第一話 牢獄と化した聖印京

 静居が、神となると宣言してから、全てが、変わった。

 静居は、新しい掟を作り上げたのだ。

 人々を支配するために。

 任務以外、聖印京から出る事を禁じた。

 聖印京を出るには、静居の許可が必要となる。

 だが、静居から許可をもらうのは、容易ではないだろう。

 事実上、聖印京から出られなくなってしまったのだ。

 そして、外部の人間が、聖印京に入る事も禁止されてしまった。

 だが、静居が定めた掟は、これだけではない。

 共に、暮らしてきた妖を自分の元に集めよと命じたのだ。

 そんな身勝手な掟があるだろうか。

 納得いくはずがない。

 反論する者が多かったのだが、逆らったものは、処罰されてしまった。

 隊士の手によって。

 それゆえに、人々は、家族同然で共に暮らしていた妖を手放すしか生き延びる方法は、無かったのだ。

 捕らえられた妖達は、意識を封じられて、静居の手によって使役させられている。

 まるで、道具のように。

 静居は、隊士達には、人々の動きを監視せよと命じた。

 そして、逆らったものは、容赦なく処罰せよと。

 聖印一族も、一般隊士達も、街の人々も、静居に逆らう事は許されず、静居を神とあがめるしかなかった。

 隊士達に課せられた任務は、妖を生け捕りにすること、都の人々の監視と酷な仕事であった。

 柚月と朧は間違っていると異を唱えようとしたが、他の仲間達は静居に従うべきだと二人を説得し、二人は、今まで、静居の命令に従ってきたのだ。

 それが、どんなに苦痛でも。

 だが、ただ、従っているわけではない。

 柚月も、朧も、妖を生け捕りにしたことは一度もない。

 失敗したことにして、見逃してきたのだ。

 隊士達も、その事は知ってはいたが、柚月も、朧も、妖を捕らえる事に成功したと虚偽の報告をし、静居を欺けてきたのであった。



 任務から、帰還した柚月と朧は、離れにたどり着く。

 柚月と朧は、部屋に入り、深いため息をついた。

 静居の支配から解放されたような気がして。


「やっと、終わったな。任務」


「ああ」


「任務とは、言えないが」


「うん」


 柚月と朧は、妖を生け捕りにするのは、任務だとは思っていない。

 いや、聖印一族としては、恥ずべきことなのだろう。

 理由もなしに、妖を捕らえる事は。

 だからこそ、彼らは、任務だとは思っていなかった。

 朧は、部屋から出て、外を見回している。

 異変を探るかのように。


「朧、外の様子は、どうだ?」


「うん、見張られてる。監視させられてるみたいだ」


「そうか……」


 柚月と朧は、離れに入ったのだが、外では、二人の隊士が、柚月と朧を見張っている。

 おそらく、静居の命令なのだろう。

 自分達を監視するようにと。

 これで、柚月と朧は、聖印京の外に出る事は、不可能となってしまったのだ。

 静居は、自分達が、光の神から和ノ国を救うことを命じられたことを知っているのであろうか。

 あるいは、危険視されているのかもしれない。

 なぜなら、自分達は、静居に殺されかけたのだから。


「皆、軍師様に従ってるけど……」


「強制的にといったほうがいいだろうな」


「これじゃあ、牢獄じゃないか」


 二人は、監視は、されているとはいえど、行動を制限されているわけではない。

 隊士達も、今の現状を受け入れているわけではない。

 それゆえに、柚月と朧の会話は、隊士達に筒抜け状態であっても、隊士達が、静居に報告することはなかった。

 そのため、柚月と朧は、隊士達が自分達を見張っていようと、静居に対して、反論の意を述べていたのであった。

 今の聖印京は、牢獄のようだと。

 そう、思った理由は、全員が、自由を奪われたからだ。

 人々も、妖も、そして、自分達、聖印一族も。

 柚月と朧は、家族である勝吏や月読に会うことさえも、難しくなってしまった。


「ここを抜け出したいけど……」


「今は、難しいかもしれないな」


「うん」


 柚月と朧は、今すぐにでも、この聖印京を抜け出したいが、それは、至難の業であろう。

 何もできず、ただ、静居に従うしかない自分達を情けないと感じ、歯がゆく思った。

 光の神に、和ノ国を託されたというのに。


「でも、光の神は、三種の神器が必要だって言ってたけど、何に使うんだろうな」


「集める事で、何かが起きる可能性もあるし、それぞれが、何らかの効果がある可能性はあるな」


 柚月と朧は、光の神から、あることを託されていた。

 それは、三種の神器を集める事だ。

 その三種の神器とは、かつて、光の神が、作ったとされる道具であり、和ノ国を守るの重要な物だという。

 その三種の神器とは、草薙の剣くさなぎのつるぎ八咫鏡やたのかがみ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまというものであった。

 これらをどうやって使用するかまでは、聞かされていないが、おそらく、黄泉の神に対抗するものなのだろう。


「草薙の剣は天にあり、八咫鏡は泉にあり、八尺瓊勾玉は桜にあり、か。どういう意味だと思う?兄さん」


「……おそらく、聖水の泉と千年桜が関係しているのかもしれないな」


「確かに、聖水の泉も千年桜も、神様が宿っているって言う話だったな……」


 朧は、柚月に問いかける。

 光の神は、二人に、謎めいた言葉を残したのだ。 

 それが、朧が、呟いた言葉であった。

 柚月が、言うには、神に関する言葉なのだろうというのだ。

 泉は、聖水の泉、桜は、千年桜の事を示しているのではないかと。

 聖水の泉も千年桜も、神が宿っていると言われていた。

 ゆえに、この八咫鏡と八尺瓊勾玉は、聖水の泉と千年桜と関係していると予想したのだろう。


「もしかして、瑠璃と綾姫様は……」


「八咫鏡と八尺瓊勾玉を探してる可能性もあるな」


 朧は、あることに気付く。

 それは、瑠璃と綾姫の事だ。

 瑠璃は、千年桜の核を所持しており、綾姫は、聖水の泉で、神と心を通わせることができる。

 ゆえに、彼女達は、八咫鏡と八尺瓊勾玉を探しているのではないかと考えたようだ。

 柘榴達と別行動となったのは、それに、関係しているように朧は、思えた。


「後は、草薙の剣だな……」


「ああ……」


 八咫鏡と八尺瓊勾玉に関しては解読できた柚月と朧であったが、草薙の剣に関することだけは、どうしても、解読できなかった。

 なぜなら、天と言うのは、空の神のことで間違いないようなのだが、空の神の事に関しては、柚月も朧も、知らないのだ。

 空の神が宿っているとされている場所に心当たりがない。

 それゆえに、草薙の剣を探す方法を見つけられていなかった。


「だが、どれも、手に入れることは、難しいだろうな」


「うん」


 たとえ、空の神に関することがわかったとしても、この三種の神器を探すことは、容易ではないだろう。

 綾姫も瑠璃も、行方は、わからずじまいだ。

 そして、柘榴達も。

 だが、柚月と朧は、行き詰ったわけではない。

 なぜなら、光の神は、もう一つ、二人にあることを託していたからであった。


「となると、まずは……」


「光の神の封印を解くしかないな」


 光の神が、二人に託していたこととは、光の神の封印を解くことだ。

 光の神は、千年前に、封印されてしまったという。

 そのため、光の神の復活は、和ノ国を救うのに重大だ。

 柚月と朧は、まず、光の神の封印を解くことから、始めることにした。


「けど、光の神は、どこにいるんだ?」


「おそらく、神聖山しんせいざんだろう」


「しんせいざん?」


 しかし、光の神が、どこに封印されているかは、朧は知らない。

 すると、柚月は、神聖山と言うところに封印されているのではないかと、推測する。

 朧は、その神聖山の名を聞いたことがないらしく、柚月に尋ねた。


「鳳城家の当初のみに伝わる話だ。黄泉の神は、光の神を神聖山に封印したという逸話があるらしい。俺も、父上から聞かされたことがあるんだ」


「じゃあ、そこに行くしかないか」


「そうだな」


 柚月は、勝吏から、神聖山について聞かされたことがあったのだ。

 鳳城家の当主のみに伝えられてきたらしい。

 柚月は、当主候補であったにも関わらず、勝吏が、話したようだ。

 それは、うっかり口を滑らせたというわけではない。

 月読の教育方針のようだ。

 月読は、柚月は、必ず、鳳城家の当主となると確信を得ていたらしく、当主の身に伝わる話を柚月に話すよう、勝吏に説得したとか。

 今となっては、良かった事なのであろう。

 なぜなら、今の状態では、勝吏から聞くことは、至難の業だ。

 そのため、柚月は、月読に感謝していた。

 光の神と神聖山の関係について聞いた朧は、先に、神聖山に向かうしかないと考えたようだ。

 柚月も、同じことを思っていた。


「子の刻に、出るぞ。いいな?」


「うん」


 決行は、今日の子の刻。

 人々が、寝静まっている中、聖印京に出るらしい。

 深夜は、警備が、手薄になる。

 監視も、妖にさせているため、うまくいけば、見つからずに、外に出る事は可能であろう。

 柚月と朧は、それまで、待機することにした。



 子の刻になり、柚月と朧は、離れから、裏門へと進む。

 幸い、監視している隊士や、妖達には、見つからず、裏門まで、たどり着いた。

 もちろん、裏門の前にも、妖が待機している。

 だが、朧が、術で妖を眠らせ、その隙に、柚月と朧は、裏門を潜り抜けて、聖印京の外に出る事に成功した。


「うまくいったね、兄さん」


「ああ」


 運よく、外に出られた二人は、静かに喜ぶ。

 これで、神聖山に行くことができるであろう。


「だが、問題は、ここからだぞ」


「そうだった」


 問題は、本当に、ここからだ。

 静居達は、自分達の行動を見抜いている節がある。

 そのため、安心してなどいられない。

 隊士達を向かわせ、自分達を捕らえてくる可能性もあるだろう。

 そうなる前に、すぐに、神聖山に向かう必要があった。


「行くぞ、朧」


「うん」


 柚月と朧は、急いで、神聖山に向かった。

 光の神を復活させるために。

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