第19話 シャルロット誘拐事件簿

「グエグエ、グエるん、グエックク」

「え、通訳しろって? うん、わかった……」


 いやお前、普通に言葉を話せるだろ!?

 そのペンギン姿でもよぉ!


 ……まさかしゃべれること、村の連中には内緒なのか?


 樹精霊ドライアドは羽アリに乗った状態で、その短い両手?を勢いよく掲げた。


「顕現せよ、天空まで届くがいいー!」


 あぁこれ、ちゃんと注釈いれないとね。


「ふっはっはっはー! 恐れおののくがいい、人間どもめー」

※シャルがしゃべっています(アリに咥えられたまま)


 大きな振動と共に、だんだんと景色の中に異物が現れる。

 島の中央の地面から、真っ直ぐ大きな樹が伸び上がってきたのだ。


 最終的に、樹はちょっと雲には届かないくらいかなーぐらいまで伸びていった。

 どんだけやねん。


 何はともあれ、ちゃんとリアクションしないとでしょう。

 せーのっ、


「げえっ、こ、これが噂の世界樹の枝か!?」


 遠くに見える景色には、相も変わらず馬鹿デカい樹が見える。あれが世界樹の本体だ。

 島の下あるという、枝がにょきにょきと生えてきたのだろうか。


 グエック、とドライアドは首を振る。


「これは豆の木だそうです。枝豆がなったりするそうです」

「あぁそうなんだ……」


 どうりで茶色じゃなくて、緑色のふっとい幹だと思ったよ。


『どらいあど様、どうして……』


 ジャックが胸元に悲しげな文字が浮かび上がる。

 はっ、もしやこの状況は、じゃ、ジャックと〇の木……?


 いや、しっかりしろ俺!


「おいドライアド、何が狙いだ!?」

「お前も得意気に予測してたみたいじゃないか。これは試練だよ、イオリ」


 ニヤリと不敵に笑みを浮かべているが、実際にしゃべってるのはシャルだってこと忘れんなよ!


「アリを使ってお前たちを試してやるよ――命を懸けて、挑んで来い」

「頼んでねーよ! 一方的に卑怯だぞ! 精霊だからって、上位存在だからって調子に乗るな!」


 俺たちはお前のおもちゃじゃない。

 どうして拒否権もなく試練が始まらないといけないんだ!?


 ……いや、人生ってそういうものなのかもしれないどさ!


「仮にも試すのなら、お前も負けたら命を懸けるぐらいしてみやがれ!」

「……はぁ? なんで僕が人間なんかの為に命を懸けないといけないんだ?」

(うぅ、私も人間なんだけど、ドラちゃん……)


 小声でシャルがしくしく泣いている。

 そうだよなー、自分の口から「人間なんか~」とか言いたくないよな。


 たとえ求婚作戦が進んでいて、少しずつ精霊になっているとしてもだ。

 命を懸けるなんて……ん、なんかこんなやり取り、少し前にしたような……。


「僕は試す側、人間は試練でもがく側、イオリは失敗して命を落とす側、それが世界のルールだ。精霊術も使えないくせに調子に乗ってるのはお前だろ、ぶわああぁぁか」

「お、お前ジャックの願い事を叶えたりして、なんだ、いい所もあるんじゃんって見直してたのに!」


 ていうかシャルに「ぶわああぁぁか」とか言わせんな!

 しかも俺、失敗して死ぬの確定なの!?


「それがムカつくんだよ。どうして僕が人間ごときに親しみを感じられないといけないんだ。はっ、僕が人間に優しくなるわけないだろ?」


 やれやれと、手を広げたままペンギンが首を振る。

 なにそのジェスチャー。やたらムカつくんだけど。


「このまま、なぁなぁで過ごせると思ったか?

 世界最強の剣を持って、アリを倒していけばいいとでも思ったか?

 ははっ、それで順調に島を渡って、このまま根元まで~ってか?

 甘いんだよ。ヌルいんだよ、願い事ってのはそんな簡単に叶うものじゃないんだよ!

 だから試練を与えようと思ったのさ。この優しい僕が、直々に!!」


 ドライアドの口調を真似するシャルの表情が、どんどん死んでいく。


「アリどもには、野菜の味を教えた。世界樹の実もこの木の上に配置しておく、もう分かるだろ? 島の魅力的な食料は村にあるぞって、伝えてやったのさ」

「だ、だからアリが村を襲ってきたのか! この悪魔!!」

「悪魔じゃないです、精霊ですー。もっと言うならば小悪魔的な性格したプリチーな樹精霊です」

(ドラちゃん……私このセリフ言うのすごく、やだ……)


 い、今のお前はいっこも可愛くねぇ! プリチーでもねえ!


「いや待て、試練を与えるつもりなら、どうしてシャルをさらっていく!? 関係ないだろう!」

「……? シャルロットは僕の嫁だ。連れて行って何が悪い」


 ペンギンの表情は、こんなことも理解できないお前はバカなの? とでも言いたそうだ。

 くうぅ、ムカつく~。


「むしろ苦渋の選択だったんだぜ。ここに置いておけば、必ずシャルロットは精霊術でお前らを助けるだろうからな。嫁にする為には必要な措置だと言えるだろう。

 そしてシャルロットが本気を出せば、アリ程度じゃ障害にすらならない。この子は精霊に近づくたび、僕の本来の能力に近くなっていくんだからな」


 世界を造ったと語られる精霊の能力……。つ、つまり無敵じゃないか。

 最強を目指すとか言っている俺は、もしやシャルにすら敵わないのでは?


「ま、それじゃお前らもつまんないだろ? 試練は公平にいかないとな」

「いやいや、お前の目的はシャルに精霊術を使わせることじゃないのかよ!」


 呆れたようにこちらを見て、ペンギンは「グエック」と口にする。


「そんなの、お前らを使わなくても出来る。お前らがアリに殺された後で、ゆっくりと精霊にしていけばいい。僕らに寿命なんか関係ない。人間とは生きてる尺度が違うんだ」


 ふん、と鼻息を荒くして、決定的な言葉を口にしてしまう。


「この島は僕の島だ。人間がいれば事が上手く進むと思ったが、こんな気持ちになるならお前らなんて邪魔なだけ。シャルロットの隣にいるのは僕だ。お前なんか要らない!」

「……つまりは嫉妬かよ、見苦しいぜ!」

「はっ、二人の時間の方が大事だと思い直したんだよ」

(うぅぅ、自分で言うなんて……あ、もしかして、それが目的なのかな?)


 くっそう。なんだかお互い、子供みたいに口喧嘩しているな。

 シャルに翻訳させて申し訳ない……。


「それに最近、全然イチャイチャ出来てないから寂しいんだ! という訳で、嫁を人間の村になんか置いておけるか。シャルロットは僕の側でゆっくりとイチャイチャするに、けってーい」


 くそ、どう考えても本音はそっちじゃねぇか……!


「めんどくせぇ女だなお前は! 寂しかったから構ってくれなかったお前が悪い理論かよ、典型的な構ってちゃんに見えるぜ!」

「あー、あー、聞こえないもんねー!!」


 ペンギンは耳を塞ぐようなジェスチャーをする。子供かよ!


「騎士様よぉ、まんまと連れ去られる気分はどうだ?

 グエケケケ、シャルロットは貰っていく。悔しければ、あの木を登ってこい!!

 といっても素直に返してはやらないけどな!」


 ……ん? やっぱり何か、違和感があるな……。悔しければ……いや、違うか、そこじゃないな。

 くそ、気になる部分はあるけれど、今は考えてる暇などない。


「絶対に取り返す、速攻で木を登ってやるよオラああ!!」


 島の中央に向けて走り出そうとした時、声を掛けられた。

 ペンギンの言葉ではない、シャル本来の言葉が。


「い、イオリ、来ちゃダメ、私は大丈夫だから、村のみんなも、アリとは戦っちゃだめ、登ろうって考えちゃダメだからー!」


 叫びながら、シャルは空の彼方に消えていく。

 おそらく木の上に連れ去られてしまったんだろう。

 あ、ペンギンがあっかんべーしてる! こんちくしょう!


「くそ、どんなに鍛えていても、さすがに空は飛べない……!」

「……いや、剣を振って衝撃波を飛ばせるだけでも、十分人間じゃないけどね、イオリ」


 ロッコからの冷静なツッコミが身に染みるぜ。


 とりあえずこの悔しさを忘れない為に、俺も叫んでおくべきだろう。


「ドライアド、てめぇは古典物語によくある姫をさらう系の悪者かー!」


 この日、こうして平和な日常を壊す誘拐事件が起こったのだ。


 まったく、厄介な乙女ペンギンだ!

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