第五話 柚月を救うために

「なるほどねぇ。そういう事だったのか」


「はい……」


 朧から話を聞いた虎徹。

 これで、二人に何があったのか、理解したようで、納得したらしい。

 だが、朧は、未だ、暗い表情を浮かべている。

 柚月が、捕らえられてしまい、監視は強化されている。

 今の朧では、どうすることもできないのだ。

 無理もないだろう。


「しかし、神聖山に妖が眠ってたなんてな。だが、普通の妖では、なさそうだな」


「俺も、そう思います。あの子は、もしかしたら、光の神の眷属なのではないでしょうか……」


 虎徹も、あの少年が普通の妖ではないと推測しているようだ。 

 神聖山で眠っていたという点が大きいのだろう。

 それも、鳳城家が、幻の術で、視界から消していたのだ。

 番人も、彼を守っていた。

 となれば、彼が、凶悪な妖だとは到底思えないし、普通の妖とも違うであろう。

 朧も、同じことを思っているようだ。

 もしかしたら、光の神の眷属なのではないかと。


「かもしれんし、そうでもないかもしれん。俺には、さっぱりだがな」


 彼のことに関しては、虎徹も、詳細を知っているわけではなさそうだ。

 当然であろう。

 この事は、鳳城家の当主のみに伝えられてきたのだから。

 朧でさえも、知らなかったことだ。

 となれば、虎徹も知らされていないであろう。

 本当に、あの少年は、何者なのだろうか。

 朧も、虎徹も、少年に対して、謎が深まるばかりであった。


「師匠、兄さんは……」


「牢に閉じ込められてる。どこかは、わからんが、おそらく、本堂の地下牢だろうな」


「確かに、そこしかなさそうですね」


 気になるのは、少年だけではない。

 柚月の事もだ。

 柚月は、今、どこにいるのか。 

 どうしているのか、わからない。

 虎徹も知らないようだ。

 おそらく、詳細を知っているのは、ごく一部の人間の身なのであろう。

 となれば、勝吏や月読も知らされていない可能性がある。

 そのため、柚月は、本堂の地下牢に閉じ込められているのではないかと推測するしかなかった。


「じゃあ、あの子は……あの妖は……」


「その少年も、同じ地下牢だ。さっき、見てきた」


「見てきたんですか!?」


 少年についても、尋ねる朧。

 すると、虎徹は、予想外の言葉を口にする。

 なんと、虎徹は、その少年を見てきたというのだ。

 これには、さすがの朧も、あっけにとられ、口を開けて、目を丸くさせている。

 思いもよらなかったからだ。

 虎徹が、少年の様子を見に行ってきたとは。

 それも、この緊迫した状況の中で。


「そうだ」


「まさか、その恰好で」


「そうだが、問題だったか?」


 虎徹は、あっけらかんとした様子で答える。

 朧は、半信半疑で、一般隊士に成りすまして地下牢に行ったのかと尋ねるとこれまた、あっけらかんとした様子で虎徹は、答え、問題でもあったかと尋ねる。 

 どう考えても、問題だろう。

 今、自分達の行動は静居によって制限されている。

 特に、柚月や朧、そして、武官たちは監視がついているほどだ。

 虎徹だって例外はないはず。 

 その監視を潜り抜け、少年の様子を見に行くなど、普通ならできない事だ。

 それを虎徹は、やってのけたというのだ。

 朧は、虎徹の事をある意味恐ろしく感じていた。 


「いえ、気付かれなかったんですか?」


「気付いてただろうな。けど、見逃してくれたようだ」


「そう、でしたか……」


 虎徹の問いを否定する朧。

 もちろん、問題なのだが、それは、あえて言わなかった。

 その代りに、朧は、虎徹に問いかける。

 隊士達に気付かれなかったのかと。

 おそらく、地下牢の警備をしているのは、警護隊だ。

 彼らは、実力もあり先鋭部隊である。

 しかも、虎徹は、彼らの武官だ。

 隊士達は、虎徹の事を見抜いている可能性がある。

 虎徹も、その事には気付いていたようだ。

 だが、誰も、虎徹の事を問いかける事も、咎めようともしなかった。

 今の静居の事を快く思っていないのか、あるいは、武官である虎徹を問いただすのは、心苦しかったか、どちらかだろう。

 それにしたって、虎徹は、自由気まますぎる。

 朧は、内心、あきれていた。


「お前さんの言う通り、あいつは、ただの妖じゃない。俺達に近い力を感じたからな」


「やっぱり……」


 少年を間近で見た虎徹は、彼はただ者ではないとはっきりと感じたようだ。

 それも、自分達に近い力、つまり、聖印の力を持っているらしい。

 虎徹の話を聞いた朧は、確信した。

 少年は、普通の妖ではないと。


「ちなみに、俺でも、奥は通してくれなかった。おそらく、そこに……」


「兄さんがいる」


「そういう事だ」


 虎徹は、奥へと進んだらしいが、隊士達に止められてしまったようだ。

 もちろん、隊士達は、突然、訪れた隊士は、虎徹だという事は見抜いているらしい。

 それでも、虎徹は、通してもらえなかったようだ。

 その奥は、極悪人を閉じ込める牢。

 虎徹は、そこに柚月が閉じ込められていると踏んでいたのだが、隊士達に止められ、確信を得たようだ。

 柚月は、地下牢の奥にいるのだと。


「で、どうする?柚月を助けに行くか?」


「もちろんです!このまま、見殺しにするつもりはありません」


 虎徹は、柚月を救出しに行くか尋ねるが、それは、愚問だ。

 朧が、柚月を見殺しにするはずがない。

 今すぐにでも向かいたいところだ。

 柚月を助けに行けると確信した朧は、希望を取り戻したかのように、うなずいていた。


「お前さんなら、そう言うと思ったよ」


 もちろん、虎徹も、朧は、柚月を助けに行くであろうと確信していたようだ。

 虎徹は、石からある物を出す。

 それは、顔まで隠れるくらいの布、それと、一般隊士用の装束であった。


「こ、これは……」


「何って、変装だけど?その状態じゃあ、目立つだろ?」


「確かに……」


 虎徹は、変装用の衣装を持っていたようだ。

 朧が、今の格好で出歩けば、気付かれてしまう。

 それも、朧の髪の色は銀。

 安城家と同じ神の色だ。

 幸い、朧は、まだ、安城家の血が入っているとは気付かれていないため、何の弊害もなく、聖印京で暮らすことが、できてはいるが、今の状態では、目立ってしまうだろう。

 そのため、虎徹は、布を用意してくれたようだ。

 もちろん、顔も隠すためではあるが。


「あと、これもだ。お前さんには必要だろ?」


「明枇……それに、紅椿も……」


 虎徹は、石から二振りの刀を取り出す。

 それは、九十九の愛刀である妖刀・明枇と椿の愛刀・紅椿だ。

 この二振りの刀は、今は、朧の大事な愛刀だ。

 いなくなってしまった二人の形見でもある。

 虎徹は、朧の事を気遣ってくれたようだ。

 朧は、それをありがたく感じていた。


「ありがとうございます。師匠」


 朧は、虎徹に感謝した。

 これで、柚月を救いに行けると。

 その後、朧は、すぐさま、虎徹が用意してくれた衣装に着替え、明枇と紅椿を腰に下げる。

 今の朧は、一般隊士も同然。

 布を深くかぶれば、目の前にいる男が、朧だとは気付かれにくいだろう。

 たとえ、朧だと気付かれても、虎徹がいてくれる。

 その場をしのぐことはできるであろう。

 これで、準備万端だ。


「それじゃあ、行くぞ」


「はい!」


 虎徹は、朧を連れて、部屋から出た。

 柚月を救出しに行くために。



 柚月は、朧と虎徹の読み通り、本堂の地下牢に閉じ込められている。

 それも、極悪人を収容する牢に。

 だが、そこから聞こえてきたのは、柚月のうめき声と、殴られている音であった。


「うっ!ぐっ!」


 柚月は、二人の隊士に殴られている。

 それも、体を縄で縛られた状態でだ。

 容赦なく、何度も何度も。

 ようやく、柚月は、解放され、床に倒れ込む。

 二人の隊士は、息を切らし、体を震わせていた。


「も、申し訳ございません!柚月様!」


「軍師様のご命令で……」


 隊士達は、涙声で、柚月に謝罪する。

 本当は、彼を殴りたくなかったのであろう。

 柚月が、大罪を犯したなどとは、思っていない。

 静居の事を信用していないのだ。

 だが、静居は、そんな隊士達に向けて、柚月に真実を吐かせるように拷問を命じていた。

 隊士達は、それを拒否したいところであったが、静居の命令は、絶対だ。

 もし、命令にそむけば、自分達も、牢獄行となるだろう。

 隊士達は、止むおえず、柚月を殴っていたのだ。

 床に倒れ込んだ柚月は、荒い呼吸を繰り返し、体中はあざだらけであり、口からは血が出ている。

 相当、殴られたのだろう。

 だが、柚月は、彼らを責めようとはしなかった。


「いい、気にするな……」


「申し訳ございません……」


 柚月もわかっていたのだ。

 隊士達は、強制的に殴らされていたのだと。

 それでも、柚月は、口を割るつもりなどはなかった。

 自分のしてきたことは間違ってはいないと確信していたからだ。

 柚月は、隊士達を責めなかったが、隊士達にとっては、心苦しかったのであろう。

 涙を流して、頭を下げ、牢から出た。


「部下に、拷問させるとは、悪趣味な男だな……。それとも……」


 柚月は、静居に対して、嫌悪感を露わにした。

 強制的に、拷問をさせるというのが、気に食わないのだ。

 静居は、自分達も含めて、聖印京にいる人間の事を駒としか、思っていないのだろう。

 盲目的に信じてきた男が、卑劣な人間だったことに気付いた柚月は、愕然としていた。

 しかし、自分が拷問を受けたのは、何らかのたくらみがあるのではないかと柚月は、推測していた。


「抵抗させないように、かもしれないな。処刑の時は近づいているという事か……」


 柚月は、悟っていた。

 自分は、処刑されるのであろう。

 そして、その時は、近づいているのであろうと。

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