第22話 心

「……アードラ……え、アードラ!?」


 浜辺から少し離れた場所で樹を切っていると、豆の木の上にいるはずの樹精霊ドライアドが現れた。

 それも、褐色美女アードラの姿で。相変わらず背が高く、スタイルがいい。


「よう、精霊術も使えない騎士様。あんまりにも遅いから、僕が自ら殺しに来てやったぜ」

「……それは、本気でか?」

「アホ、そんな訳ないだろう。せっかく舞台を整えたのに、どうして自分で台無しにせにゃならん」


 アードラは呆れたように溜め息をつく。

 なんだったんだよ前回の引きは。頂上決戦かと思うじゃん? 最強決定戦が始まるのかと思うじゃんかよ。


「じゃあ、何しに来たんだよ……。試練の親玉として、指定位置で待ってるのがお前の役割だろ」

「だから勝手に価値観を押し付けんなっつーの。僕は行きたい時に、行きたい場所へ行く。今は暇だから様子を見に来たんだよ。人間どもが、どんな滑稽な真似してるかってな」


 ニヤニヤとした笑みが鼻につく。

 存在としての格差は分かるが、舐められてるなぁホント。


「そんな理由で、よく現れたな。今この場でお前を倒せば、シャルは助けられるんじゃないのか?」

「止めておけ。精霊術を使えない、自然の力を使えないお前じゃ勝てない。ましてや、自然そのものである僕たちにはな」


 くそ、実際にここで戦闘になっても勝てる保証はない。

 それに、ちゃんとシャルの姿を確認しないままに、仕掛けるのもちょっとな……。ここで負けたら作戦も準備も全部無駄になってしまう。


「火の精霊術を使えたら、きっと樹の精霊術には負けないのに……!」


 相性的には、火の圧勝だろうからな。


 アードラは「自然そのものである僕たち」と言った。

 そう括るということは、それはきっと世界に七柱いる精霊たちのことだろう。

 その中には生まれ故郷で祭られている、火精霊イフリータも含まれる。


 俺を嫌い、俺と契約してくれなかった精霊だ。


 そんな考えを見抜いたのか、アードラは突然こんな問いを投げかけてくる。


「なぁイオリ。どうして、精霊はお前を嫌いになると思う?」

「知らねぇよ……俺が聞きたいくらいだぜ」


 そんな返しに苦笑しながら、呟くように言葉を返してくる。


「僕たち精霊はな、みんな他の精霊が嫌いんだよ、昔……大喧嘩したからな」

「大喧嘩……? 精霊同士が?」

「そうだ。僕たち姉妹全員が、互いの主張が気に入らないと争った。今でも僕は、許してない」


 ムっとした表情を浮かべていたが、それよりも気になる言葉が混ざっていた。


「え、七柱の精霊って、全員が姉妹だったのか」

「なんだ、知らなかったのか? そうか、まぁそうだろうな。お前はバカだからな……」


 いや、可哀そうな奴として見ないでくれよ……。

 多分知ってる人の方が少ないぞ。普通は精霊と、おいそれとは話せないんだから。

 今の状況が異常なんだよ、俺なんかイフリータ様の姿すら見たことないんだぜ。契約できなかったしね。


 しかし精霊は七姉妹なのか……孤児院でも、そんな伝承は聞いた事なかった。人間には伝わってないんじゃないかそれ。


「ウィルの奴があんなこと言い出さなければ……今も、仲良かったはずなんだ。輪の中心にいたアイツが、あんなことを望まなければ……」


 もはや俺へ向けた言葉ではないようだった。独り言のように、アードラは声に出す。

 ウィル、か。その名前って……。


「光の精霊とは、仲が良かったのか?」

「……ああ、ウィルはみんなに好かれてたよ。当然だ。優しくて良い奴だったからな。僕だってアイツには甘えてた。アイツの側は、温かくて心地よかったんだ……」


 その話しぶりからすると、光の精霊って今は姿を隠してるのだろうか。


 光の精霊の国って、どこにあるんだろうと昔から思ってはいたんだ。

 大陸の北には火精霊の国サラマンドラ。西には風精霊の国シルフィ。南には土精霊の国ノウム。東には、闇精霊の国デアボロス。南の果てにある絶海の孤島、樹精霊の国ユグドラシル。そしてついに実態を知ることが出来た、海上を常に移動する水精霊の国ウンディネ――


 だが大陸のどこにも、光精霊の国はない。その名前も残っていない。

 でも世界から『光』が失われたことなんてない。毎日健気に陽は登り、誰もがその恩恵を享受しているのに、光の精霊術を使う人間を見たことがない。


 この世に光はある。だから、きっと精霊様は今もどこかで生きてはいるんだろうけど。


 そういえば子供の頃、親父に一度「光精霊ウィル様は天の国から見守っている」と聞かされたな……。


「まぁ、考えてみれば当たり前かもな。樹と光は切り離せない。いや、全ての生き物には光が必要なんだ。だからアイツは、求められ見上げられることはあっても、隣に並ぶ奴がいなかった……。

 世界から望まれ続けることが、当たり前になっていた。だからアイツはその責務から逃げたくなって、きっといなくなっちまったんだ」


 涙すら浮かべそうなアードラの表情を見ると、相当酷い別れ方だったんだろうと想像がついた。

 大喧嘩って、自分でも言っていたもんな。


「その、光の精霊ウィルは、何を願ったんだ? それがきっかけで喧嘩になったんだろ?」

「どうして僕が話さないといけないんだよ。自分で思い出せバーカ」


 いきなり冷たくなったー。

 えぇ、そっちが勝手に話し始めたのに、なんで?


 最初から知らないんだから、思い出すとか不可能だろ……。


「イオリ、樹を切って愉しいか? この虐殺者め」

「ひ、人聞きが悪いな。楽しくはないよ、でも作戦には必要だから仕方ないんだ」


 豆の木の上に行く為の作戦には、絶対に必要な資材だ。


「……仕方ない、か。まぁそうだろうな。でも樹にだって心はあるんだぜ。アリにだって、もちろん精霊にだって、願いがある。ちょっと数の多い人間様だからって、好き勝手できると思うなよ。調子にのってんじゃねー」


 調子に乗ってなんかないって……。

 なんでこいつ、こんなに人間を敵視してるんだ?


「樹精霊ドライアドは、人間の好き嫌いが激しくないって噂はどうなったんだよ……」

「好き嫌いが激しくないのは本当だ。人間は等しく全員、同じくらい嫌いだからな」


 えぇ、そういうことなの……?


「ま、シャルロットは別だけど」


 頬を染めるな。眉毛のところ指でぐりぐりするぞ。


 むーん、やはりアードラは、誘拐したことをちっとも悪いなんて思っていないようだ。

 アリを操り、村を襲わせ、小屋を破壊してまで無理やりに…………ん?


「……アードラ、お前は植物を操れるんだよな?」

「ああ、もちろん。当然のことを聞くなよ。僕は樹精霊だぞ」

「じゃあなんで、お前はアリに命令できる。『世界樹の実』を餌に操ってるのか?」


「いいや、単純に願い事の代償さ――アイツらは大きくなる代わりに、心を失ったんだ。だから僕の命令にも愚直に従う。ケケ、哀れな昆虫どもだよな」


 代償で、心を失った……?


「いや、世界樹関連のものを食べてるから体が大きくなったんだろ? そう言ってたじゃないか」

「はあ? どうして僕がお前に嘘をつかないと思ってたんだよ、ちょっと自惚れ過ぎだろ……」

「嘘つくの前提なのかよ!?」

「そもそも、その理由ならお前ら人間も大きくなってるだろ。少しは頭を働かせろよな~、常識で物を考えようぜ? ケケケ」


 ぐ、こいつに常識を説かれると腹が煮えくり返る……!


 いや待て、この怒りは力になる。

 決着を付ける時に、絶対に倒すという覚悟が生まれるはずだ。

 だから今は我慢。我慢の時だ。いずれ行われる戦いの為に、この悔しさを力に変えるんだ!


「な、何を願って、アリはあんなに大きく……?」

「ふん、上から見られるのが嫌だったんだろ、きっと他の生き物を見下してやりたかったんだ。特に人間様は、何の意味もなく他の生き物を殺したりするからなぁ? だからアリどもが人間よりもずっと大きく育てるよう――『世界樹を食べると成長する』ように契約したのさ。どうだ、アリが恐くてたまらないだろ。にやにや」


 こいつ、本当に人間が嫌いなんだな……。にやにやって口で言うな!

 人間を全員一緒くたに嫌いなら、じゃあシャルに惚れんなよって感じだが……。


「じゃあな。樹を切るのはそれくらいにしておけ。じゃなきゃ、本当にぶっ殺す」

「おい! シャルは無事なんだろうな」

「お前なぁイオリ、婚約者に危害を加えるバカがどこに居るんだよ」

「いやここに居るよね。シャルの気持ちを無視して、他の奴らに嫌がらせしているじゃないか。それは精神的に危害を加えてるってことになるんじゃないのか?」

「…………。シャルロットは泣き疲れたのか、ぐっすりだよ。じゃなきゃ僕がこんな所に来るわけないだろ、ぶわああぁぁか」


 そう言って、アードラは島の中央へ歩いていってしまう。


「くっそう、マジで何しに来たんだよお前……」


 まあ、自分でも言っていたな。暇だからって。


 でも、なんでか不思議なんだよな。

 高飛車で、傲岸不遜なのに、どうしてか俺は、知れば知るほど樹精霊ドライアドを嫌いにはなれないのだ。

(アードラが美女の姿だという事もあるかもしれないが)


 願いには代償を支払わなきゃいけないっていう事情を知ってからは、特にそうだ。


 バカにされるとムカつくし、シャルに対しての嫌がらせは断固止めさせるけどな!


「……それにしても、アリにも、樹にも心はある、か……」


 なんだか作業を続ける気にはなれなくなって、俺は剣を振るのを止める。

 だけど作戦に使う分に足りるのか不安なことには違いなく、切って並べた樹の数を数えた。


「この分だけ、俺は樹を殺しちまったことになるのかな……。ごめん、でも絶対に無駄にはしないから。頼む――俺たちを生かす為に、力を貸してくれ」


 心はあっても口がないから、返事のない丸太に向かって話しかける。

 夜が明けて、朝になるまでずっと、そんな風にして謝り続けた。


 そして、陽がのぼる――


 浜辺に村の住人が全員集合する(歩けないゴゴちゃんも集まってもらった)。

 あぁいや、シャルもアードラも居ないけど、ともかく作戦を実行する準備が完了したのだ。


「さあ、みんな裸になって踊ろうぜ!!」


 率先して服を脱ぎ、俺は再び裸になった。

 こういう時は恥じらいを捨て、堂々としていないと余計に赤面してしまうものなのだ!


 決して裸を喜んではいない。どうか勘違いはしないでいただきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る