第1章-last 笑顔の約束


サヨナラの時間(とき)が来た



一緒に帰ると辛いから…と

私が一足先にバスに乗ることにした



朝から降っていた雪は吹雪くこともなく、深々と降り積もってた



バスのステップに立つ私をカズは何も言わず見つめてる


私も同じ…

言葉は見つからなかった


ただ、カズの顔をしっかりと目に…心に焼き付けたくて




私は泣かないよ


今、泣くとカズは私を抱き締めてしまうだろうから…。



カズは強がってるけど、ほんとは、そんなに強くないこと、

私は、知ってる



今日は私が強くなって、カズを守るの



だから……泣かない





サヨナラは笑顔でするの




「カズ……ありがとう。本当にありがとう」




「ノン……笑ってろよ」




「うんっ」




「すっっげぇ、好きだったよ」




「カズ、今、それ言うの、反則だよー」




カズは今まで1度も好きと言ってくれなかった。

抱き合った時も…。



最後にやっと、言ってくれた





何度も何度も拳をぐっと握ぎりしめて涙が溢れないように我慢した




優しく微笑んで、差し出された手



固く握っていた拳をゆっくり開き、震える手で指先に触れると強く握り返してくれた





出発のブザーが鳴った



なかなか離せなかった手を少しずつ離すと、カズの温もりが冷たい空気に消されてしまった



閉まりかけたドアに遮られないように私は早口で叫んだ




「カズ!幸せでいてね‼」

笑顔で大きく手を振ると


カズはフッと鼻で笑った


(アイツ……)




動き出したバスの一番後ろの席に座って、声を殺して泣いた



涙がなくなっちゃうじゃないかって思うぐらい



さよなら……

カズ


心から…愛してた






ノンは泣かなかった


最後まで俺の大好きな笑顔のノンだった



ノン……俺な、ロス行きが決まって、待っててほしいって言おうか迷ったんだ



でもな、泣き虫のお前はきっと俺がいない間、泣いてると思う



側にいて…笑顔にしてやれない




俺、あの日ノンの父親に誓ったんだ

「ノンの笑顔は俺が守ります」って…。


そんな大事な約束を早々に破ってしまうような男に側にいる資格はないって思った


大好きなお前の幸せを思うなら、勝手に海外に行ってしまうような男を泣いて待つことはないと思った



笑ってサヨナラを言ってくれたノン



ありがとう


これほど、人を愛したのは初めてだった



そう心の中で呟きながら、ノンの乗ったバスを見えなくなるまで見送った




~~~~~~~~~~~~~~



卒業から2年



リュウは地元で年上のしっかり者の奥さんをもらったそうだ



私はしばらくカズのことが忘れられなくて、ふさぎこんでいた




でも、季節が巡り、

仕事も忙しくなり、少しずつ日常の生活に流されていった




そして

リュウが結婚して3年後

会社の先輩と結婚した


私のすべてを包み込んでくれるような人だった



カズは帰国し、異例の大出世をしたらしい

今や、業界では有名人らしい……とユイが教えてくれた



先日そんなカズの話を聞いたところだった


懐かしいあの木の映像が目に止まった



カズに会いたくなった

触れたくなった

たまらない思いでいた時……


私の手をしっかりと握る小さな手

息子の手だった

その温もりにはっと目が覚めた



今愛する人は

守るべき人は

この小さな手の息子じゃないかということ



心配そうに見上げる息子の瞳に一瞬でもカズの元へ駆け出したいと思ったことを心の中で詫びた




「ママ、もう大丈夫よ。帰ろっかぁー?」


「うん!」




カズ、


私……笑ってるよ!



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