第9話 目覚めてみたら、あら不思議

 皆さん、突然すぎて驚くかもしれませんが聞いてください。

 目を覚ましたら、見知らぬ小屋の中で監禁されていました。


 ……えっと、ここはどこ?


 あまりに予想外の展開に、なんだか逆に落ち着いてしまいました。嘘です。


 木製の椅子に座らされ、背もたれの後ろに回した状態で手首を縛られ、足首も椅子の脚から離れないよう縛られています。

 意識はあるのに体が動かない。恐いです。

 動かせるのは首と指だけとか、もう何なの?


 俺はこれから何をさせられるのか。それはもう簡単に想像がつく。

 ……良くて、性的被害に遭う程度だ。きっと俺はむくつけき男達に群がられ、酷い目に遭わされてしまうのだろう。我ながら素晴らしい筋肉しているからな俺は。


 何故って? そりゃ決まっている。


 まだ俺が裸だからである。


 というよりは、意識を失う前にしていた恰好そのまんまなのだ。

 拘束されているだけならまだしも、大きな葉っぱを腰に巻いただけだった。小屋の中に置き去りにするなら、せめて服を着させてくれよ。

 手足を縛っている道具は植物のツタ、だな。首しか動かせないが感触で分かる。加工等はしていないようだ。


 小屋の中には誰も居ない。


 そして、願いによって手に入れたはずの最強の精霊剣(木刀)もない。

 当たり前だな、拘束されているのに武器が回収されないわけがない。そもそも動けないし、これからどうするかなぁ……。


 たしか俺は浜辺で巨大なアリと戦って、それで……あれ? どうなったんだっけ。


 シャルはどこにいったんだろう。

 まさか俺をこうしたのはシャルとか? だとしたら、どんなハードなプレイをさせられるのか……ごくり。俺、ちゃんと受け入れられるかな。


 騎士になると誓ったばかりなのだ、何があっても側に居て守ると言いたい所だが――


「起きたか」


 誰も居ないはずの空間に、声が響いた。


 はっとその方向に目をやると、黒髪、褐色の女がいつの間にか小屋の中に存在していた。

 じーっとこちらを睨みつけているのが分かる。

 女性にしては背が高い。そこから張り出すような大きな胸に、まるで俺を憎んでいるかのように尖るキツイ瞳、その上には小さな円形の特徴的な眉毛。うん、美女だな。


 今まで気配がなかったというより、突然ここに現れたというような不気味さがある。


「だ、誰だお前は! どうして俺を拘束している!?」

「答える義務はない」


 ですよね。


「いや、でもですね。俺としてもこうなった理由は気になるかな~って」

「……はあ。やっぱりここで、殺してもいいかな」


 けだるそうに呟く美女は、もう全てを諦めたように俯いてしまう。


 いや待って! 諦めないで! まだ死にたくない!!

 良くて肉体的な被害、悪くて死刑……そんな想像が当たって欲しくなかった!


「なあ、お前は誰かを好きになったことがあるか? 本気で、命を懸けてもいいと思うほど」


 褐色美女からの問いに、上手く反応できなかった。


「…………いきなり、なに?」

「いいから答えろよ」

「……答えないと殺すってか? どうだろうな。命を懸けるか程か、難しい質問だ。生きて守りたいと思ったことはあるが、その人の為なら死んでもいいと思ったことはない。きっと俺が本気で好きになったら、何があってもその人と一緒に生きていたいと思うんだろう」


 この回答で、褐色美女は満足してくれただろうか。


「そうか、可哀想な奴だな。僕にはあるよ。その子を手に入れる為なら、死んでもいいかもしれないと思うほどの恋をしたことが」


 憐れまれてしまった。

 くそう、我ながら格好いいことを言った気がしたのに。


「なあ、誰かに好きになってもらうには、どうしたらいいんだろうな? 本気で好きになった人から、好きだと言ってもらえるにはどうしたらいいんだろう。僕は自分が出来る範囲で、歩み寄ってるつもりだったのに……」

「アンタほどの美人でも、振り向いてもらえないのか。その相手も見る目がないな。大丈夫だよ、きっといつかは両想いになれるさ」

「…………」


 どうやら俺が話すごとに、機嫌が悪くなっていくようだ。

 なんでだよ。そんなに間違ったこと言っていないと思うんだが。


「ちっ、シャルロットへの義理立てだ。こんなバカでもこのまま死んだら目覚めが悪いだろうからな。じゃあな、ここで命を奪うのは勘弁してやる」

「ちょっ、おい! 出て行くのかよ!? 頼む拘束を解いていってくれ」

「もし自由になったら剣を呼べ。お前なら何とかなるだろう」


 そう言い残して、褐色美女は小屋から出て行ってしまう。

 いや結局誰なんだよ、あんた……。ていうか自由になる前に殺されたらどうするんだよ。なんだか活かしにくい助言をもらってしまったな。


 そして俺は今どうして拘束されているんだ。誰か説明してくれ。


 ……ん?


 遠くからガヤガヤと数人の声が聞こえる。どうやら小屋に向かって来るようだ。

 あの褐色美女は仲間を呼びに行ったのだろうか?


 ああ、俺は今から酷い目に遭わされるんだろうな。死か、死が訪れるのか。


「あ? おい起きてるぜ」

「マジか。マジっすか!」

「し、しかし改めてキモい体してるんだな。き、筋肉もりもりで」 


 褐色美女は居なかった。

 小屋に来たのは中肉中背の髭面のおっさんと、テンション高めの背の低いおっさんと、言葉の初めにドモる太ったおっさんだった。


 ごくり。全員おっさんか……。


 マズいな、体目当ての線が大きくなってきた。

 しかし、解せない。


「おいちょっと今のは聞き捨てならないぞ!」


 こいつらが誰か分からない。これからどうなってしまうのかも分からない。

 この状況で逆らったら、死への時間を早めてしまうのかも分からない。


 だがたとえ拘束されていたとしても、聞き流せないことはある。


「な、何だよ。なに怒ってんだ?」

「怒るのは当たり前だ。訳も分からず縛られてんだからな。だが違う、俺が怒っているのはそこじゃない!」

「じゃあ何だよ……」

「お前たちには分からないというのか、この体の素晴らしさが、鍛えられた肉体美が!?」

「…………いや素直に恐いと思うが」

「くそっ、だから俺を拘束したのか。この肉体が繰り出す攻撃を恐れて……!」


「いや、それは違う。だってどう考えてもお前、怪しいんだもんよ。葉っぱしか身につけてないし、筋肉やばいし」


 ……くうぅ、傍目から見ると俺の方が不審人物だったということか!

 手足を拘束され、さらに監禁され、理不尽な目に遭っているのは俺だというのに、何故か非難されているような感覚がある。


「それに、あの悪魔が連れていたんだ。それだけでも動きを封じる理由になる」

「だよな。そうだよな!」

「あ、ああ。あのおっかない姉ちゃんの仲間なら、け、警戒しないとなんだな」


 悪魔? おっかない姉ちゃん?

 俺がこの島で一緒に居たはずの女の子といえば、あの子しかない。


「シャルロットは、いい子だ。俺の命を助けてくれた。何を言ってるんだ?」


 きょとんと、三人の男達は惚けてしまう。


「お前こそ何言ってるんだ? 俺達に中途半端な願いしか与えない上に、島から出て行くのを邪魔する悪の一味じゃないか」

「それは、あの子は関係ない、とは言えないけれど、あの子は悪くない」

「それじゃあどうして精霊野郎を庇う、あの女がアイツの仲間だからだろう!」


 その言葉を引き継ぐように、小屋の中に新たな人物が現れる。

 それも、二人――その中にシャルロットは、いなかった。


「――そろそろ離してやんなよ。その子も同じ被害者だ、元々拘束してたのだって素性が分からなかったからだろう」


 女性の声だが、褐色美女ではない。

 口調の割に甲高く、甘ったるい声だった。


あねさん! でもこいつ、あの悪魔達の仲間っぽいすよ!?」

「島に来たばかりで混乱してるんだろう。事情を知ればこっちに加わるさ」


 姐さんと呼ばれているのか。しかし解せない。


 ロリだ。どう見ても子供だ。少女は、見た目からは9歳程度に見える。

 青い髪色にショートヘア、猫のようなまん丸な瞳に、生意気そうな顔立ち。


 そしてその後ろには、カボチャを被った大男がいる。こっちは、顔が見えない。


 正直なところ、怪しい集団だという印象が先に来た。主に監禁という状況と、物言わず控えるカボチャ男のせいだが。


「……同じ被害者と、事情ね。四人の男を連れた小さな女の子に、いきなり監禁されてるんだ。信用するのは難しいと思うけど」

「カカッ、あたしを子供扱いか。まあこの見た目じゃ仕方ないけどさ」


 快活に笑い、少女は名を名乗る。


「ユグドラシル唯一の村にようこそ。あたしは『ロッコ=モコ』、アンタは?」

「イオリだ。イオリ・ユークライア」


 そうか、ここは島の中にあるという村なのか……。

 話の流れから察するに、もしやシャルロットは、村の連中とは仲が良くないのか?


「おい、とりあえずイオリを自由にしてやんな」


 ロッコというロリっ子の指示を受けて、言葉を話さないカボチャが静かに詰め寄ってくる。

 そして、足首の拘束を外すときに、屈んだ姿勢からカボチャの中身が見えた


 ぽっかりと開けられた〇の形の瞳が二つと、▽の鼻、輪郭に沿って大きく空いている口。その内部は、


 ――空っぽだった。


 中にあるはずの目がない、鼻がない、口がない――顔が、ない。


 コイツは言葉を話さないんじゃない、話せないんだ。

 声を発する、器官がないから。


「お、お前、人間か……!?」

「…………」


 カボチャ男の代わりに、少女が声を出す。


「カッ、酷いことを言うね。あたしもコイツも、歴とした人間さ。樹精霊ドライアドに人体の摂理を変えられた――願いの代わりに、こうなっちまったのさ」


 少女はニィィと口角を上げる。


「ほら、事情を知ればこっちの味方になろうって気がしてくるだろう?」


 思わず喉がごくりと鳴る。

 情報としては聞いていたが実感として伴っていなかった。

 村を構築しているのは、願いを求めて島にやってきた人間達。そして樹精霊ドライアドによる求婚作戦の被害者だ。


 それはつまり、原因となったシャルロットすら憎む対象になるということなのか。


 いいね、素晴らしいくらいの逆境だ。

 騎士として、俺がシャルの為に出来ることを一つ、思いついてしまったぜ。

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