第4話 樹精霊ドライアド

「イオリの手にある、最強の精霊剣の効果は、この世界樹『ユグドラシル』がある島の中でしか発揮されないんだって、そう言ってる。他国に持っていった時点で、ただの木刀でしかないって」

「それじゃ意味ねーじゃん!」


 手に入れた伝説の剣(木刀)は、地域限定だった。

 せっかく願いを叶えてもらったのに、どうやら海を渡った時点で効果は消えてしまうらしい。


「いやいや、どうしてそうなんの!?」


 あまりにも動揺してしまった俺は、大声を出してシャルへ詰め寄ってしまう。

 シャルが悪いわけじゃないのに。諸悪の根源はこのペンギン、樹精霊ドライアドなのに。


「俺ちゃんと言ったじゃん! 故郷に帰って騎士選抜戦に出るんだって、ここでしか使えない最強の剣なんて求めてないんだよ!!」

「だからだよ……、イオリ」

「え……? だから、って?」


「この子はね、間違いなく願いを叶えるの。でも『幸せにはしない』んだよ。そうやって、自分の目的を叶えようとしてるの……」


「なにを……言ってるんだ? さっぱり訳が分からないよ」

「ププッ、グエる~」


 憎たらしい顔しやがって、この野郎。

 うける~とでも言いたそうに笑っている。眉毛ぬくぞ。


「願いのやり直しを要求する!」

「ダメなの。この子が願いを叶えるのは一度だけ。それでももし、もう一度願いを叶えて欲しいなら、世界樹の根元まで行って『資格』を手に入れる必要がある」

「……ここはその根元じゃないの?」

「うん、溺れて流れ着いたイオリは、まだ詳しくは知らないよね。ユグドラシルはね、群島なの。島は一つじゃないんだよ、そしてこの島は根元から一番遠い第四の島『スズラン島』」

「第四の島……」


 陽が落ちてしまっていて、月明かりでは遠くの景色が確認できない。

 だが話を信じるならば、また海を渡り島をいくつも越えて行かなければいけないらしい。


 ――だがその精霊は、人間の願いは叶えるけれど、その願いで当人を幸せにはしない。


「なあ、どうして精霊はそんな意地悪をするんだ? その理由がまったく分からない」


 よく考えれば、そう簡単に願いが叶う訳ないんだけど。

 甘い話にはどこかに落とし穴があると、気付いても良さそうなものだけれど。


 実際に目にするまで、俺はまったく疑っていなかった。アホだった。


「……それは……私の、せいなの。ごめんなさい……」

「そんな、シャルのせいじゃ絶対にないよ! 悪いのはこの精霊だろう?」


 ふるふると、シャルは悲しそうに首を左右に振る。

 その隣で、まるでペンギンが慰めるように、シャルをぽんぽんと優しく叩いていた。なんなのお前。


「もちろん実行してるのはこの子、だけどそうするのに私も関わってる……だから、私のせい」


 ますます分からない。

 なんだか詳しいことを説明するのは避けているように思える。暗い表情で、辛そうにしているのが目に入る……。


 そんなにも言いたくない、ことなんだろうか。


「船は出せないとか、あの島には悪魔がいるって誰もが言ってたのは、こういうことだったんだね」

「…………」

「シャル、よければ教えて欲しい。どうして樹精霊が願いを叶えるなんて噂が広がったのかな」

「……人を、この島に集めるためだと思う」

「人を集めるため?」


 こくりと小さく頷いて、シャルは教えてくれる。

 イオリはこの件において被害者だから、求められたら説明する義務があると、そう言って。


「最初はただ、この子も誰かの願いを叶えて島から放出するだけだった。だから私も気付かなかったの、やっぱり神様はみんなに優しいんだって、嬉しく思っただけだった……」


「…………」

「だけど、いつからか変わってた。今みたいに願いを中途半端に叶えて、この島に固執させる、そんなやり方になってた」

「固執させる……。人間を島から出したくない、そういう意味かな」

「うん、イオリももう簡単には出られなくなったはず。この島に船はないけど、もし同じようにイカダを作って出ようとしても……『枝』に捕まって壊される」

「……枝?」

「世界樹の枝だよ。この子は世界樹そのもの、自分の意思で樹を操れるの。そうやって四方の海底に這わせた枝を操って海を閉鎖してる……本当なら、誰かが島に来る時は使わないはずなんだけどね……」

「グエグエック」


 ペンギンがまた何か言葉を出した。


「イオリは、なんだか嫌な予感がしたから来て欲しくなかったって、そう言ってる」

「……はは、まったく、嫌われたもんだね。つまりこういうことかな? 海から現れた茶色の触手は実は『世界樹の枝』で、イカダを壊して海に投げ出したのは精霊の意思によるものだと……」

「グエック」

「うん、その通りだって言ってる。運良く助けてもらえて良かったなって」


 こ、こいつ、俺を殺すつもりでイカダを壊したのか……。

 敵だ。願い事の件でもそう思ったが、コイツは俺へ敵対行動を取っている。


 ……いや、待てよ。


 なんだか、やり方が回りくどくないか?

 本気で殺すつもりなら、島に来て欲しくないのなら、触手を使って直にそうすればいい。


 さすがに持ってきた一振りの剣――イカダが壊れたとき海に落ちたけれど――では、あの状況で対抗なんか出来ないんだから。そのまま触手で羽交い絞めにでもすればよかったんだ。


「どうしてイカダを壊しただけなんだろう。泳いで、溺れて、結果俺は希望に反して島に辿り着いてしまった。それに、どうしてその行動がシャルのせいになるんだ? 人を集めたとしても、何も関係ないじゃないか」

「……私に、精霊術を使わせる為だよ」

「シャルに精霊術を……?」

「精霊、神様は嫉妬深い。他国の人間とは契約しないって言ってたよね。本当は、その通りなの。私はもう風の精霊と契約してた。だからいま私は、命を削って無理やり樹の精霊術を使ってる……」


 シャルは俯きながら、ついにその真相を口にする。


「私、シャルロットは精霊術を使うことで――“少しずつ精霊になっていく”の。そういう契約を、このドライアドと交わしてる」


「…………人間が、精霊になる?」


 そんなことが可能なのか。

 というか、どうしてそうなった?


 あまりにも突拍子のない話の展開についていけず、ポカーンとしてしまう。


「えっと、人間から精霊になったら、シャルはどうなるんだ?」

「完全に精霊になって、神様の仲間入りをしたら……私はこの子と、樹精霊ドライアドと――結婚しなくちゃいけないの」

「…………は?」

「グエグエ~」


 おいペンギン、頬を赤らめるな。一丁前に照れてるんじゃないよ。


「え? いま結婚って言った? シャルが、このペンギンと?」

「ペンギン……。うん、そうだよ」

「どうやって?」


 素直な疑問が先に出た。

 だって、相手は精霊なのに。


「まさに、そこだよ。まだ種族が違うから、結婚できないの」

「…………だから、精霊術という奇跡を使ってシャルを同じ種族にしようとしてる」


 言葉もなく、シャルは頷いて肯定してみせる。

 結婚か……。喜ばしい話のはずなのに、シャルの表情は重い。したくないのか?


「――そこからは、僕から話そう」


 ……なんだ?

 俺でもシャルでもない声が聞こえてきた。

 なんだか年若く、弾むように響く鈴の音のような声色だ。


 誰だろう?


「おい、どこを見ている。ここだよ、ここ。本当に鈍くさい男だな」


 このバカにしたような物言い。会話の流れで分かってしまう。

 目線を下にさげる。そこには、眉毛が特徴的なペンギンの姿があった。


「樹精霊、ドライアド……?」

「いかにも」


 ……えーっと、ね。まず一言。


「お前しゃべれるんじゃん!!」


 なら初めから人間の言葉を使って話せよ!

 グエグエ言ってたのは何の為だったんだよ。いやマジで、びっくりさせんなって。こう見えても病み上がりなんだからさ。


 ああまったく、やっぱりここは噂通り不思議な島だ。


 だってペンギンがしゃべるんだから……。

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