブンとさせて喜んだ。


「気に入って貰って何よりよ。徹夜して用意した苦労が報われるから」

「……待ってください。俺の為に、わざわざ寝ないで支度したんですか?」

「来たばかりの国を助けようとする貴方に比べたら、大した事ではないわ」


 平然と言い放つソフィア姫。

 だが、それを聞いた神様が引き攣るような表情で呟く。


【……このローブ、かなり高度な対物理と対魔力の防御機能が備わっている。これ程の一級品は寿命を減らさねばできぬものだ。ソフィア、まさかとは思うが】

「えぇ、確かに私の生命力を縫い付けたわよ? けどコレは王族の感謝として当然の振る舞い。非難されるいわれなどないわ」


 これくらい当然の義務なのだ、とソフィア姫は胸を張る。

 その態度が気に入らない様子の神様は、娘の非行を咎める母のような声で呟く。


【馬鹿者が。相手は出会ったばかり、そして結果が伴うかも判らんのだぞ。用意した品物が無駄になるとは考えなかったのか】

「その心配はしてないわよ、ミウル。だって貴方が連れて来たんだもの。その方法に納得はしていないけれど、貴方の手腕は信用しているから」

【――――】


 ソフィア姫の言葉によって、神様は動画を一時停止したように動きを止めた。

 しかし表情だけは怒っているような嬉しいような、複雑そうに歪めている。

 その様子を俺と一緒に見ていたエレナさんが、仕切り直すようにパンパンと手を叩いて発言した。


「何はともあれ、これで搭乗者が揃いました。これよりアッカド基地へと向かいます」


主人の意思に応えたいのか、ワイバーンがバサッと翼を広げる。

 目指すはアッカド基地、魔物と人が戦う最前線。

 そんな修羅場で結果を出せれば、きっと俺の清算は捗るだろう。

 だから、とりあえず早く戦ってみたかった。

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