第5話①

朝。非情な朝日が窓から差し込み、少女を悪夢から連れ戻した。

「……はぁ。」

少女はベッドから苦しげに身を起こし、記憶を辿る。連城恋の脳裏に鮮烈な恐怖の出来事がフラッシュバックされた。


魔王の戦い。ある日の夜、突然光の柱が街を明るくした怪現象を機に連城恋は魔王を巡るトラブルに巻き込まれた。

光の柱が降りた地を友人と共に訪れた彼女は、黒い欠片や洋風の剣などを発見する。しかしその場に現れた液状の怪物、スライムに襲われ命からがら逃げ出した。そして彼女は友人の追長静穂や、大富豪の娘である四月一日(ワタヌキ)金剛と協力し、独自の調査を始めた。

調査を続ける内に、連城達は貧相で奇妙な男に出会う。その男の名前は豊水忍。金剛がスライムにかけた懸賞金を目当てにスライムと交戦し、返り討ちに遭い死の淵に立った時、魔王エピキュアとして覚醒した男であった。

そしてエピキュアとスライムの戦いの場に連城恋と追長静穂は立ち会った。スライムは戦いを始める際、自らを魔王プロトプラズマと名乗る。そう、その戦いは魔王同士の戦いであり……勝者が敗者を喰らう命懸けの決闘であった。

破壊を撒き散らす激戦の後、勝利したのは魔王エピキュアであった。エピキュアは常識的な良心から、罪のない人々を殺し平和を破壊する魔王プロトプラズマに全力で戦い、勝利をもぎ取ったのである。

しかし、プロトプラズマは消滅の間際、連城恋にとって重大な事実を話した。


魔王プロトプラズマは連城恋の兄という事実を。

光の柱事件の際、偶然近くに居た恋の兄は太陽に灼かれ、死んだ。だが、そこに魔王の魂が憑依し、肉体の死から救ったのである。けれども、その魔王憑依は豊水の時とは違い……不完全なものであった。業火に焼かれ、無残な炭化物に成り果てた彼は、もはや器としての役割を果たせなかったのである。故に、魔王プロトプラズマは理性なき怪物として誕生してしまったのであった。


恋の兄は最後に肉親に会えたことで、安心して消えていった。

それでも。愛する家族を失った事実も悲しみも変わらない。むしろ脳が状況を受け入れ、理解していくほどに、恋の心は悲しみに沈んだ。

彼女だけが事実を知り、父と母はようやく命の危機を心配しはじめた段階なのだ。兄はこれまで何度か同じようにふらっと姿を消したり、遊んで帰ってこないことが多かったから。

兄はもう永遠に帰ってこないことを、きっと両親は知ることが出来ないのだから。


「でも……朝は来るのよね。毎日。」

恋は呟いた。

「まったく、こんなことがあっても、ちゃんと学校行って勉強して……。終わったことを考えてもしょうがないんだから、頑張らなきゃ。」

誰もいない自室で、恋はひとりごちる。それは自分を動かすための言葉だと理解して。日常を生きることで悲しい思いを忘れようとして。自分に言い聞かせた。


服を着替えて階段を降り、リビングに向かう。

「おはよう」

恋は家族にいつも通りの挨拶をする。しかし、両親はテレビを神妙な面持ちで見ていた。否応なく恋は嫌な予感を覚えざるを得なかった。


「殺人事件だって。最近、本当物騒。」

「何が……」

テレビに映るのは、海の近くにある店の映像。ニュースの見出しには大量殺人など物騒な文字。ニュース・キャスターが淡々と話す言葉に、恋は知っている名前を聞いた。


「事件の容疑者として現行犯逮捕された豊水忍容疑者は……」

「ッ!」

恋は雷に撃たれたような衝撃を受けた。ありえない。あの善人がそんな事件を起こすはずがない。いや、なにより……豊水は人間ではない。警察だろうと軍人だろうと捕まるわけはないだろう。ならば……。


「どうしたの? 怖い顔して。」

「いや、なんでもないよ。朝ごはんは?」

彼女は平静を繕った。




「だから、やったのは自分ではなくおばあさんで……。」

「そんなわけがあるか! 明らかに爆弾テロの跡がある!」

薄暗い取調室。豊水は終わらない問答をしていた。彼の腕には手錠をされている。目の前の警察官の目に怯えと苛立ちを感じ取った。

「まったく、話しにならん……。別の者が来るからおとなしく待っていろ。」

「お疲れ様です」

「まったく!」

警察官は机を叩き、ズカズカと取調室を出て行く。豊水はため息をついた。


「やっぱり……うまくいかないもんだな。」

仕方ないか……。と彼は思う。


昨日。彼、魔王エピキュアは食事中、突然戦闘に巻き込まれた。相手は老婆の魔王、ロンジェビティであった。彼女は狂気に支配され、その場に居た無関係の市民を何人も殺した

不安定なプロトプラズマの力が使えない中、接戦の末に勝利したエピキュアであったが、その場に現れた男――その男を乗っ取った魔王スターチャイルドが介入。彼女は魔王ロンジェビティを既に洗脳しており、自分の意志と思い込ませて戦わせていたと語ったのである。

そして彼女は彼に宣戦布告を行い、去ったのである。


その後、帰ろうとした彼をマスコミと警察に囲まれた。ロンジェビティの能力が爆発という目立つ能力であったこともあり、大量殺人に人が駆けつけたのである。


しかし、戦闘後とはいえ魔王である彼が……生物からエネルギーを吸収する能力を持つ彼が、武装した人間ごときに負ける理由はない。逃げることも極めて容易である。ならば、なぜ彼は今、この場で濡衣を着せられているのか?


それは、彼の土壇場での状況判断の結果であった。単純に、警察に戦いの事実を伝えようとしたのだ。当然、魔王に関して直接は言わなかった。狂人の戯言と判断されることは目に見えていたからである。

しかし、実際に差し迫る危機について警告する価値はあると踏んだのだ。現に起きている、プロトプラズマの被害を含めて、街に危機が迫っていると。この事実を知らせることで、今後の被害者を減らしたいと考えたのだ。

本当は能力の実演をできればなお良かったのだが、彼の生命力を吸い取る能力は常人に使用したことがないため行わなかった。本当に殺人を犯すわけにはいかない。


だが、警察はまともに話を取り扱わなかった。無理もないことである……。しかし、豊水は目的は達成したと考えていた。確実に、今後も魔王の戦いは行われ、被害が出る。また、プロトプラズマ、スターチャイルド、ロンジェビティ以外にも魔王はいるはずであり、過去にも戦闘は起きている可能性が高い。豊水の証言が裏付けとなり、公権力が具体的な行動を取るきっかけになるだろうと彼は予想する。

そして、彼は魔王に関してはぼかしつつ証言をしている。超人的な筋力と異能を持つが、少なくとも殺せる存在であるという情報などをだ。豊水が流した情報を使えば、いざ警察や自衛隊が戦闘する際に役に立つだろうと彼は考える。

おそらく、魔王といえど重装で防備し必要な兵力を容易すれば……脳や心臓といった人間の急所を突ければ、殺せる。こうした情報があれば、無駄な死者を出さずに人間が魔王に対処することも可能なはず……エピキュアはいざという時のため、情報をあえて流したのである。


「まぁ、俺にも危険な話だけど……。ああ、それにしても。」

豊水は無機質な壁を目にしながら呟く。

「今頃世間じゃ犯罪者扱いなんだろうなぁ……。まぁ、身寄りはないし、元々まともな社会人できてないからいいけどさ……。」

しかし、彼は先日出会った少女達を思い起こした。


あの3人。プロトプラズマの戦いをともにした学生達。

兄が魔王になり、殺された……否、彼が殺したのだ……あの学生。連城という女の子。

心配をしているだろうか。彼は少し後悔をした。


「さて……。」

豊水はゆっくりと椅子から立ち上がった。魔王筋力で手錠を破壊する。

「そろそろ、行くか。」

次の瞬間。魔王エピキュアは脱走した。




「ったくよー……。なんで全然敵は私ンとこに来ねぇんだよ……。」

海近くの道路。警察官が捜索を行い、建物はブルーシートに覆われている。マスコミ、野次馬が集まり、近隣住民は不安な面持ちをしている。

その彼らが、目の前を通り過ぎる不機嫌な女に目を見開く。


「ア”ア”!? 見せもンじゃねぇ、去りな!」

女は、片方の眼球は黒い墨めいて蠕き、同様の黒い煙をまとわせていた。そして、全身に血が付着している。だが、何よりも異常なことは、彼女の後ろを一頭の巨大なワニが歩いていたことであった。


「うわあああ!」「なんだ!?」「ワニ……!」「噂の……」

ざわつく聴衆に、彼女はその爬虫類じみた硬めを細め、苛立ちを滲ませる。

「そこのお前!  その格好と……ワニはなんだ!? 話を……」

その場にいた、数人の警察が女に迫った。そして女はキレた。


「うぜーんだよ!」

「アババーーッ!」「ボボボボーッ!!」

警察官がワニ噛み砕かれ死亡!


一瞬の後、パニックが人々の間に広がる。阿鼻叫喚の中、彼女は……魔王マレヴォレントは吠えた。


「あの金持ちの家! この事件! 明らかな戦闘の後……だのに!」

マレヴォレントが纏う黒い影は無数の鎌へと変貌していき……混乱した人々を無差別に切断し、殺す。


「なぜ私の前に魔王は来ない! ふざけるな! 私がァ……全魔王を殺し! 最強の力を手にするんだよ!」


魔王マレヴォレントは凶悪な魔王である。極めて嗜虐的で、人の不幸に幸福を見出し、その能力は破壊と暴力の化身である。

しかし今、彼女は大量虐殺を喜べぬほどに激昂していた。理由は単純。彼女は、最初の一戦――魔王サスペシャスとの戦い以降、一度も戦えていないのだ。

その間、獲物を求め、街中を探索しているのにもかかわらず、である。ただでさえ短気なこの暴君は、魔王ソウルのもたらす闘争本能を燻らせているのだ。


だが、この焦りは単なる運動不足などではなく……魔王たる彼女には、現実的な焦りも湧きつつあった。

「くそが! 今私の能力は2個……! 私の知らない所で、魔王共が戦い……そのたびに、勝者は能力を増やしている! 畜生が!」


魔王は敗者のソウルを吸収し、その能力を取り込むことができる。マレヴォレントの黒い影の力も、それによるものだ。

しかし、魔王は7人。自分以外の魔王が一人だけになれば、能力の差は最悪2対5になってしまう。圧倒的に不利だ。


「一刻も早く! 魔王を見つけ出し! ぶっ殺す!」

魔王マレヴォレントは聴衆が静かになるまで黒い影を振るった後、死体の山を意にも介さず街の中心に歩き去っていった。

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