第16話 幕間:村の仕立て屋さん

 速報、ついに服を着ます。

 元気ハツラツの17歳、イオリ・ユークライアです。


 え? 本編で語り部やってんだから、幕間でまでお前の独白なんて見たくねーよって?


 はっはっは。面白い冗談ですな。

 だって俺が服を着るんだぜ。そりゃ一話丸々使わないとでしょう。


 という訳で、このお話はこんな呟きから始まります。


     ※ ※ ※ ※ ※


「あー……そろそろ、服が着たいな~……」


 みんなが何言ってんのコイツ、みたいな目で見るから驚くよ。


「いやいや、そろそろいいんじゃない? 俺だって服を着たくなる時期もあるよね」

「あ、そ、そっか。そうだね……イオリのその恰好に慣れちゃってたから、その言葉に違和感を覚えちゃって……」

「あ、いやもちろん! シャルがくれたこの葉っぱは大事に仕舞っておくよ!? たまに手にとっては思い出に浸るよ」

「う~ん、それはちょっと……多分腐ったりしちゃうと思うし、捨てよ?」

「シャルとの思い出をゴミになんてしたくない……」

「あぁごめんイオリ、そんなに落ち込まないで」


 実際、ちょっと葉っぱが萎びてきてるんだよね。

 もう限界なのかな。悲しいな、俺の葉っぱ……。


 でも俺は前に進む。ついに服を――着る!!


「ロッコ、という訳で訊きたいんだけど。村のみんなは服ってどうしてるんだ?」

「んん? あぁあたしらは、みんな仕立て屋に頼んでるけど……」

「へえ、仕立て屋! そっか、裁縫の技術と知識を持ってる人が、運よく島に来てくれてたんだな」

「あ、ああ。うん、そういうことになるな」


 なんだか歯切れが悪いな。っと。うん、土が柔らかくなってきた気がするぞ。


 ちなみにいま俺とシャルは、村の近くにある畑作業を手伝っている。

 樹を削って作ったクワを持ち、土を耕す。どうやらこれが、新しく村に加わる俺とシャルの畑になるとのことだが……火精霊の国サラマンドラでは、気候の問題で野菜が上手く育たない。

 北国だからかねぇ。一年の半分以上雪が降ってるし、寒いもんな。

 だから俺はクワを持ったことが無かったのだ。ずっと剣を、握っていた。


 畑仕事、中々新鮮で良いね!


「シャルは村とは離れて暮らしてたんだよな? 服はどう調達を?」

「……私は、樹の精霊術を使って、自分で植物を操って作ってたんだ」

「凄いな。とてつもなく繊細な技術が必要だろうに……でもそれ、今度からは止めて欲しい」

「うん……分かった。えへへ、止める」

「服が欲しくなったら、一緒に仕立て屋さんに頼もう。全部自分でやる必要はないと思うからさ」


 木のクワを、えいやっと振り下ろす。


 俺の故郷は、火を扱う国だからか、鉄工技術やガラス工業が盛んだった。

 多くの黒い煙が上がる光景を見て育った感覚からすれば、村に持ち込んできたもの以外の“鉄がない”というのは、どうにも頼りなく思える。


 うむむ、俺が火の精霊術を使えれば、鉄のクワを作ってあげれたんだけどな。

 あぁでも鉄鉱石がないのか。島の中に鉱山とかあればいいんだけど……。見る限りでは、この第四の島には山自体がない。


「よし、仕立て屋がいるなら、畑仕事がひと段落ついたら頼んでみるよ。誰か一緒に来て紹介してくれないか?」

「パス。あたしはやる事いっぱいあって忙しいかんな」


 ロッコ……。村のまとめ役なら付き合ってくれてもいいのに……。

 まあ忙しいんじゃ仕方ないけどさ。


『あんまり会いたくない』


 ジャックの胸元にある木の板に、そんな文字が浮かび上がる。


 仕立て屋には、会いたくないか。

 優しさと純粋さを持つジャックが他人と会うのを拒むとは……。


「あいつだけは、ごめんだ……くそ、服が必要なのは分かってるんだけどよ!」

「やだ! 辛い!」

「え、遠慮しとくんだな。用がないのに会いたくないんだな」


 え、ノリの良さそうなおっさん達まで……。

 そんなに気難しい人なの? もしやガンコ親父とか?


 ちなみにアードラは、畑仕事を手伝ってません。

 多分シャルの家でのんびりしているかと。


「イオリ、行くなら覚悟決めろよ。生半可な気持ちじゃ、持ってかれるぞ」

「……え、そんな覚悟が必要なとこなの? 持ってかれるって何を? 俺、怖くなってきたんだけどロッコさん」

「あたしに甘えられてもなぁ。お前、あんまり可愛くないから……」


 えぇ、自覚はあったけど大分心にくるな……。

 見た目9歳から言われると、なおさらえぐられる。


「わ、私は一緒に行こうかな? もう家に何着もあるから今は必要ないけど、今後頼むことになるなら挨拶しておきたいし……」

「シャル大好き!! そうだよね、一緒に行こう!」

「だ、だい、すきって……へぅ」


 今日の分の畑仕事が終わり、手伝ってくれたみんなにありがとうと言い、ロッコに場所だけは教えてもらったのでシャルと一緒に歩いていく。


「ここ、だよね……」

「ああ、多分そうだと思う。シャルは会ったことないんだよな」

「うん……この家の人は、今まで一度も見たことない」


 島の主であろう樹精霊ドライアドと共に暮らして来たシャルでさえ知らない人物か。

 なんだか、緊張してきたぜ……!


 コンコンと、ノックする。


「あいてるわよー。入っても大丈夫」


 女性か? なんだか優しそうな口調だが……。

 シャルと顔を見合わせてから、頷く。


「失礼します。えっと、ここで服を作ってもらえるって聞いてええええええぇぇ!?」

「本当に失礼ね。驚き過ぎよう」


 角刈りで、筋骨隆々の男がそこに居た。優雅に木の椅子に座っている。

 多分立ったら身長2メートルは越えている。ジャックは細めで大きかったが、この人は体格自体がデカい。まるで親父みたいだな……。

 いや、それだけでも十分に驚いたのだが、それよりその人の手を見て、大きな声が出てしまったのだ。


「あの、その手って……」

「あらあ、誰かと思ったら樹精霊の巫女様じゃない。村に入れるようになったの? よかったわあ、モコちゃんと仲良くなれたのね」

「あ、はい……えっと、巫女じゃないですけど……あの」


 シャルは少し気まずそうに、その男を見ている。

 無理もない。だって男の肘から先は、樹が生えているんだから――細かな枝を巧みに動かし、編み物をしているのだ。


 明らかに樹精霊ドライアドへの願いの結果、だった。


「代償は、その足、ですか?」

「ん? この手のこと? そうよぉ、足を代償にしてこの手を貰ったの。素敵でしょう?」

「……素敵……ドラちゃんのこと、怒ってないんですか?」

「どうして怒るのよお。わたしが願ったのよ? もう一度、服を作るための手をくださいって。ちゃあんと樹精霊様は叶えてくれたわ。人間の手よりも、細かい動きが出来て嬉しいくらい」


 にっこりと角刈りは笑う。

 本気で、ドライアドへ感謝しているようだ。


「そっちの男の子は初めて会うわね。島に新しく来た子かしら、わたしは『ゴゴガゴ=ゴギガ』。気軽にゴゴちゃんって読んでね♪」

「ゴゴ、ちゃん……っ」


 すっげえ名前だな。濁点しかねえ。

 なんていうか、見た目通り強そうです。


「俺はイオリ・ユークライア。なあ、村の連中はみんなドライアドに恨みを持ってる思ってたんだけど……違うのか?」

「もう、まだその話を続けるの? こだわるわねえ。村に住んでるからって、全員が同じ気持ちだとは限らないわよ。ま、だからわたしは少し離れた場所に住んでるんだけど。村のみんなには食事を運んでもらったり、迷惑かけちゃってるわ」

「その代わりに、ゴゴちゃんは衣服を提供してるってわけか……」

「ま、そういうことねぇ」


 どうやら聞く限りにおいて、村には貨幣制度がないようだ。

 まあこんな孤島じゃ行商人とか来ないし、要らないのかもな。


 物々交換か、村のみんなの財産として扱うか、そんな感じで助け合う。

 それがこの村の生活の基本みたいだ。あったかくて良いね。


「それで、イオリちゃん、服が欲しいの? まぁ見れば分かるわよね、葉っぱだし」

「あ。ああ。出来れば作って欲しいんだけど、構わないか?」

「いいわよぉ。だけど支払うものは、ちゃんと支払ってもらうわよ」

「え」


 ロッコの話じゃお金なんて必要ないということだったが……?


「そうね、体で……代金を支払ってもらおうかしら。具体的に言うと肉体的接触」

「ええええええええええぇぇぇぇっ!?」


 に、肉体的接触とはなんぞ!?


「イオリちゃん、キスかベロちゅー、どっちがいいかしら?」

「どっちも同じだろバカ野郎!!」


 むしろ後半の方がよりダメージがキツいわ!

 いやどっちも嫌だけど!


「い、行くぞシャル、そんな代金なんか払えるか!」

「え、え……? べろ……なに?」


 シャルの頭には大量の疑問符が浮かんでいた。


「巫女様はうぶねえ。お互いの舌をね、絡めるのよ。たっぷりとね」

「ひぅっ、そ、そんなこと……していいんですか!?」


 くう、天使に汚らしい想像をさせてしまった……! 汚してしまった!

 相手がゴゴちゃんというのはいただけない!


「もういいから!」

「んもう、仕方ないわねぇ。それじゃ特別にサービスで、採寸するだけで許してあげるわ」

「……さ、採寸って?」

「イオリちゃんの体を、わたしがじっくりと、隅々まで触るの。うふ♪」


 帰りてー。もう帰りてーよおー。

 みんなが会いたくないと言っていた理由が身に染みたよおー。


 仕立て屋がこんなのだって知ってたら、葉っぱで我慢してたよう。


 恐怖で固まっていると、ゴゴちゃんは樹の腕を伸ばして俺の体に触れてくる。

 まだ「いいよ」って言ってないのに!


「はあ、はあ、はぁはぁ……なんていい体なのかしらっ。こ、興奮しちゃうわ!」


 リアルにはぁはぁすんな!!


 もはや言葉を失った俺は、じっと採寸が終わるまで耐えた。

 その隣で、シャルはおろおろとゴゴちゃんと俺を交互に見ている。


 見ないで、こんな俺を見ないで!!


「ふう、終わったわあ」

「ど、どうも……それじゃあ今から作るとしたら、どれくらい時間がかかるんだ?」

「え? 別にもう作ってある服を持って行かせるつもりだったけれど、待つの?」

「それじゃ今の採寸は何の意味があったんだよ!?」

「だから代金って言ったじゃない。測った体の寸法は、次の服を作る時の参考にさせてもらうわ」


 ちなみに貰った服は、派手な模様の入った花柄のシャツと、短パンのみ。

 なんか俺、南の島に来てうかれてる奴みたい(その通りだけど)


 なんでも「せっかくの素晴らしい筋肉だから見せていかなきゃ」ということらしい。その意見には反対するつもりなどないのだが……。


「……えっと、靴は?」

「キスか、ベロちゅーか。選ぶ?」

「あ、また今度の機会でいいです……」

「あらそう? 一夜を共にするって選択肢も用意してたんだけど……」

「いやもう本当いいから!」


 ちなみに、見事ゴゴちゃんに会うことを避けるようになった俺は、しばらく裸足で過ごすことになる。


「あぁ、また生きがいだった服作りだけじゃなく、刺繍だってより細かく繊細にやれちゃうんだから、やっぱりこの腕は最高ね♪ 実家の呉服屋を盛り立てる夢は諦めざるを得なかったけど、この生活も悪くはないわあ」


 ルンルン気分ではしゃぎながら、ゴゴちゃんの瞳がギラリと光る。


「イオリちゃんみたいな、美味しそうな子も頼って来てくれるしね……!」


 わあ、もう逃げられないみたい。

 この島で生活する限り、服に関することはゴゴちゃんを頼らざるを得ないのだった。


「こ、これが、村の仕立て屋さんの服……! すごい技術です!」


 シャルは尊敬の念を抱いているようだ。

 えっと、ゴゴちゃんを目指すのは頼むから止めて欲しい。

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