第26話 沙也の悩み
問題の相手とは、同じ選択授業で会うくらいで、つい最近まで話したことも無かったそうだ。
相手の名前は
私も沙也と同じ選択授業の美術だったけれど、外見の特徴を聞いてようやく思い出した。
やや地味目の、大人しそうな人だ。雰囲気は柔らかくて優しそうだった。
何度か沙也に話しかけて来たことがある、隣のクラスの女の子だった。
沙也ははじめのころ、どう書いたらいいのかわからなくて……と話しかけてきた彼女に「自分の好きなもの描けばいいんだよ」と愛想よく応じていた。
課題は静物画だったけど、沙也は野菜を持ってきて描いていた。セロリと玉ねぎニンジン。
すると次回から三谷さんも、同じ野菜を持って来たらしい。
気になった沙也だけど、他にも野菜を持って来た人はいるので、よもや真似だとは思わなかったという。セロリを持ってくる子は少なかったので、そこは引っかかったけれど。
……ちなみに私は、りんごを持って来た。
描きやすい形だろうという単純な理由だったけれど、先生にリンゴの細かな表面の模様なんかもしっかり描いてリアルに! と指導され、上手く表現できずに涙目になった記憶がある。赤く塗って終わりにしたかったのに……。
そんなこともあって、野菜や果物系の題材を選んだ人に気が向かなかったのかもしれない。
沙也はデッサンを終えた頃には、先生にとても褒められていた。
芸術的センスのある沙也は、美術の成績はすこぶるいい。むしろ美術の歴史なんかの授業の方が大嫌いだと言っていたのを覚えている。
さてデッサンした後、色を塗る段になった。
その時沙也は、三谷さんが最初は油絵を使おうとしていたのに、自分と同じ水彩絵の具に変えて来たことに気づいた。
あまり真似されるのが好きではない沙也は、色鉛筆に変えた。これなら似た題材でも、同じようには見えないはずだと考えて。
その頃から、三谷さんの話をかわすようになったようだ。
けれど三谷さんは「やっぱり水彩だと綺麗に描けない」と言い出し、同じように色鉛筆に変更したらしい。
かといって、沙也も真似するなとは言いにくい。他にも色鉛筆を使っている人も、水彩を使っている人もいるのだ。
だからパステルという画材まで持ってきて、作品を仕上げた。
するとあちらも、沙也が提出した後にパステルを買って来て「難しいけど挑戦してみて良かった。綺麗にできそう」と自分の友達に言い、褒めてもらっていたようだ。
「こうまでされると気になるでしょ?こっちが嫌がってたのはわかっていたはずなのよ。 でも美術の課題さえ終わればと思ったの」
「それだけあれこれしたらね……」
沙也の意見に私も同意する。さすがにそこまで追いかけられると、何かぞわっとしたものを感じる。しかも普遍的なものの組み合わせだからこそ、沙也がなにか主張しにくい。
「でも、それで終わらなかったのね?」
聞けば、沙也はうなずいた。選択授業だけ我慢すればいいし、次の課題があれば、沙也しかやらないだろうことをするだけだ。
そう決意した沙也なのだけど、廊下で見かけた彼女は、昨日の沙也と同じ髪型。同じピンで横髪を止めていた。
うちの学校は、明るくない色のリボンやシュシュの他に、ピンならちょっと飾りがついているものを着けても何も言われない。
気づいてみると、それが毎日だった。
気味が悪いものの、沙也は自分が毎日変えるから安心して真似しているんだろうと考え、数日同じ髪型で過ごした。
そのうちに傘の色までそっくりなものを使い始めたのを、見てしまったという。
気持ち悪くなった沙也は、なんでこんなに、装飾品や学校の課題まで真似されなきゃいけないの? と疑問に思った。
どうして自分が対象だったんだろう、って。
「まずはお母さんに聞いてみたのよ。そしたら、ちょっと真似されたぐらいで……って」
沙也は一度ぎゅっと唇を引き結んでから続けた。
「私が使ってたものが、羨ましかったんでしょって言うけど。真似するぐらい許してあげればいいじゃないって。憧れられているんだろうから……って」
でも……とうつむく。
「一か所とか一度だけの真似ならわかるよ。でも続いたら許すとかそういう感じじゃなくなっていくじゃない? しかも、真似させてって言われたり、私の真似をしたんだって言うんじゃないもの」
「あ、わかる」
沙也の言いたいことは私も感じられた。
沙也も「可愛いから久住さんの真似してみた」と人に言っているのなら、多少微妙な気はしてもこんな風には悩まないだろう。
何も言っていないけれど、巧妙に自分が考えたものとして主張してるみたいで、嫌になるんだ。
「真似させてほしい時は、真似したいって言うべきだと思うし。だって相手は近くにいるわけで、服やお化粧品の広告塔でもある芸能人を真似するのとは違うもの。なんだろう、成り代わりたい……て感じ?」
口に出して、私は自分の言葉に背筋がざわっとした。
本当に成り代わりたいってことだったら? 少しずつ真似して行って、沙也こそが真似しているのだと主張できるようにしていったら。
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