反撃~001

 やがて、意を決した様に口を開く。

「……私に何か出来るかな…?」

 …気持ちは有り難いが…

「危険すぎる。春日さんの過去を調べて晒した奴だぞ?俺達の他には誰も知らなかったのに」

 どうやって調べた?あの事はトップシークレットで、俺達の間でさえ話題にしないのに?

「……そのリークした人を調べるくらいは…その事を知っているのは…」

 独り言で呟いたのだが、春日さんが続けて答えた。

「……隆君、大沢君、美咲ちゃん、遥香ちゃん、波崎さん、あと…国枝君と川岸さんかな?」

「後は木村と黒木さん…か?」

 頷いて肯定。そして…

「……中学時代の同級生も知らないと思う」

 そうか、解っているのは九人か…

 ん?待てよ?もしかしてもう一人…

「里中さんは?一応こっち側だろ?話した?」

 首を振って否定。俺も話した記憶は無いが、ひょっとしたら、誰かが?

「……里中さんはこっち側と言うより、須藤さんと縁を切りたいから協力しているだけだと思うよ?真剣にどうにかしようとは思っていないと思う」

 それは俺もそう感じるが…

「でも、あいつが復活したら面倒くさい事になるのは知っているだろ?向こうに回ったとは考えられない」

「……そもそも里中さんが知っているかどうかも解らないしね…」

 確認しようが無いって事だ。知っていたとして素直に言うか?言ったとして、それを鵜呑みするか?無理だな。少なくとも今の疑心暗鬼状態なら。

 春日さんは槙原さんの事だって疑っていたんだ。あまり絡んでいない里中さんの事なんか信じないだろう。

「……仮に須藤さん側に寝返ったとして、彼女には何のメリットがあるのかな?」

 それもそうだし、寝返る理由も解らない。

 悶々とした時間が過ぎる。

 あれから俺達は一言も喋らずに、ただ黙って俯いていた。

 噂の事はもうどうしようもない。広がった物は仕方が無い。だが、これからの事は?

 重苦しい空気が、時間が経つ事すら忘れさせた。

 俺のスマホに着信が入る。黙っていた俺達はマジで仰け反った。ビックリし過ぎたのだ。

「……た、隆君、電話」

「お、おう!!」

 何故か語尾が強くなるが、取り敢えず出る。

「も、もしもし?」

『おう!!俺だ俺!!』

 ……なんだこのテンションの高さ?誰だ一体?

 画面を見て確認すると、ヒロだった。

「お、おうヒロ、どうした?」

『いや、まだ病院なんだけどよ、今しがた須藤ん家のチンピラが病院に来たんだよ。しかも結構な人数で』

 面会時間は…とっくに終わっているな。ならば…

「家に帰る為にか?」

『何だかんだ言って精神異常者扱いだからな。何かの拍子に暴れた時に止められる人数、あと普通に介護の奴とか?』

 俺の仮説を否定せずに、ヒロが被せてくる。

 つまり俺とヒロの認識は一致していると言う事だ。

『一応あいつ等が須藤連れ出すまでは張る。だが、そこで終わりだ、奴等は車だろうし、尾行は不可能だ』

 タクシーって手もあるが、俺達はしがない高校生。懐事情がある。

「それでいいよ。終わったら家来るか?」

 暗に報告しろと言った。

『何時になるか解らんけど、そうすっか』

 それに了承して電話を終える。

「……朋美の病院に、家の人いっぱい来たってさ」

 コックリ頷く。

「多分外出、つか、外泊する為に、迎えに寄越したんじゃないか、って」

 またまた頷く。

「俺、帰ってヒロを待つよ。何時になるかは解らないけど、話を聞きたいんだ」

 時計を確認すると、終電には余裕で間に合う時間。これならイケるか。

「……じゃあちょっと待って」

 そう言って奥の部屋に引っ込む春日さん。あそこは確か寝室だったな。俺が拘束されて刺殺された場所でもある。

 なんだろうと思いながらも待つ。

 暫くして出て来た春日さんは、スエットから着替えていた。膝上スカートとトレーナーである。可愛い。

 しかし、なんで着替えたんだろうか?

「……隆君はそのままでいいの?」

 そのまま?はて?首を捻る俺に手渡されたのは学生服。

「……まだ渇きが甘いから、スエットの儘帰ってもいいけど…」

 ああ、着替えか。電車に乗って帰るだけだしな。まだあったかいから問題はないだろ。

「うん。これ借りて行くね」

 学生服を紙袋に入れて、立ち上がる俺。

 春日さんも立ち上がり、俺と一緒に玄関まで来た。見送りなんていいのに。

 着替えを貸してくれたり、ご飯を食べさせてくれたりしたお礼を言おうと、一旦玄関先で立ち止まった。

 しかし、春日さんは俺をグイグイ押して外に押しやった。

 早く出て行け、って事だろうか?そうだとしたら悲しい。

 だが、春日さんも外に出ていた。そしてガチャン、と施錠。

「え?どうして?」

「……私も行くから」

「ど、どこに?」

「……隆君の家」

 そうかそうか。だったら納得だ、外に出たのは。成程なぁ、俺んちになあ…

 って…

「ええええええええええ!?」

 仰け反って叫ぶ俺。春日さんが困った顔を拵える。

「……近所迷惑だから、大きな声は…」

 ああ、ごめんごめん。迷惑だったな。

 じゃねえよ!!いや、大声を出した俺も悪いけど!!要因作った本人に言われたくないだろ!!

「な、なんで俺ん家に来る事になる?」

 頑張って動揺を押さえながら、ゆっくりした口調で聞いてみた。

「……私も話聞きたいから」

 ……うん、まあ、当事者だしな。それは納得するが…

「明日じゃ駄目?」

「……鮮度が落ちそうだから駄目」

 何だよ鮮度って!?刺身か何かか!?

「だ、だけどだな、今から俺ん家に行ってもヒロがいつ来るのか解らないし、確実に終電は終わるぞ?」

「……大丈夫。パジャマ用意したから」

 泊まる気満々じゃねーか。いや、嬉しいし、できれば泊まっていって欲しいけども!!

「いや、あのな?高校生はな?そんな事しちゃいけないと思うぞ?ご近所の目もあるしな?」

「……美咲ちゃんは泊まったらしいよね?」

 ……俺、喋っていないよな?どこからそんな情報をゲットしたんだ?それを言われちゃ、返す言葉が見付からないんだが…

「……大丈夫。変な事しないから」

「いや、それはこっちの台詞でしょ?なんで俺が受けになっているの!?」

「……じゃあ攻めてもいいよ?私大丈夫だから。隆君には何されたって構わない…」

 ポッと赤くなり視線を逸らす。何を期待してんだよ!!駄目だ駄目だ!!そう言うのはちゃんとお付き合いしてから…

「……早く行かないと、電車乗り遅れちゃうよ?」

「おお、そうだったそうだった。じゃあ春日さん、また明日学校で」

 背を向けて駆け出そうとするが、スエットが掴まれて脱出は叶わなかった。

 なんだこの状況!?どんな罰ゲームだ!!俺の前世はいったいどんな悪行をしたんだ!!

「……このまま掴んでいてもいい?」

「……おう…」

 俺には否と言う選択は無いようだ。まあ…尻に敷かれていた方が平和だと言うからな…そんな問題じゃないけども…

 俺は春日さんにスエットを掴まれながらバスに乗り、電車に乗り、家に帰った。

 途中乗客やら、通りすがりの赤の他人やらの好奇な視線が痛かったが、まあ、なんとか無事に辿り着いた。

 当然ながら家は既に全ての明かりが消えている。俺はこっそりと、静かにドアを開けて、自室に春日さんを促す。

 春日さんは感心する程足音も立てずに階段を上り、これまた音も立てずに部屋のドアを開けた。

「……すげえな、マジで…」

「……今まで目立たないように頑張って来たから…」

 いや、それにしたってすげえだろ。現代の忍者か?

 部屋の明かりを点けて取り敢えず腰を降ろす。春日さんはベッドにちょこんと座った。

「途中で買ってきたお茶だけど」

 差し出すとコックリ頷き、それを受け取った。

「……私も一緒に居たから」

 そりゃそうだ。つか、このお茶、春日さんが選んだんだった。。

 俺もペットボトルのキャップを開けて一口飲む。

「取り敢えず泊めるけどさ、今回だけだからな?」

「……大丈夫。御父様にはいつでも来なさいって言われたから」

 ギョッとして詰め寄った俺の目の前に翳されたスマホ。メールの画面だ。

 通信には今晩泊まってもいいか?との確認。

 んで、返信内容は、いいよいいよ。いつでも来なさい。なんなら娘になるかね?

 ……

「親父えええええええ!!!」

「……隆君、近所迷惑。めっ」

 怒られた。俺の近所の事なのに。

 つか、なんでこんなに簡単なんだウチの親は!!

「……前に聞いたんだけど、隆君、中学の時から、大沢君しか友達いなかったって。遊びに来たり泊まりに来たりする友達は大沢君だけだったって」

 いや、だからと言って女子を泊めちゃマズイだろ!!間違いが起こったらどうすんだ!!

つか、こんな事なら、楠木さんを泊めるって言えば良かった!!あんなに苦労したのに、台無し感がハンパ無い!!

「だ、だがまあ、解った。今回だけだぞ?」

「……努力する」

 なんで素直に頷かないんだ!!

「ご、ごめん。ちょっと疲れたから、横になっていいか?」

 疲労がパネエ。どんなに練習しても、確かに疲れるけど、こんなにくたくたになった事は無い。

「……いいけど、大沢君どうするの?」

「いや、もう寝るって事じゃ無いから…」

「……じゃあ一緒に?」

「なんでそうなるんだ!!ただ横になりたいだけだよ!!」

 もう構わずにその場で寝転んだ。油断したら寝ちゃいそうだから、気は張っているが。

 其の儘暫く。

 案の定ウトウトしてしまったが、メールの着信音によって覚醒し、飛び起きた。

開くと、ヒロからだった。

「……大沢君?」

「うん。今から来るって」

 時計を見ると、0時にあとちょっと。張り込み頑張ったなあ。

 買っておいた飲み物とサンドイッチを用意して、ヒロの到着を待つ。

 かちゃりと、微かにドアが開く音。ヒロだ。なるべく足音を立てずに階段を昇って来ている。

 キイ~…と、物凄い慎重に俺の部屋のドアを開けた。

「おうヒロ。ご苦労」

 労いの言葉を掛け、起きている事をアピった。

「起きていたら何で電気点けねえんだよ」

 それでも小声で返し、入ってきた。

 春日さんが軽く会釈する。

 ヒロはアホの子のように口を開けて呆けた。まあ、気持ちは解るが。

 そして俺の肩をがっ、と抱き、春日さんに背を向けて小声で訊ねて来た。

「ど、どういう事だ?」

「ああ…実は…」

 カクカクシカジカと。ヒロは更にポカンとした顔に。

「……春日ちゃんなかなかやるな…お前木村とやったのかよ」

「まあな。だけどそっちの方は問題ない。木村も事後処理をしてくれたし」

 黒木さんに言伝して春日さんを呼んでくれた事は大きい。これ以上騒ぎは大きくしないし、俺との関係も今まで通りと言ってくれたようなもんだからな。

「そっか。まあ良かったか」

 此処で俺を解放してテーブルに向かう形で座った。

「こんばんわ春日ちゃん」

「……こんばんわ大沢君。これ…」

 買っておいたサンドイッチとコーヒーを渡す。

「おい隆。お前は俺に用事ばっか頼んで何も労ってくれないってのに、春日ちゃんはお夜食を用意してくれたぞ!!少しは見習え!!」

「俺が金出したんだが…」

 まあいいや。機嫌よさ気だし。

 早速サンドイッチを頬張るヒロの対面に座る。春日さんは相変わらず俺のベッドを陣取っている。

「……で、朋美はやっぱ帰ったのか?組の奴等の車で」

「ん?ああ」

 スマホを俺の前に滑らせる。画像データが既に出ていた。

 見ると、黒いベンツに乗り込む朋美の姿。それと病室から出て来る朋美。前と後ろにはやはり組の者。

「動画もあるぞ」

 得意げなヒロ。有り難く見せて貰う。

「……乗り込む様子がバッチだな」

「ああ。つっても、それ以外は全く動きが無かった。暇で暇でしょうがなかったぜ」

「よく耐えてくれたな…」

 素直に礼をしようと頭を下げようとしたその時。

「DS持って行って良かったぜ!!やってないゲームがかなり進んだ!!」

 俺は頭を下げるのをやめた。

 慎重に事を運ぶって言ったのに、ゲームをやっているとは、どういうことだろうか?

 だがまあ、これで裏が取れた。後は噂の出どころか。

「なあヒロ、朋美はあの面会謝絶の病室で何をやっていた?」

「んー…ずっと寝ていたかな?

 かな?とは恐らくDSやっていたから、ずっと監視してなかったって事だろう。それでもずっと寝ていたと言ったのは、ちょくちょく見る度に寝ていたからだろう。

「と、なると、夜に噂を流しているのか…」

「まあ、昼間は何もしてねえからな。昼寝て夜行動しているんだろう。だけど、そうなると尻尾掴むのは難しいな」

 難しいなんてもんじゃない、不可能だろ。

 朋美は自分家でパソとかスマホとかで噂を流しているんだ。決定的な証拠を掴むためには、朋美の部屋にあるであろうパソを調べるしかない。そして、それは想像をする以前に不可能だと解るだろう。

 だが、もうちょっとなんだ。あとちょっと。

 そのちょっとが果てしなく遠い…

 俺達が考え込んでいる時に春日さんが発言する。

「……病院で寝ている時にスマホから証拠探せない?」

 ヒロがちょっと考えてから首を横に振る。

「あの部屋は基本的に面会謝絶で、誰かしらが世話をする為に張り付いている。その状況でスマホを盗み見るとか無理だな」

 俺が面会できたのは、たまたま世話役が席を外していたからだ。結構幸運だったのかもしれない。

 そもそも、槙原さんの話では、病院にスマホを没収されているらしいから、病室には無い。

「……じゃあ誰かがその世話する人を誘き出して、その隙に…」

「良い手だが、どうやって病室から呼び出す?組からの連絡なら携帯があるし、そもそも世話役は日替わりだ。特定も出来そうもない」

 槙原さん情報を知らない様で、病室からスマホを覗き見る案に固執しているな…

「ん?ちょっと待て。話役が日替わりって、どうやって知った?」

「張っている最中に連絡が来たらしく、病室から出てスマホで話していたんだよ。その時の会話で出て来たんだ。『誰か若いモンを一人固定させてくれりゃ楽なのに』とか」

 成程。世話役はチンピラ以上か。朋美の要望か親が仕組んだか。なかなか用心深い。

 サンドイッチを食べ終えたヒロ。コーヒーを勢い良く飲み干して一息付く。

「まあ、今日の今日じゃ、いい対応案も思い付かないだろ。暫く注視しながら様子見しかないな」

「つっても噂は広まっているんだぞ?此の儘放置はできないだろ?」

 西高の馬鹿共も春日さんのバイト先に来て迷惑掛けやがったし、電車に乗っていた時も海浜の奴等がふざけた事をやりやがったし。

「そこはまあ…うん…………………………………………………………………」

「黙るなよ!!何の考えも浮かばないのかよ!!」

 ガクッとコケて突っ込んだ。

「いや、どうすりゃいいのか、俺も皆目見当がつかねえし…」

 そりゃ俺もそうだけど!!もうちょっと考えてくれてもいいだろ!!

「……今は私と隆君、美咲ちゃんが被害に遭っているけど、今後どうなるか解らないよ?」

 ヒロを見ながら言う春日さん。

 当然ヒロも押し黙る。自分や波崎さんがターゲットになる事だって有り得るからだ。最悪自分だけならどうでもいいが、大事な大事な初めての彼女が、おかしな噂で振り回されるのは本気で嫌だろう。

「つか、波崎さんって、噂になって困る事なんか無いだろ?」

「解んねえよ。俺にも話していないことがあるかも知れないだろ?」

 微妙な顔でそう反論した。

 自分が知らないトンデモ話が出て来たら、ヒロも穏やかじゃいられない。きっと後先考えずに朋美の所に押し掛けるだろう。

 そうなったら最悪の最後しか思い浮かばない。

 朋美は病人だから、世間の目もヒロが悪くなってしまう。勿論、朋美も無実な悲劇のヒロインを演じるだろうし。

 しかし、かといって良い手が全く浮かばない。

 取り敢えず、と、ヒロが立ち上がった。

「噂の出どころのサイトを探してみるか。後はそれからだ」

「まあ…出所見つけてどうすんだって話だが…何もしないよりはマシか…つか、帰るのか?」

「もうこんな時間だしな。流石に明日は学校に行かなきゃならねえだろうし」

 二日連続の休みはやっぱマズイか。俺は頷いて同意する。

「んじゃまた明日の朝な」

「もういいんじゃねーかな?いちいち朝練に付き合わなくてもさ」

「まあ、一応な。寝坊して俺が来なかったら、始めちゃっていいから」

 そう言って帰って行くヒロ。

 俺と春日さんはそれを見送る。

 そして互いに顔を見合わせて…

「…もう寝るか」

 コックリと頷き肯定。

 俺達は静かに部屋に戻った。

「さてと、夜も遅いし、もう寝る訳だが」

「……」

「春日さんベッドで寝てもいいよ。俺は床に寝るから」

「……身体痛くなっちゃうよ?二日続けて床で寝るなんて」

「…いや、まあまあ、その二日続けては俺としても不本意なんだが、ほら、春日さんは女子だからベッドは必要でしょ?」

「……一緒に寝るって手もあるんだよ?」

「いやいやいやいや。俺達高校生だから、間違いがあれば大変ですよ。親もいるしね」

「……声出さないように頑張る」

「じゃねーよ。しねえっつってんだよ。そう言う事はちゃんとしてから!!」

「……じゃあちゃんとして?」

「そ、それは秋までは、なあ?」

「……またそれ?」

「またとは何だ!!一回それで納得しただろ!!」

 ……春日さんをどうにか説き伏せて別々に眠る事になったのは、それから一時間後の事だった…

 どのくらい時間が経ったのだろう。

 なかなか寝付けなかったが、無理やり寝たのは朧気に覚えている。

 就寝時間が何時だったか、それが解らない、解らないが、ともあれ俺は目を覚ましてしまった。

 まだ月明かりがあるから深夜だのはは解る。

 春日さんが、その月明かりをカーテンの隙間からぼんやり眺めていた。

「……起きたの?ごめん、うるさかった?」

 春日さんがアヒル座りで俺に話し掛けてきた。

「いや…つか、春日さんこそ、なんで起きているの?」

「……寝ようとした時、ちょっとカーテン越しに外を見たの」

「うん」

「……電柱の陰に須藤さんが隠れていて、こっちを見ていた」


 どっくん!!


 ぼやけていた頭に一気に血が昇った。

 俺の様子を気にする事も無く、春日さんが続ける。

「……もう三時過ぎたけど、さっきまで居たの」

「…見られたか?」

 ぶんぶん頭を振って否定。

「……多分大丈夫。でも、実際に見るとホント怖いね…」

「ああ…なんで俺にそこまで固執するのか解らんが、マジ病気だ。入院してくれてありがとうと言いたいくらいだ」

「……そうじゃなくて。そっちも怖いけど、容姿そのものって言うか…幽霊かと思ったよ」

 私はたまに幽霊に間違われるけど。と、自嘲気味に付け加える。

「俺も見たときは怖かったな。やせ細って隈までできてさ、まるで別人…」

「……漸く本性を現したかな…」

 俺の言葉を遮って春日さんが呟いた。

 本性…本性が身に現れた?いくらなんでもそんな?

「……病気で弱って繕えなくなったからかな?どんどん怖くなっていくと思うよ?」

 言っている意味が解らない…オカルトの類なんだろうか?

「……夜外泊してからずっと見張っていたのか、解る?」

 俺は頭を横に振る。外泊していたのを気付いたのが昨日の事だ。果たしていつから外泊しているのか見当も付かない。強いて言うなら、海に行った時に土産渡した後だろう。少なくともその前までは噂は立っていなかった。

「……昨日来ていなきゃいいけど…」

 楠木さんか…

「解らないけど…今日は遅刻したとは言え、登校して来たしな…」

「……午前中ここに匿っていたからね」

 ……面白く無いんだな。うん。

 外の様子を覗く。

「電柱の陰、だったっけ?」

 コックリ頷き肯定。

 注意深く、注意深く…

「…影も見当たらないな…帰ったか?」

 無言で俺を退かしてカーテンの陰に隠れる春日さん。そして外を見た。

「……いないね。念の為に、見れる所は全部見たけど、少なくとも部屋から見れる所にはいないよ」

「意外と用心深いんだな?」

 もうちょっとルーズかと思った。 クラスの中じゃ癒しキャラだし。俺的にはヤンデレだけど。

「……お店から後を付けてくる人もいるから。眼鏡取ったら頻度が上がったし」

 おい、誰だそいつは?一偏ぶち砕いて後悔させなきゃ。

 つーか、眼鏡掛けていた時もあったにはあったのか。

「一応外に出て見て来るか」

 立ち上がろうとした俺を止める春日さん。

「……もし居たとして、遠くに居た場合取り逃がしちゃうよ?どうせ捕まえるんなら確実に捕まえた方が良いよ」

 成程、それもそうだな。

 納得して座り直す。チョコンと横に春日さんも座った。密着して。

「…今何時だ?」

「……えっと…4時になりそうな感じ」

 朝練は6時だから2時間は眠れるか。

「んじゃもう一眠りするか…」

「……うん。あ、ベッド使って?私、もうちょっと起きているから」

 え?こんな時間に?なにするつもり?

「……ちょっと調べもの…明かりは点けないから安心して」

 あー良かった。また拘束からの刺殺とか考えちゃったよ。

 だけどこんな時間から調べものとか、春日さんは熱心だな。今日の授業でなんかあったっけか?

 まあいいや。昨日も座布団で寝たからベッドは有り難い。

 俺は俺のベッドなのにも拘らず、ベッドを提供して貰った事に感謝して目を閉じた。

 ユサユサと身体を揺すられる。

 こんな感じは久し振りだ。朝起こされるのは中学までだったし。

「……隆君、アラーム鳴っているよ?」

 俺は伸びながら上体を起こす。

「おはよう春日さん」

「……おはよう。走りに行くんでしょう?」

 頷く俺。

「……着替えは?」

「いや、そこまで面倒見なくていいから…」

「……そう」

 そう言って一旦部屋から出る春日さん。俺に着替えの時間を与えたんだな。

 その好意に報いる為に、速攻着替えた。

「もういいよ」

 音も無くドアが開き、春日さんが笑顔で言った。

「……いってらっしゃい」

 門から出て柔軟をしている最中、ヒロがランニングしながらやって来た。

「オス、隆…って、なんでニヤけてんだ?」

 指摘されて慌てて真顔を作った。

 行ってらっしゃいがかなり嬉しかったんだなあ。

「いや、何でもねーよ。んじゃ走ろうか」

「おう。須藤ん家に行くか?」

 ちょっと考えて首を横に振った。

「やめとくわ。恐らく寝ているだろうから」

「解んねぇだろ、そんな事は?」

 いや、解る。だってあいつ、昨日真夜中に俺ん家に来たんだし。早朝は眠いだろ。

「理由は走りながら話すよ」

 そう言って駆け出す。ヒロは不思議そうに首を捻りながらも、俺の後を追ってきた。

「…成程なぁ…お前ん家に夜中になあ…」

 余程薄気味が悪かったのか、ヒロの顔色は緑色になっていた。振るえる身体を自身で抱き締めながら。

「噂が明るみになったのっていつ頃だ?」

 話題を変える為に、昨日議論になった事のおさらい的な話をしよう。

「う~ん…俺等の耳に入って来たのが二学期が始まった頃だろ?広めたのは多分その前だろうな」

 俺と同じ見解だ。

「んじゃさ、朋美の外泊はいつ頃だと思う?」

「多分お前が土産渡しに行ったついでに絶縁叩きつけた後だろうな」

 ついでって…メインが絶縁なんだが…

 だがまあ、これも俺と同じ見解か。

 ふと思い立って聞いてみた。

「お前さ、朋美がハマっていたSNS知ってる?」

「さぁ…あいつ、SNS自体やっていたっけか?」

 俺も覚えが無い。つか、俺は中学当時SNSなんてやっている余裕が無かったからな。

「あ」

 思い出したようにヒロが言い出す。

「そうだ、里中。里中なら知っているんじゃねえか?」

 里中さんか…昨日ちょっと春日さんとの話題に出たな。春日さんは信用し切っていないようだった。

 仮に、里中さんが春日さんの予想通りだったとして、そんな人からの情報提供を信じる事が出来るのだろうか?

 春日さんが言っていただけだから、黒も白もないんだが。

「そうだな…学校で聞いてみるよ」

 なんにせよ、聞かなきゃ始まらない。

 そして聞くのは俺の役目だ。仮に朋美と繋がっていたとしても牽制になる。

 ちょっと考えていたヒロが口を開いた。

「いや、俺が聞くわ。一応知らねえ仲じゃないからな」

 そういや、過去に偽恋人やっていた事があったな。朋美み頼まれたとか何とかで。

 俺より親しいだろうし、適任ちゃ適任か。

「んじゃ頼む。だけど、余計な事は聞くなよ?」

 もしも繋がっていた場合を考えての事だ。

「…もしかして里中を疑っているのか?」

「そんなんじゃねーけど、念には念だ」

 流石にちょびーっとだけ疑っているとは言えなかった。ヒロの友達でもあるし。

「そういや里中さんって、年上の彼氏がいるんだったっけ?」

「みたいだな。全く興味ねえから聞いた事もないけど」

 こいつ、本気で興味無い事は無関心だからな。

 本当に里中さんと友達なんだろうか?

 そんなヒロが聞いて素直に答えてくれるのか?

 つか、堂々巡りだな、さっきから。

 迷いはあるが、聞いてから判断すればいい。それだけだ。

「んじゃ頼む」

「おう」

 里中さんの事はヒロに任せよう。つか、槙原さんも親しかったな、確か。実はもう既に聞いていたりして。

 そんな事を考えながらトレーニングを続ける。

 木村との喧嘩が原因で身体が痛むが、仕方が無い。

 我慢しながら続け、そして家に戻った。

「……おかえりなさい」

 玄関を開けたら春日さんが正座で出迎えて来た。

 なんだこれは!?新手のドッキリか!?

 俺は動揺しながらも、タダイマ、と言えた。カタコトになったのは仕方が無いだろう。

「え?玄関先で何してんの?」

 キョトンとして首を傾げて。

「……お出迎え」

 そうだろうな。それしか考えられないよ。俺が聞きたいのは、親父やお袋は何も言わなかったか、って事だ。

 余所様のお嬢さんに、『こんな姿』で息子を出迎えさせるなんて、頭おかしいだろ?

 俺は家に上がって親を捜す。

「……ご両親はもう出たよ?」

「マジで!?なんで!?」

「……二人共今日は早く出社しなきゃいけないんだって」

 そうか、成程な。だから春日さんが自由に振る舞えるのか。

 まあいいや。取り敢えず。

「裸エプロンはやめて貰おうか。早く服を着るんだ!!」

 そう。単なるお出迎えなら俺も動揺はしない。

 こんなのエロ動画でしか見た事ねーよ!!朝っぱらから思春期には毒だ!!

「……裸じゃ無いよ?下着は着けているから」

「良いから服を着ろ。じゃないと出入り禁止にするぞ」

 春日さんは不満ながらも渋々と二階に向かう。恐らく着替える為に。

 出入り禁止が堪えたのだろう。この手はいいかもしれない。あの三人限定だが

「……おまたせ」

 制服に着替えて降りてきた春日さんに安堵して、朝飯に誘う。

 今日のメニューは焼き魚と根菜の煮物。あと味噌汁は油揚げ。純和風だ。

 いただきますと手を合わせ、早速頂く。

「……おいしい…」

 煮物に感動する春日さん。一人暮らしゆえに根菜の煮物なんて、食べる機会が少ないのだろう。

 しかし煮物は俺にとっては鬼門である。

 弁当に入れられたら煮汁で他のおかずがひたひたになっちまうからだ。今は面倒臭がって弁当は作ってくれないが。

「……お弁当に入れて貰えてよかった…」

 そうかそうか。そんなに感動したか。

 お袋の煮物にそんな高評価を貰えて俺も嬉しいよ。

 ……今…『お弁当に入れて貰えて』って言わなかった?

「……どうしたの?

 箸が止まっていた事に気付いた春日さん。疑問を呈する。

「い、いやあ…何か弁当がどうとか言っていたような気がしてね」

 すると春日さん、徐に引っ込んで台所に行ったかと思ったら、引き返してきた時に手に弁当箱を二つ持って…

「……これの事?」

 とか言われました!!

 一つは俺が一学期の時に使っていた弁当箱。もう一つは小っちゃい子供用にも思える弁当箱。これはお袋が以前使っていたヤツだ…

「そ、それは?」

「……だから、お弁当…私の分も作って貰ったの。有り難いなあ…」

 シミジミ何かを噛みしめている所申し訳ないが、それ煮物入っているんだよね?他のおかずにダメージがあるぞ!!

 俺は注意を促そうと身を乗り出したが、春日さんの本当に嬉しそうな顔を見て言うのをやめた。

 何か無粋なような気がして。

 さて、腹も膨れたし、出るか。

 一応警戒し、俺が先に出て外を見てから春日さんを呼ぶと言う段取りの元、外に出た。

「おはよう緒方君」

 外には当たり前のように国枝君が待っていた。

「おはよう国枝君。ところで他に誰かいるか?」

 国枝君は辺りを見回し、いいや、と。

 安心して春日さんを呼ぶ。玄関から出て来た春日さんを見て、国枝君は仰天した。

「え?お、おはよう春日さん?え?え?」

 無言でコックリ頷いて応える春日さん。

 俺は固まっている国枝君の腕を引っ張って、歩きながらこの経緯を簡単に説明した。

「……須藤さんが…そして木村君と…それはそれは…なんと言うか…大変だったね…」

 もっと言いたい事があるのだろうが、一番しっくりくる言葉で纏めた。

 国枝君も混乱しているのだろう。ちゃんと頭を整理できるのはもうちょっと先の事だろう。

「それで…春日さんのファインプレイで、須藤さんのストーカーが解ったんだね?」

 徐々に理解し始めたのか、より詳しく聞きたくなったようだ。

 春日さんはコックリ頷いて。

「……たまたまだったけど、役に立てて良かった」

「いや、緒方君を止めたのも正解だよ。どうせならちゃんと捕らえて警察に突き出した方がいいからね」

 成程警察か。失念していたぜ。

「……今思えば、動画とか撮っていれば良かったなあ…」

「それは仕方ないよ。ビックリしたんだろうし。しかし、よく須藤さんに気付かれなかったよね」

「……私影薄いから…」

 自虐だが、それが功を奏したとも言える。

 短所が長所になったり、逆もまた然り。

 人間長所も短所もあった方がいいのだ。

 尤も、俺はそれが春日さんの短所だと思っていないが。

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