1-2『羽村さんと自然公園』

 商店街を抜けた先に、大きな自然公園が見えてきた。

 かつては小高い丘だった場所を整備し、周辺住民の憩いの場に仕立て上げたのがこの公園だ。元が丘なだけに頂上までの道のりはちょっとしんどい。運動不足には丁度良いと評判だけど。

 この公園が出来た頃はまだ町にも人が居て、ある程度活気もあったそうだ。しかし今は見る影もなく、たまにダイエットを志す人とすれ違うことがあるくらいだ。

 しかし、そんな肉体派と違う世界に居る俺にとって、ここはただの昼寝の場にすぎない。だだっ広い割に辺りが静かで、木々もほとんど残っているので空気も美味しい。とにかく居心地が良く、ベンチで寝転がればあっという間に眠れる。

 入り口に立つと、公園の広場に続く長い坂道が見えた。心地よいそよ風が俺の頬を撫でてくる。そうか、俺のことを待っていてくれたのか、寂しい思いをさせたな。

 出迎えてくれたこの公園の気持ちに答えるかのように、俺は両手を広げた。

『何やってんだ羽村はむらぁ、行くなら早く行けよぉ』

「……」

 声をかけられたら急に恥ずかしくなってきたので、俺は足早に坂道を登ることにする。

 自然公園という名目のせいか、側道を見ると原生林がたくさん残っている一方で、子供が遊ぶための遊具はない。自然を活かしたと聞こえはいいが、単純に予算をケチっただけだろう。

 その分人が集まる所には力が入っている。長い坂を登りきったところにある広場には弁当を広げられる共有スペースが整備されている。ここも木々が残っていて、夏の快晴でも日差しをある程度防いでくれる。

 昔は屋根付きの交流スペースもあったけど、あっという間に浮浪者の寝床にされてしまったらしい。そのため屋根だけ撤去され、硬い石のベンチだけが残ってしまったそうだ。

 しかし、俺のお気に入りはそっちではなく、それらを囲むように配置された背もたれ付きの木製ベンチだ。夏や冬には使えたもんじゃないが、春先や秋頃は風通しの良いので物凄く寝心地が良い。

 いつだったか、ジョギングしていたらしい人がぐっすり寝ていたこともあったし、恐らく俺の好みはそんなにずれていないはずだ。

 五つくらい設置されているけど、記憶によれば今まで全てが占拠されていた日はなかった。そもそも家族連れは石のベンチに座って弁当を広げるので、競合する機会もない。

 今日も今日とて、広場に人の気配はなかった。今日も実質俺一人の貸し切りだ。日差しも良い具合に差し込んできて、まさに絶好の昼寝チャンス。

「よし、俺は一眠りするから。何かあったら起こして」

『ったくよぉ、野良猫どもを警戒するオイラの身にもなれよチクショー!』

 とか言いながら、コイツも寝入るのは早い方だ。

 俺は背もたれに寄りかかりながら、眠りに落ちる時を待った。ぽんすけが居なければ横になるが、寝相で転がって地べたに倒れたら大惨事になってしまうので、寝返りが打てない体勢で寝るしかなかった。

 しかし、ここに何度も昼寝をしに来ている俺を甘く見てはいけない。俺は、こうして座りながらでも深い眠りに落ちることが出来る。俺の高等な昼寝テクニックを持ってすれば、多少の問題など簡単に解決出来てしまうのだ。

 まず、眠りに落ちる時にここを公園のベンチと思ってはいけない。例えばそう、探偵事務所によく置かれているような高級な革張りの椅子に腰を落ち着けていると思えばいい。

 気分はそう、毎日立て続けに舞い込んでくる事件に疲れる名探偵。自慢の椅子に腰かけてウトウトとし始めて……。

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