【エピソード4 第5話】

「いてて」


 なんだか気味の悪い夢を見てたみたいだ。

 こじんまりとした小屋の中に俺はいた。丸太を積み重ねて作った質素な山小屋。吹き抜けの窓の外からは陽の光が注ぎ込んでいる。

 右頬はジンジンと痛む。左頬は感触の良いすべすべの柔らかい枕に乗っかってる。思わず頬ずりする。気持ちいい。


「目が覚めましたか?」


 頭上から声。

 瞳を開ければ銀髪の少女が俺のことを覗き込んでいた。

 心配そうに潤む青く澄んだ瞳。白く細い首筋。ほどよく盛り上がる二つの胸。それらが自分のすぐ頭上にある。

 ってことは、このすべすべの枕は彼女の膝の枕の膝枕的なあれか?

 目を向けると白く肉つきのいい太ももが眼前にあった。


「わわわっちゃっ! ご、ごめん!」


 慌てて飛び起きる。目の前には上着を脱いだワンピース姿の少女がいた。


「いや、あの、ごめん。そういうつもりはなかったんだよ!?」


 脳裏に蘇るビンタされた記憶。また殴られちゃかなわん。


「こちらこそ、ごめんなさい!!」


「……え?」


 だが、予想に反して少女は勢いよく頭を下げた。


「勇者様は突然の召喚でパニック状態になっていたというのに。それなのに、私ったら、そんな状態の方をぶん殴ってしまって。ホント、すみませんでした!」


 そういえば、と下半身を確認すると、布が巻かれていた。彼女が纏っていたローブだ。白く上質な生地。ツヤがあって肌触りがいい。そして、なんとなくいい匂いがする気がする。美少女が身体に纏っていた布を下半身に巻くなんて、申し訳ないようなちょっと変な性癖が芽生えそうな、そんなティーンエイジャーの俺であった。


「ま、まあ俺も悪かったからいいよ。……で、それよりここはどこなんだ? 君は?」


 そうだ、興奮している場合じゃねえ。状況を把握せねば。ここはどこだ。

 腰に革のベルトを巻いたミニワンピ姿の少女に尋ねると、待ってましたとばかりに少女は胸を張った。


「私はアバリールの王女フィリスと申します。今年で16歳。これでもアバリールで最も魔力の高い魔術士の一人なんです。ちなみに今年の『お嫁さんにしたい有名人のアルトフィア連盟、王女部門2位』です。えっへん」


 知らん知らん。


「そして、この世界はブルースカイル。今、ブルースカイルは魔王によって結成された魔群合衆により戦乱に包まれています。私たちアルトウィア同盟は魔王を倒すために、禁断の秘術を用い『異界の橋』ダゴール神殿にて異世界から勇者様を召喚しました。それがあなたです」


 ブルースカイル……。初めて聞く単語なのに、なぜかどこかで聞いたような気がする。が、思い出そうとすると、なぜか頭が痛くなる。

 だけど、そんな言葉より、召喚という言葉に俺は驚いた。召喚? マジで?


「ええ。マジです。辛く長い旅路でした……。本当に大変な旅だった……。神殿に着くまでに暗殺者の執拗な追撃にさらされ仲間は死にました。ジェシカ。ノーベレン。トメス……うう、あなた達のことは忘れない……。でも、これで報われるよね。だって勇者様を召喚できたんだから……」


 急にしおらしくなった少女(若干嘘臭いが)は鼻水をすする。そういえば、彼女の体や衣類は煤けていて長い旅路の過酷さをうかがわせていた。


「勇者様。どうかこの世界を魔王の手から救ってください」


 両手を組んで祈りのポーズを取るフィリス。そんなに期待されても困るんだけど……。

 いや、確かに仲間が死んじゃったりしたのなら、それはとっても悲しいことなんだろうし、その点は俺だって哀悼の意? 的なものは表するけれども、こっちの都合はガン無視な訳なのかな。

 召喚って言ったよな、ということは俺は元の世界からこのなんちゃらワールドに無理やり転移的なアレをされたってことだろうけど、いい迷惑だぞ。

 俺はそれどころじゃねえんだ。彼女の家で二人っきりだったんだぞ。こんなチャンス滅多にないんだぞ。どうしてくれんだよ!


 ……てなことを叫びたい気持ちだけど、女の子が涙をこぼしてるこの状況で欲望丸出しなことを言うのもなんかヒドい奴な感じするじゃん。

 本心としては一刻も早く元の世界に帰るなり、この夢から覚めるなりして、部屋に残してきた彼女といちゃいちゃの続きをしたいのだけれど、さすがにそれを目の前で泣いてる少女に言うのもどうかなって思うわけで、仕方なく泣いてる彼女の様子を黙って眺めることにした。


「トメスはこの戦いが終わったら結婚する予定だったんです……。ああ、ミーナに私はなんと言えばいいの……」


 誰やねん、知らんがな。

 とは言えず、黙って頭をかく。


「……というわけで、よろしくお願いいたします」


 なんとなく、こうくるとは思っていたけど。いやー、でもさ。正直、俺に世界を救うとかそんな大それた事、できないと思うんだけど。


「勇者様? 聞いておられますか?」


「え? ああ、うん。大変みたいだね、この世界も」


 どうしたものか。

 適当に話を合わせつつ元の世界に返してもらうように交渉したいが。


「もしかして……、めんどうくさいな、とか思ってません?」


 う、鋭い。この子、意外と鋭い。


「お、思ってないよ。ははは。ちょっと状況が飲み込めなくてさ」


「そうでしたか、申し訳ありません。この世界のことも何も説明もなく助けて欲しいなんて虫の良い話ですよね。ではまず簡単に世界情勢を説明させていただきます」


 ……別に聞きたくねぇ。けど、そうとも言えないので愛想笑いで頷く。同意と受け取った彼女は微笑んで話を始めた。


「ここは空壁世界ブルースカイル。今から12年前。同盟軍と連合軍の戦争が始まりました。同盟軍のラルクェーザー司令官率いるブデノスアイリーン軍は魔王軍の将軍、デルメリットアバジャンを撃破し、ガルア大陸へ進撃しました。しかし、瀕死のデルメリットアバジャンは自らの命と引き換えに魔人ボウル・ネデルを召喚したのです。魔人ボウル・ネデルはチョマーリンとウォルクレイの軍勢12万を一瞬で壊滅させ、さらにブデノスアイリーン軍に牙をむきました……」


 待て待て。おい、初っ端からフルスロットルすぎるぞ。カタカナいっぱい過ぎて何にも頭に入ってこねぇぞ。


「ラルクェーザー司令官は魔人ボウル・ネデルの脅威を議会に伝え、異世界からの勇者を召喚することを要請したのです!」


「……えっと、つまり、それが俺ってこと?」


「違います。12年前の話って言ってるじゃないですか。ちょっと黙って聞いててください」


 ……違うんかい。


「議会はラルクェーザー司令官の要請を受諾し、異世界人を召喚することを決定し、『茜色の魔女』ことレティシア・シャリーに勇者の召喚を要請しました。その様子はレティシア・シャリーが勇者召喚を振り返った著書『召喚と私。それからアイツ』の中で詳細に述べています」


「なんだか、少女漫画のタイトルみたいな名前だな」


「なんですかそれは。ともかくこの貴重な学術書によると、彼女は秘境コレズジアのデマネスク神殿にて、一人の勇者を召喚しました。当時の魔術構成ではかなりの魔力を要したでしょう。魔力を集めるためにレティシアはボール族のフェフフェレッサを訪ね、魔力を圧縮する秘術トメレ・テマルテを教わったと記載されています」


「あのさ、この話さ。結構長い?」


「まだイントロです」


「げ、マジ? もうちょっとこう簡潔にできない?」


「……。で、召喚された初代勇者は勇猛果敢に連合軍に挑み、大変な活躍を見せました。ドウワルーチェの戦い、アレッサンジャン渓谷の進撃。それに忘れちゃいけない魔人ボウル・ネデルとの死闘。勇者の活躍で同盟軍はその陣地の大半を奪い返しました。しかし!!」


「ちょ、全然簡潔にする気ないじゃん! てかもう固有名詞ばっかでついてけねえよ! 全然頭に入んねえよ!」


「そうですか?」


「そうですか? じゃないよ! なにを可愛い顔でキョトンとしてんだよ!」


「え? 可愛い? もう!勇者様ったら! まあ私は『お嫁さんにしたい有名人、同盟国王女部門第2位』ですからね」


「そこは拾わなくていいから。ってかさ、俺はね、人生ですごくめちゃくちゃ大事な時を過ごしてたわけ。それなのによくわからないまま突然に召喚されちゃって迷惑なの。だから、申し訳ないんだけど、元の世界に返してくれないかな?」


「そ、そんな……。我々の世界を救ってはくれないのですか!?」


「確かにね、うん。君の気持ちは痛いほどわかるよ。世界のピンチ。最後の手段の勇者召喚。うん、確かにちょっと冒険心はくすぐられる気はするよ。でもね、ちょっとは俺の気持ちも考えて欲しいな。ね? 出来る限りの事はしたいと思うけどさぁ。なんたって、人生のビッグイベントの真っ最中だったわけじゃん。ね。だから、今回はちょっと厳しいかなぁ。うん」


「そうですか……。わかりました。じゃあ元の世界に送還しますね」


 おっと、まさかの軽い感じのオーケーが出た。ちょっと予想してなかったなこの展開は。

 うだうだ泣きつかれて面倒くさくなりそうだと思っていたのに、この子、意外とあっさりしてんのね。

 えーっと名前はなんて言ったかな。もう忘れたよ、だって話の中に難しいカタカナ語がやたら出てきたんだもん。


「しかし、簡単に勇者様を元の世界に送還することはできません。勇者様を元の世界に戻すにはラーマ神殿というところに行かなければならないのです」


「……なるほど。わかった。いいよ。そこまで行こう。で、どのくらいの距離なの? その神殿は」


「歩いて一週間といったところでしょうか」


「うわぁ。最悪じゃん。なし崩し的に旅とかさせられるパターンじゃないの? それ」


「あ、以外と勘が鋭いですね。勇者様」


「て、てめえ初めからその気だったな!」


 拳を振り上げて言う。


「ラーマ神殿でないと送還できないのは本当ですって! あ、やめて暴力は!」


 銀髪少女が頭を押さえて防御の体勢をとる。


「はぁ。まいったな。でもそれしか方法がないなら、そうするしかないのか」


「はい。それでですね。ここから二時間ほど歩いた所に小さな村があります。今日はそこで一泊しましょう。そして、食料や装備を整えて、明日から神殿を目指す、その途中でかるーく魔王を、ばこばこって倒していただいて、万感の思いを持って元の世界に帰られる。そのような行程でいかがでしょうか?」


 しゅっしゅっとシャドーボクシングのような真似事をして、調子のいいことを言う。こいつお調子者だな。


「魔王は無理だって。まじ勘弁してくれよ。ラーマ神殿直行だ。異論は認めん!」


「……ちぇ、ケチ」


「聞こえてんぞー! おい、この距離で聞こえないと思ってんか。コラ目を逸らすな」


「では、日が暮れる前に村に着くように、もう出発しましょう!」


「はいはい、わかりましたよ」


「それではよろしくお願いします勇者様。あ、よろしければお名前を教えて頂けないでしょうか?」


「流空。高ヶ崎流空こうがさき るーく。17歳」


「ルーク様ですね。改めましてよろしくお願いします。私のことはフィリス、もしくは美少女フィっちゃんとお呼びください」


「……フィリス、短い間だろうけど、よろしく」


 こうして、不本意ながら、俺とフィリスの小冒険は始まったのだ。

 早く帰りたい。


 そして。


 ……ズボンかなんかが欲しい。


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