Nirbnb

ふくらはぎ

第1話 これが現状だよ・・・

時刻は昼の一時。

 外は照りつける猛暑の中、クーラーの効いたそこは天国に思えた。

 俺はコインランドリーで雑誌を読んで、自分の洗濯物の乾燥が終わるのを待っていた。汗が次第にひいていき、そこで水分補給も十分にとった。

 乾燥機の残りの時間が五分になった時、俺は読んでいたいた雑誌を置いてあった元の棚に戻し、深刻な表情で考えるのだ。


 ——えーっと、この後は、トイレ風呂を掃除して、ベッドをこれから取り込む綺麗なリネンと取り替えて、コロコロかけて髪の毛とって、あ、あと床の髪やゴミも取らないとな。それが終わったらゴミ袋を出して……。って、


「あー!終わらねぇよ!」


 つい、声が漏れてしまい、隣に座ってさっきの俺と同様に雑誌を読んでいたオジさんはこっちを変な目で見て来た。俺は我に帰り、愛想笑いをして、手を顔の前に出して、残り時間0分となった乾燥機の前に向かうのだ。無言で乾燥したリネン類、タオルを大きなバックに取り込む。その様はまるで大家族の洗濯をしている母親のごとき姿である。

 そして、再び外へ出る時がやって来た。外では歩いているサラリーマンが険しい顔をして、ハンカチで汗を拭き、飲み物を口に駆け込ませているのが見えた。くそ暑い中、俺はあのサラリーマンのように地獄を味合わなくてはいけない。それも、大きなカバンに詰め込んだ両手いっぱいの洗濯物を持って……。

 俺はおそるおそる外へ飛び出し、生温い風を浴びた。優しく顔を撫でる生温い風に不快感を覚えながら、俺は目的地まで戻るのだ。

 さっき引いたはずの汗は再び、俺の体から流れて来た。額から出る汗を肩をあげて半袖シャツの袖の部分で拭き取る。

 目的地であるマンションの前で、一回、重たい洗濯物を入れたカバンを置き、そこのエントランスでドアを開ける番号を打ち込んだ。当たり前にドアは開き、置いたカバンを拾いに戻って、ドアが閉まる前に中へ入る。中へ入ってからはエレベーターのボタンを押すために、再びカバンを置く。エレベーターは六階から徐々に一階へ近づいてくる。俺はその一瞬の間に、ポケットからスマートフォンを取り出して、メールのチェックをする。しかし、電波が通っていないのかと思う程、スマートフォンは朝と何も変わっていない。変わっているのは時刻だけ……。って、


「もう一時半かよ……まずいな」


 エレベーターが一階にやって来てから、俺はさっきよりも機敏にカバンを両手に持ち上げて、乗り込む。そして、目的地である六階のボタンを押す。

 俺は六階で降りてから、602号室へ向かった。ドアを開けると、鍵は開いている。中へ入ってから俺はすぐにリビングに駆け込み、大きなカバンを雑に置いた。そのドスンという物音を聞いて、リビング横にある寝室から、声が聞こえた。


「戻って来たのー?遅かったね」


「ちょっと。タオルがなかなか乾かなくて……もう十分間、追加してたんだよ」


「へぇー」

 興味なさそうに、その声の人物は俺のところまでやって来た。


「乙音(おとね)、どうだ?調子は……って……!」


 俺は隣の部屋からやって来た乙音の姿を見て、呆然とした。


「へ?どうしたの?総司」


「お前な……」


「ん?なに?」

 俺は深呼吸をして、息を整えてから前に立つ乙音に大声で言った。


「お前何回言ったら分かるんだ!なんで今ここでお菓子食ってんだよ!しかもビスケットって……。せめてグミにしろ。お前ちゃんと、部屋に掃除機かけてたのか!?」


「う〜ん……。うん?」


「おい……お前な……とりあえず、一回死んでくれ」


 俺は溜息を、奈落の底まで届くのでは?というくらいに、ついてから急いで、カバンに入っていたリネン類とタオルを取り出した。


 というのも、俺が怒ったのには訳があったのだ……。

 俺はとあるベンチャー企業に勤める22歳の社会人。都内の四年制大学を出て、なんやかんや、そうなんやかんやあってこの企業に入社したのではあるのだが……。

 この会社は主に清掃を代行で行う清掃会社であるのだ。業務内容は近年、急増しているNirbnbの民泊清掃の仕事だ。

 Nirbnbとは、流行っている民泊形式で部屋を客に貸す近年注目のビジネスなのである。Nirbnbには大きく分けて、役割が三つある。

 一つ目はオーナーである。オーナーと言われる人種はもちろん、部屋を持っている人物であり、ゲストと直接に連絡を取り、ゲストを自分の部屋まで案内し、おもてなしをする役目を果たす人物だ。しかし、近年、そのあり方は変わって来ている。というのも、二つ目として、その連絡係として、ゲストと連絡を取る役割が他の者に委託されている場合がほとんどになって来ているのだ。

 例えば、それは個人であり、企業であり、オーナーの代わりにその役割を果たす。そうであるため、オーナーは部屋を持っているだけで、お金がどんどん入ってくると言う仕組みなのだ。この金の亡者め!

 そして、三つ目。これが俺が所属する会社の仕事なのであるが、更にその委託の延長として、清掃が流れてくるのだ。清掃は前回のゲストが使った部屋を掃除し、次のゲストがやってくるまでに清掃をしなくてはならない。基本的に前回のゲストがチェックアウトするのが十一時、次のゲストがチェックインするのが十五時であるため、その四時間の間に清掃を完了させなければならない。

 清掃の内容は、実に簡潔に言ってしまうと、ベットのシーツ、枕カバー、掛け布団カバーなどのリネン類の交換、トイレ、風呂、シンクなどの水周りなどの清掃だ。また、レンジや冷蔵庫の中身のチェック、ゴミ箱の袋の取り替えなどさまざまなチェック項目が存在する。これらの項目を全て、四時間でこなさなくてはいけないのだ。

 だから、俺達は毎日、時間との戦いに迫られているのだ。


 ……それなのに乙音ときたら……掃除している物件でポロポロと食べクズのこぼれるビスケットを食べるなんて言語道断。しかも、掃除機をかけた後に食べるなんてどういう神経しているんだ。これは仕事なんだぞ……。


 俺は呆れてものも言えなかった。リネン類を取り出して、それぞれを寝室へ持って行ってから、ベッドメイクをしていた。しかし、リネン類に付いた髪の毛やゴミを拭き取るコロコロクリーナーを持ってくるのを忘れてしまったため、リビングにいる乙音に言った。

「おーい!乙音、コロコロ持って来てくれないかー?」

「……」

「おーい」

「……」


 何も返事がない。


「全く、何をやっているんだ。絶対に聞こえてるはずだろうが」


 俺は仕方なく、リビングへ戻り、コロコロを自分で取りに帰って来た。すると、そこにはリビングの椅子に座って、スマートフォンをいじっている乙音の姿があった。しかも、ビスケットを食べながら……。


「お、お前……」


 俺は握り拳を作って、乙音を見ていた。乙音はやっと俺がやって来ていたことに気がついて、スマホで見ていたツイッターのツイートにファボを押してから、顔を上げて、ビスケットを食べながら言った。


「ぽりぽり」


「ぽりぽりじゃねぇよ!」


「え?総司も食べたいの?」


「ちげぇよ!掃除しろって言ってんだろ!何回言ったら分かるんだ!しかも、ビスケットはやめろ!ゴミが増えるだろ!せめてグミにしろ!何回も言わせるな!グミだ!いいな?」


「え〜。私、ビスケットの方が好きなんだよね〜。てか、掃除終わりそう?」


「お前もやるんだよ!!!」


「総司、この会社入ってからツッコミスキル上がった?」


「そうかもな……まともな人間がいないからな……って」


 俺は時計を見ると、十四時であることに気がついた。実にまずい時刻である。普通であるならば、この時間になっているなら、あとベットメイクをして終わりというのが普通であるのだが、今日の場合、未だにトイレ風呂、シンクがまだ終わっていなかったのだ。それは乙音のせいなのであるが……。


「って、総司、もう十四時だよ。そろそろちゃんとやった方がいいよ」


 乙音は当然のように腹の立つことを言った。


「お前な。それはお前が——」


「もう、仕方ないな〜」


 しかし、俺の言うことを遮って、Tシャツの袖を肩までまくってから席を立ち始めた。


「やっとやる気に……」


「総司は早く、ベットメイクやりなよ」


「お前にそれを言われるのが一番、癪だな」


 乙音はそれに答えることもなく、すぐに水周りへ向かった。俺も乙音に言われた通り、ベッドメイクをするために寝室へ戻った。

 今日、掃除している物件は大型物件だった。大型物件というのは、単純に言えばただ広いという一言に尽きるのであるが、ベッドの数や掃除のしやすさも考慮されるのである。そして、今日の物件は広いだけではなく、ベッド数が三つあるため、一人ではなく、二人でやっていたのだった。

 うちの会社は超ベンチャー起業であり、人数も足らないため普段は基本的に一人でやるのであるが、今日は他の物件の清掃がなく、余裕があったために二人でやっている。そして、今日一緒にやっている乙音は俺の大学の頃の同級生だ。

 彼女は、周りがどんどん大手企業に就職していく中、自分の夢を追いかけていた。夢は映像クリエイターだった。彼女はバイトで稼いだり、個人事務所を作って、自分で仕事を見つけたりして生計を立てていた。この会社には正社員が俺を合わせて、三人程しかいなかったため、代表に「誰か掃除してくれる人いないか」と言われ、乙音をバイトとして紹介したのだった。

 俺は順調にベットメイクを進めていた。入社してから四ヶ月。伊達に掃除をして来たこともあり、コツを掴んでいたため、スピードは確実に上がっていた。

 元々、潔癖症である程に綺麗好きで家を掃除していたこともあったが、それに伴い、仕事で重要となるスピードまでも獲得していたのだった。俺は最後の三つ目のベッドメイクをするために、リビングの横にもう一つある寝室へ入るためにリビングを通った。

 すると、さっきと同じような光景を目にした。乙音がリビングに座ってスマホをいじっていたのである。俺は乙音に話しかけようとした時、先に乙音が喋り出した。


「もう、終わったから。あとは掃除のベッドメイクだけだよ」


「お前……」


 俺は確認のためにトイレ、風呂、シンクなどの水周りを見て回った。その掃除のクオリティーは高く、髪の毛やゴミが落ちていないことはもちろんのこと、まるで新品のように綺麗に全て掃除してあるのであった。俺は再び、リビングに戻ってから乙音に言った。


「お前、相変わらず掃除早すぎるな。しかも綺麗だし。初めからやってくれると本当に助かるんだけどな。あはは!全然面白くない!」


「いいじゃん!やればできる子ってことだよ!」


「ていうか、さすがは映像クリエイター目指してるだけあるよ。凄く綺麗に見えるからな。才能あるんじゃないかな、やっぱり」


「あ、当たり前じゃん!」


 乙音は褒めたことに恥ずかしがりながらも、嬉しそうにして言った。


「総司、あとはベッド一個だけでしょ?写真は私が撮っておくから早くやっちゃって」


「ああ、助かるありがとう。さっきとは別人みたく頼もしいな」


 俺は残り一個のベッドメイクをしに、寝室へ向かった。

 乙音が言っていた写真というのは、掃除した後に撮る「しっかり掃除しましたよ」という証明であり、クレームが来た時に対処する証拠とするために撮るものである。俺は最後のベットメイクを終えて、髪の毛が付いていないかチェックをした。時計を見てみると、時刻は十四時四十五分。


「よっしゃ!間に合ったーー!」


 俺は大きな声で歓喜した後にリビングへ戻った。乙音はまたリビングの椅子に座って、スマホをいじっていた。


「お前な……仕事が早いのはいいけど、それどうにかならないのか?」


「え?」


 乙音は顔を上げず、またツイッターを見て何かのツイートにファボをしてから、顔をやっと上げた。


「じゃあ、もう外行く?」


「はぁ。ああ、行こう。いってもギリギリだからな。椅子に座ってスマホいじってる間にゲストが来ちゃうからな」


「は〜い」


 俺たちは外へ出て、マンションから去った。時刻は三時だった。俺と乙音はまだ昼ご飯を食べていなかったため、どこかで食べようということになっていた。


「なに食べる?」


「そうだなぁ。まぁなんでもいいよー」


「それが一番、困るんだよなぁ」


「え、じゃあ総司は何食べたいの?」


「うーん。わからん。蕎麦とかどう?」


「えー、蕎麦は嫌だなぁ」


「なんでもいいっていっただろ!」


「なんでもいいの中に蕎麦は入ってないんだよなぁ」


「なんだお前。じゃあこれからはなんでもいいの中に蕎麦も入れとけ」


「もっとおしゃれなところにしようよー」


「えー、じゃあもうお前が決めてくれよ」


 そんな会話をしている中、総司の携帯が鳴った。乙音が無言で首を総司の携帯へ遣って、総司は電話に出た。


「あ、もしもしー?こちら代表の堀谷ですけどー」


「あ、はい。代表。どうしたんですか?」


「掃除終わった?終わってたら、ちょっと今から、オフィス来れないかな?任せたいことがあってさー俺、手が離せないんだよねー」


「えー、俺ですか……ていうか近林さんに頼めばいいじゃないですか。あの人、ちゃんと働いてるんですか?」


「あー、近林君は営業で忙しいって言っててさ。だから頼めるの君しかいないんだよね。ね?金は払うからさ。なんたって金はあるからさ、ね?」


「すごく印象悪いですよ代表……。はぁもう分かりましたよ。僕が行くんで任せてください。で、どんな仕事ですか?」


「あー、%$#“せつをして」


「え?はい?よく聞こえないんですけど?」


「プー。プー」


 聞き返したと同時に、代表との連絡は途絶えてしまった。総司は携帯を静かにしまった。


「『プー。プー』じゃねぇよ!」

 その姿を見て乙音は、何かを察したらしい。


「やっぱり総司、ツッコミスキル上がったよね。てか、仕事入っちゃった?」


「うん。悪いけど、また今度行こう。ていうかツッコミスキルとは?」


「そうだねー。今度はなんか休みでもとって普通に遊ぼうよ」


「そうだな。追々連絡する。あ、あとまた手伝ってもらうかもしれん」


「おーけー。じゃ、またね社畜」


「……。お前、今度正式に俺に謝れ。そのあとツイッターで拡散な。よろしく」


 俺は乙音と別れてから、会社のオフィスへ向かった。オフィスは原宿にある。いかにもベンチャー企業といった感じだ。俺は原宿へ向かうために駅へ向かった。今日、掃除した物件は駒込にある物件であったため、駒込駅へ行って山手線で原宿まで向かった。

 

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