第12話 VSカボチャ男

「ジャック、小屋の外に出ようぜ」

「…………(こくり)」


 物言わずにカボチャ男はうなづいて、小屋から出た俺についてくる。


 ああ、明るい……。陽がさんさんと降り注いでいる。

 島に来た時は夜だったから、なんだか新鮮だ。


 村は森の中にあるのだろうか。辺りは樹が乱立している。木々の間を縫うように、同じような小屋がいくつも点在しているようだ。

 小屋から出てきた俺に注目したのか、村の連中が物見遊山に集まってきた。ざっと見たところ、50人くらいだろうか。俺とカボチャ男を取り囲むように円を作る。


 ……ざわざわしているのは、俺が葉っぱ一枚だからかな?


 続けて小屋から出てきた青髪の少女ロッコが、村の代表として条件を詰めてきた。


「そういえばイオリ、こっちが負けた時はあの女を迎え入れるってのは決まったけどね。アンタが負けた場合の条件を決めてなかった」

「何でもいいよ。何なら、奴隷になれでもいいぜ」

「……ずいぶんと自信過剰じゃないか。そんなに腕に自信があると?」

「悪いな。勝負する時はいつもこうなんだ、自分を追い込まないと気が済まなくて」


 もちろん、余裕をこいているわけじゃない。余裕のわけがない。

 だって俺は精霊術を使えない。そもそも武器が一つ少ない状態で戦わないといけないのだ。


 あまりにも大きな武器を、俺は初めから持っていない。


 だけどそれを言い訳にはしたくない。だから俺は、自分に対して厳しい条件をつける。

 障害を乗り越える為の、目標として設定しているのだ。


「ロッコ、それじゃ始めるぜ」

「ああ。とりあえず最初に言っておくが、あたしらは猿山の猿じゃない。強いだけの奴に従おうとは思ってない。道理が通っていない意見に、村の連中を巻き込むわけにはいかないからね。だけどイオリ、勝てたら信じてやるよ。少なくともアリを倒したっていう、その実力を」

「……すっげぇありがたいよ、それだけでも」


 剣を構えて、カボチャ男ジャックと向き合う。

 向こうもまた、だらりと力を抜いていた手足をすっと構えた。


 素手、か。


 構えだけで分かる。ジャックは強い。一見するだけでは隙がない。

 何より戦闘に置いて辛そうなのは、リーチの差だろう。おそらくジャックの身長は190を超えている。対して俺は170程度、この差はあまりにデカいだろう。


 それはたとえ俺が剣を使っていても、だ。


 南の地域、土精霊の国ノウムの精鋭か……。


「ジャック、行くぜ?」

「(こくり)」


 見せてやろう。

 ただの剣術しか持たない俺が、どうすれば精霊術を駆使する相手と対峙し、戦いとして成立するか。

 その答えは簡単だ。


 精霊術を使う暇を、与えなければいい――

 一気に懐へ踏み込み、真っ直ぐ剣を振り下ろす!!


「――っ!? ……!!」


 狙いは上手くいった。カボチャ頭に剣が吸い込まれるよう振り下ろされた、はずだった。

 だが図体に似合わぬ反射神経で、振り下ろす剣をすれすれで躱される。

 それだけじゃなく、回避と同時に顎の下からジャックの拳が俺の顔を目掛けて飛んできた。


 どんだけだよ、おい!? 上半身を後ろに下げながらでも、ジャックの拳は俺の顔へ余裕で届く――


 こちらも半歩後ろに下がり、ギリギリで拳を避ける。風圧が、俺の前髪を浮かせてきた。


「っと、危ない危ない。まったく、まさかあの状態から反撃が来るとは思わなかったぜ」

「(くいくい)」

「へっ、いいね。そう来なくちゃな!」


 手でもっと来いというジェスチャーをするジャック。

 それに応えて、一撃、二撃、三撃と剣を打ち込んでいった。


「いくぞおらあああぁ――っ!!」


 ジャックの拳と、俺の剣が、互いの間合いを削り取るように高速で振るわれる。


「あ、姐さん……さっきの見えました?」

「……いや、まったく。気が付いたら、ジャックの目の前にイオリがいた」

「っすよね。突然、小僧の位置が変わってましたよね?」


 俺たちを囲む村の連中の声が耳に入るも、聞こえない。

 それほどの集中を持ってあたらないと、このカボチャ男ジャックには勝てないだろう。


「ハッ、ハハ、ハハハ、ハハハハハハハ!!」

「…………!!」


 すげえ、コイツはすごいぞ!

 放った剣撃が全ていなされ、受け流される!

 まさに鉄壁の防御術だ。盾も使わずによくやるぜ。


 どうやら手数は俺の方が多い。ん、多い?

 ……おかしいな。拳と剣だ、俺の方が素早いのはどう考えても――


「……な、なんだ!?」


 精霊術を、発動するためだったのか。


 足が、動かない。

 視線を下に向けると、地面の土が盛り上がり俺の足を固めていた。


 ジャック、この野郎。剣を受け流しながら、最小限の力で精霊術を発動させたのか!


「――っ!!」


 一瞬できてしまった、隙。


 20センチも差のある大男から、致命傷と成りえる鋭い拳が振り下ろされる。

 だが、距離を取らないのは失敗だったな。


「甘ぇよ、ジャック――だらっしゃあああ!!」

「…………っ」


 足が固まっているなら、それでいい。

 その状態のまま剣を振るう。相打ちならば、俺の勝ちだ!


 毎日、朝から晩まで狂ったように振ってきた俺の剣を、甘く見るなよジャック――


 だが、結果は、予想だにしないものになった。


「な、そんなの、ありかよ」


 ――剣を、受け止めた、だと!?


 相打ち覚悟で横薙ぎに振るった剣を、ジャックは肘と膝で挟み込むようにして止めていた。

 攻撃から咄嗟に防御へ切り替え、それをやってのけたのか。


 人間技じゃない。背筋がゾクリと、震えるぜ。


「中々やるじゃないか、ジャック……!」

「……(くいっ)」


 お前もな、ってか?

 へへ、熱い男だぜ、ジャック!


 力を込めて足を動かしたら、ボコっと足元を固めていた土が崩れた。

 どうやら不意打ちのように使う精霊術だったようだ。精度は低い。


「いいな、土の精霊術は新鮮だ。次はどんな…………あ」


 ぐううう~っと、間抜けな音が鳴り響いた。

 もちろん出所は、俺の腹である。


「…………イオリ、あんた腹減ってるのかい?」

「じ、実はものすごく……」


 ふっと笑って、ロッコは魅力的な提案をしてくれた。


「戦いが終わったら、結果はどうあれ飯にしてやるよ。あたしの手作りだ」

「ありがたい! 愛情たっぷりで頼むぜ!」


 視線はジャックから外していない。その事が、逆に距離を作ってしまう要因となった。

 咄嗟に後ろへジャンプして、不可視の攻撃を躱す。


 地面から、土の塊が太い槍状の形でせり上がってきていた――


「…………!」

「あ、危ねぇ……」


 なんだよ、戦いに集中しろってか?

 仕方ないだろ、腹が鳴るのは自然現象なんだから!


「のわわわわわっ」


 一度、相手との距離が出来れば、不利になるのは必然だ。

 相手は精霊術を使って、離れた場所から攻撃できる。


 ジャックは両手を地面に付けて、鈍く力強い光を放つ。


 そして地面から次々と、土が槍状の形でせり上がってきた。

 狙いは全て、俺の体。一つでも当たったらタダでは済まない。体に大きな穴が開いてしまうだろう。


 これが、土の精霊術の攻撃か……!


「っ、面白いな、やっぱり火の精霊術とは全然違う!」


 確かに危険で、威力としては十分だ。

 だけどその攻撃は、俺にとって遅すぎるんだよ。

 そしてこの土の精霊術は、俺を視線から外してしまう。一つならまだしも、たくさん土を盛り上げたのは失敗だったな。


 戦闘中に相手を見失ったら、どんなに警戒していても一瞬隙が出来るんだぜ。


「そろそろ決めさせてもらうぜ! ジャック!!」


 肉体の段階を一つ上げる。もっと速く、もっと鋭く――

 足元から串刺しにしようと迫りくる土の槍を“むしろ踏み台にして”、一気にジャックの元へ飛んで行った。これが、ただの身体能力を使った大いなる跳躍だ!


「これで、終わりだ! 安心しろ、寸止めで終わらせてやるよ!!」

「――っ」


 あ、やべ――


 剣がカボチャ頭に当たる直前に、寸止めすることは叶った。

 だが、いま俺が持っているのは最強の精霊剣、込められた力が生む衝撃波までは、計算できなかったのだ。


「…………っ!?」


 パーンと、頭の位置にあるカボチャが弾け飛んでしまった。

 ぱたりとジャック――首から下の部分――は倒れこんでしまう。


 や、やや、やっべえええええええっ。


「あ、ああ、ああぁ……?」


 こ、殺しちまった!?

 あぁやばいよどうしよう。これは命の奪い合いじゃなく腕試しだ。戦争じゃない。殺す必要なんかなかった!


 これから一緒に頑張っていこうという村の一員を、こんなにも強い男を、俺は……!


「じゃ、ジャックううう! 悪い、すまない、そんなつもりじゃ」

「心配いらないよ、イオリ」

「えぇ……?」

「カカッ、なに泣きそうになってるんだい。ジャックは死んじゃいないよ、言っただろう。コイツにどんな願いが込められているのか――そこだけは、さすが精霊様って感じだよ」

「ど、どういうことだ……何を言ってるんだ?」


 そして、異変が起きる。

 四散したカボチャの欠片が、まるで時間が戻ったみたいに体へと集まっていく。


 そして完全にカボチャの形に戻ったあと、ムクリとジャックが起き上がった。


「ジャックは“死ねない”のさ――『死を回避する』、そういう呪いみたいな祝福で守られてる」


 どうやら、その話は本当みたいだな。ジャックは何事もなかったように、ピンピンしていた。

 ふうと、大きく息を吐きだした。


「良かった……。ジャック、お前を殺しちまったかと」

「……(すっ)」

「なんだよ? へっ、もう決着はついたってことでいいのか?」


 カボチャ男と、ガシっと握手する。

 言葉がなくとも通じ合える。男同士は拳で十分語り合えるのだ。


「ふう……。これで実力がわかっちまったね。どうやらこの島で一番強い人間はイオリみたいだ。コイツなら確かに、あの昆虫どもにも遅れを取らないか……」

「姐さん、そういや気になってたんですが、『ユークライア』って名字……」

「サラマンドラの剣神! 火の国最強の騎士団長レンジ・ユークライアと同じ!」

「と、とんでもない奴が来ちゃったんだな。ムキムキの筋肉は、伊達じゃなかったんだな」

「大陸最大の軍事国家、その騎士団長ゆかりの奴だってのかい? やれやれ、そいつはたまげたね……」


 終わり良ければ全て良し。そんな空気が、村を満たした。


「さて、それじゃあご飯にしようかね」

「待ってました!! いやぁもうお腹が減って減って仕方な…………待って、これ何の音?」


 メキメキメキィっと、何かが折れる音と地響きが近づいてくる。

 あれ? なに、これ……。


「こらあああああぁぁぁ――!! い、イオリを返しなさああああいっ!!」


 轟音を鳴り響かせ、木々をなぎ倒しながら、その子は現れた。

 目の端に涙を浮かべながら、村に最強の生物が現れてしまった。

 体の周囲を植物で覆い、まるで伝説の怪物クラーケンの手足みたいに枝や根っこが動き回る。

 俺のイカダを壊した茶色の触手を、自由自在に操っていた。


 いや、あの……登場が少しだけ、遅かったですシャルロットさん。


 村の連中に囲まれている俺を見て、シャルはキっと覚悟を決めた。


「む、村の人達とは戦いたくなかったけど、イオリに酷いことをするなら、私、わたしは……!」


 術者の感情に呼応するように、植物が縦横無尽に跳ね回った。

 細かい操作が出来ないのか、近くの小屋は既に壊されかけている。


 あー……くっそー、まーた無駄に精霊術を使わせちゃったよ。

 シャルは今にも泣きそうだ。きっといきなり姿を消した俺を、夜通し探し回ってくれていたんだろう。


 ありがとう。そしてごめん。


「……イオリ、悪いが飯の前に誤解を解いてくれないか。このままじゃ殺されちまう」

「了解、とびきり美味い飯を頼むぜ」


 シャル、もう大丈夫だ。村のみんなと一緒にご飯を食べよう。

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