第6話 女官長の決意

「陛下が女性を妃の間に入れた」

 そんな知らせを受けた時は、何の冗談かと信じなかった。冗談にしても、あまりに嘘くさすぎてかけらも信じられない。

 ……と思ったら本当だったのだ。

 卒倒するかと思った。

「まさかあの魔王が女性に興味を示すとは」

「生贄か。どこから連れてきたんだ、かわいそうに」

「恐くて泣いているだろう」

 そう囁かれていたのだが、なんとその女性はケロッとしていた。

 しかも異世界から来た女性だったのだ。

 人の結婚式で大騒ぎを起こした三令嬢の問題を上手く収めたという、今話題の人だ。

 会ってみると、正直なところを言わせてもらえば、見かけは普通の人だった。

 器量は十人並み。もっと美人ならいくらでもいるだろうに。しかし陛下があまり見かけを重視していないには知っているので黙っていた。

 明るい女性で、何事も前向き。無理やり召喚されたというのに人助けしてしまう優しい性格。真面目で、異世界の人だからか発想が突飛だ。だから陛下が気に言いたのだろう。

 そして何より魔王を恐れず意見が言える。

 これがとんでもなくすごいことだと分かっているのだろうか。恐ろしくて、姿を見ただけで男でも逃げ出す魔王とざっくばらんに話せるのは、世界広しと言えど私の兄と両親くらいのもの。

 私は陛下にとって妹のような存在だが、それでも恐い。他の人より耐えられはするが、やっぱり恐い。

 ところがエリー様は恐怖を微塵も感じていないらしい。

 なんてすばらしい方!

「さすが陛下が選んだ方だ」

「あの魔王相手に平然としていられるとは、信じられん」

「エリー様以外にお妃は考えられない」

 臣下の気持ちが一つになった瞬間である。

 そんなエリー様にお仕えできて私は幸せだ。

 エリー様は気さくな方で、偉ぶらず、人に分け隔てなく接する。皆の人気は高まる一方だ。

 だが、陛下はエリー様を着秋にするつもりだと本人に伝えていない。厳重に口止めされた。

 理由は想像がつく。エリー様は異世界の人で、いずれ帰る予定。言っても断られるのがオチだ。そこで先に既成事実を作り、帰れなくしてしまおうという腹だろう。

 陛下は戦争を終わらせただけあって、時に強硬手段をとることがあるというか、強引だ。

 とはいえ私達もエリー様には帰ってほしくない。せっかく現れた、魔王の妃なんて貴重な人を失ったら大変だ。

 陛下もエリー様がとてもお好きな様子。エリー様にだけは優しい。

 これは皆で力を合わせ、何としてでもエリ-様を引き留めねば。

 まず女官長として全侍女を集めた。

「皆さんに重要な連絡があります。陛下が妃の間に女性を入れたのは皆知っていますね? すでに情報は流れていると思いますが、エリー様は異世界から我が国にやってきた大切なお客様です。例の令嬢たちの騒動を収めた手腕は聞いての通りです」

 皆うんうんとうなずいた。

「陛下はエリー様をお妃にし、元の世界へは帰さないご意向です。ですがこのことはエリー様本人には知らされていません」

 ざわめきが起きた。

「女官長、お妃様ご本人はご存じないのですか?」

「ええ、エリー様はいずれ帰るおつもりの様子。ですから断られるに決まっていると、まぁだまし討ちになりますが、先に結婚してしまえと陛下は思ってらっしゃいます。よって、エリー様をお妃とは婚儀が終わるまで呼ばないこと。エリー様に結婚のことはばれないようにすること。必ずこの点を守るように」

 皆とまどいながらも承知した。

 一人が挙手する。

「あの、そこまでしてお妃にしたいということは、陛下はエリー様をお好きなのですか?」

「ええ。深く愛してらっしゃいます」

 さっきの何倍ものどよめきが起きる。

 気持ちは分からないでもない。

 私だって、この目で見なければ信じられなかった。まさか魔王に恋愛感情があったとは。

「え、陛下ですよ? 本当ですか?」

「私も信じられませんが。まず、黒い服ばかり着るのをやめるようエリー様が提案すると、陛下は承諾しておられました」

「えええ?!」

 驚天動地の辞退らしい。分かる。

「あ、あの黒しかお召しにならない陛下が?」

「ええ。実際ルイ様に注文されて。エリー様にお着換えを手伝ってもらったようで、紫をお召しになっておられました」

 私は逃げ出していたので、着替えの手伝い云々は推測である。

「まあ……! 人の手を借りない陛下が着替えを手伝わせるほど、お二人は親密なのですね」

「女性が好む店など分からないからと、私にどこへ案内すればいいかきくほどに。人気のスイーツ店を挙げたら、権力を行使してでも席を確保するよう命じられました」

「陛下がスイーツ店?!」

 皆、顔を見合わせている。何人か卒倒しそうだ。

「ええ。行かれましたとも。エリー様はお喜びで、陛下も満足なご様子。しかもエリー様にフォークでケーキを食べさせてもらうという、幻覚かと思う出来事まで起きました」

「へ、陛下がそんな恋人らしいことを!?」

「エリー様が『はい、あーん』とおっしゃって。陛下はとても嬉しそうに召し上がっておられました。絶対これは見間違いだと、私も護衛も頬をアザができるまでつねりあったのですが、現実でした」

 頬をさする。まだ痛い。

「また、女性が好きそうなものを贈りたいとおっしゃるので『親指姫』のアロマを勧めたところ、恋人に贈られる用のを選んでおられました。あの陛下がハート型やピンクを選んだのですよ」

 皆絶句している。

「エリー様に靴擦れが起きているのに気付いたのも陛下です。歩かなくて済むよう、抱きかかえてらして」

「だ、抱きかか……?!」

 何人も驚きのあまり挙動不審になっている。無理もない。

「エリー様が恥じらって降りようとなさった時など、露骨に不機嫌な顔をなさってました。不機嫌なのはいつものことですが。あれは明らかに嫌がっておいででしたね」

「そ、そうですか……」

「エリー様にはすでにお妃教育も始まっています。これもご本人はそうとは知りません」

 とても熱心に学ばれていて、これなら問題ないだろう。

「エリー様は兵かを根はやさしい人だとおっしゃいました。皆に知ってもらいたいとも。実際お二人を見ていると自然にイチャイチャなさってます。エリー様にご自覚はまったくないようですが。端から見るとそうです」

「え、エリー様は陛下をお好きではないのですか? ……分かりますが」

「ええ、分かります。分かりますとも。あの陛下相手です。エリー様はまだそこまでの感情を陛下に抱いているわけではありません。なにしろ来たばかりの方ですから。陛下も分かってらして、たばかってでも結婚してしまおうというわけです」

「な、なるほど……」

「よって、私達にできることは、エリー様に陛下を好きになって頂くこと。何としてでもエリー様がこの国にとどまってくださるようにすることです!」

 グッとこぶしを握り締めた。

 エリー様が来て以来、陛下の機嫌はすこぶるいい。少しは恐怖も緩和された。

 侍女全員が必死でうなずく。

「エリー様がいてくだされば、陛下がご機嫌なら……!」

「ほ、ほんの少しでも恐さが減るなら……!」

「ああ、エリー様と一緒の陛下は恐くありませんよ。いえ、見た目は恐いですが。エリー様をお好きなことがひしひしと伝わってきて、ただの恋する不器用な男に見えてきます」

「に、女官長、大丈夫ですか?!」

 目は正常かと心配された。

「心配いりません。私の目も頭も正常です。単に不器用初心者カップルがいちゃついているだけにも見えますし、恐くなくなってきました。エリー様にお願いし、今後はあなたたちも少しずつ近くで仕事に就いてもらいます」

 まだ恐怖でためらいがあるのだろう、何人もうろたえている。

「大丈夫です。私が保証します。それに結婚された後エリー様はお妃様。いつまでも侍女が私一人というわけにはいきません」

 仕事は山積みだ。とても一人では対処しきれない。

「とにかく、私達はプロの侍女。陛下にお仕えしつつ、エリー様が陛下を愛して下さるよう頑張りましょう!」

「はい!」

 侍女全員が賛同した。

 まさかこんな決起集会がされているとは夢にも思わないエリーだった。

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