パンサーアイ 失敗国家の悪夢

ペンネーム梨圭

第1話 異変

 アルビノの少女は海岸でしゃがんだ。

 そこに直径十センチ程の虹色の綿毛が転がっている。彼女は手を伸ばした。

 「王女様!触ってはいけません」

 鋭い声が聞こえてあわてて手を引っ込める少女。

 「アナベル様。勝手に王宮を出てはいけません。まだ勉強は終ってません」

 初老の黒人は注意する。

 「ヴィド。ごめん。さぼっちゃった」

 アナベルと呼ばれた少女はニコッと笑う。

 ヴィドは王宮に仕える執事であり家庭教師でもある。

 「これは何?」

 綿毛を指をさすアナベル。

 「あれは時空の亀裂の破片です。あれは綿毛ではなくて時空の異変の一部で時間の流れが違う」

 ヴィドは説明した。

 「そうなんだ。白いイルカを見たし、白いカラスを見たの。心霊スポットに出て来そうな丸い玉をいくつか見ている」

 おぼろげながら思い出すアナベル。

 なんというか自分には小さい頃からそのオープや白いワシや森では白いヒョウを見た事がある。ふと見るとそこにいるのだ。たぶん自分がアルビノである事も影響しているかもしれない。

 「王女様には時空のひずみが見えるのですね。お姉さまはオープが見える程度なんですがあなた様は強い能力を持っている」

 笑みを浮かべるヴィド。

 「小さい頃からどれがマシンミュータントでないかそうであるか見えるし、時空の亀裂のようなものが見えるの」

 アナベルは遠い目で見る。

 「時空の亀裂が普通に見えるのはすばらしい能力です。上級の魔術師や呪術師であってもよほど訓練しなければ感知できません。邪神ハンターにもできない能力があるのです。それは誇っていいのです」

 言い聞かせるヴィド。

 アナベルはうなづく。

 二人は海岸から離れた。 

「日本では特命チームが結成されたのを知っている。南太平洋に出現したカメレオンの巣を破壊した。アフリカでも同じ事が起こるのかな?」

アナベルは口を開いた。 

 特命チームは歴史上何度も結成されている。古代エジプト時代から国や民族、種族を超えて危機を救っている。原因は時空侵略者である。それが中国政府に侵入しているという。名前はサブ・サン。一一〇年前にやってきたが特命チームの活躍で自分のタイムラインがなくなってやもなく自分の世界に戻った彼らはまたやってきた。しかもカメレオンというエイリアンを連れて。彼らの口車に乗せられた中国は日本の先島諸島にカメレオンと一緒に侵攻。自衛隊は特命チームと一緒に彼らと中国軍を追い出した。カメレオンが南シナ海に出没しているのは知っている。南シナ海には中国軍の基地がある。アフリカにも中国資本は進出しているし、中国軍はアフリカ大陸の近海にも出没している。自分としては土足でこのサルインには来てほしくないと思っているが外交や政治で来きて国益になるとしたらそれはしかたがないかもしれない。

 二人を乗せた車は住宅街から都市部に入った。近代的なビルが立ち並ぶ。

 サルイン共和国はアフリカの西海岸にある。立憲君主制だが君臨はすれども統治はしていない。大統領もいるし議会もある。

 東部には標高一二〇〇メートル以上の山地が広がり、地形は全般に東の高地から西の低地へと傾斜しており、もっとも標高の低い西端地域では標高一五〇メートル程度にまで高度が下がる。降水量は標高とほぼ比例し、東部は年間降水量が一九〇〇ミリにのぼる地域があるのに対し、西部の雨量は五〇〇ミリ程度にすぎない。

 東部のは雨量が多く、植林が進められている地域である。中部は穀物栽培と畜産が行われ、降水量の少ない西部のは牧草地となっており、牧畜が盛んである。

 国自体の起伏が激しい上に降水量が多いため、植生が豊かで風景は変化に富んでいる。国土には四つの大きな河川が流れ、国土を潤していた。

 私はアナベル・ウイルマ・ルース・べネディクト。十六歳。成人の儀式は受けて学校も行くけど社会人として公務もしている。サルインでは成人の儀式を受ければ社会人として働きに出る。

 「私としてはそんな事は起こらないように祈ります」

 運転しながら言うヴィド。

 首都のセントラルプライム郊外にある王立研究所に入った。研究所の隣りに王宮がある。

 車を降りるなり研究所に入るアナベル。

 それを追いかけるヴィド。

 研究所にはTフォース支部と魔術師協会のセントラルプライム支部が置かれている。部屋に二人のミュータントがいた。どちらも皮膚はサイバネティックスーツで片方は背丈は一七〇センチでもう片方はクジラやイルカのように光沢があり藍色で背丈は二五〇センチである。

 「エンリコ。フィン。パトロール行こう」

 アナベルは誘った。

 「学校は?」

 フィンと呼ばれた少女が聞いた。

 「海か山か?」

 ぶっきらぼうに聞くエンリコ。

 「海」

 アナベルは答えた。

 フィンもエンリコもただのミュータントではない。フィンはオルビスやリンガムと同じような種族でエンリコは異世界から迷い込んできたエイリアンである。

 フィンは四十年前にやってきた。祖父は葛城茂長官と一緒に時空の異変を調査している時に海岸で拾った。葛城茂長官とは十三年前の異変のさいにもサルインに来て祖父と調査していた。葛城茂長官のひ孫がいるのも知っているし特命チームメンバーに入っている。

 エンリコのいた惑星はクジラ、シャチ、イルカ、サメといった海洋生物が進化して文明を築いている。地球よりも一〇〇年進んだ科学を持ち、宇宙船は恒星間移動をしているという。男女共にスキンヘッドで体格も男性的で尻尾がある。尻尾は二股の尾びれがあり、背丈も二五〇センチ前後なのだという。そしてオルビスと同じような少数種族と共存している。特に時空侵略者や彼らが連れてきた生命体と戦うための部隊は存在する。志願者で構成されていて「血の杯」と呼ばれる儀式を得て隊員になる。儀式はオルビスと同じような種族の青い潤滑油を彼らの血を杯にいれて飲み交わす。青い潤滑油を飲めば、激しい融合を起こして骨は金属骨格になり、皮膚はサイバネティックスーツに変わり、心臓も臓器も人工機械になってしまう。エンリコはそういった儀式を得て配属されていたがある日、時空の異変を伴う嵐に巻き込まれて気がついたら川辺に打ち上げられ、祖父によって助けられ現在に至る。

「お父様に言ってもいいよ。私はどうして白い動物やオープが頻繁に目撃されるのかを知りたいから行くの。ルワンダでは白いマウンテンゴリラが目撃され、サバンナでは白いキリンが、南太平洋の異変では白いフクロウが何羽も特命チームに警告してきた。だから調べるの」

アナベルは当然のように言う。

「では船をチャーターしなければなりませんね」

しれっとヴィドは言った。


一時間後。港から中型プレジャーボートが離岸して防波堤を超えて沖合いに出た。

「エンリコ。海で泳いでもいいよ」

甲板から身を乗り出すアナベル。

「遠慮する」

エンリコは周囲を見回す。半そでの服から藍色の皮膚と流線型のクジラ類特有の特徴がみえている。胸から腹部にかけてクジラには幾筋もの溝があるように彼にも胸から臀部にかけてあった。彼の場合、「血の杯」という儀式で青い潤滑油を飲んで融合の苦痛を得て皮膚はサイバネティックスーツに変わり内臓や心臓は人工機器に血管も人工物になっている。だから戦闘時は鎧がアメフト選手のプロテクターのようにに覆い、背丈も三メートルになるのだ。

ヴィドは船長や数人の乗員に指示を出す。

アナベルはふと見ると白い背びれが波間に見えた。背びれはイルカだった。

「本当に真っ白だ」

ヴィドとフィンは声をそろえる。

イルカは三頭で三頭とも白いのだ。

ヴィドはデジカメを出した。

「不審船接近」

フィンが声を上げた。

「え?」

「誰が不審船だよ」

接近してくる三隻の大型巡視船。船橋の窓に二つの光が灯る。船体に中国語で「中国海警」と書かれていた。

「ここはサルインの領海ですぞ。政府の許可は得ているのですか?」

ヴィドが船橋から出てきた。

「そうだっけ?知らなかった」

二隻の三千トン型海警船がわざと言う。

「珍しいですね黒人でアルビノは。アナベル王女。会えて光栄です」

五千トン型海警船が声をかける。

「許可はもらってないでしょ?なんでいるんですか?名前は?」

鋭い質問をするアナベル。

黙ってしまう三隻。

「我々は海賊対策で来ただけだ。邪魔するなら拿捕する」

五千トン型海警船が二対の錨を出した。

エンリコとフィンは片腕をバルカン砲に変えた。

ヴィドは長剣を抜いた。

「人間とミュータントが勝てるのか?」

三隻の海警船は中国語でバカにする。

「サルイン沿岸警備隊である。そこの不審船。領海から出て行ってもらう」

テレポートしてくる大型巡視船と中型巡視船と二隻の小型巡視船二隻。

「げっ!!なんでサルインに海上保安庁の巡視船が一隻いる?」

五千トン型海警船が驚きの声を上げる。

「俺か?海賊対策と不審船対策で二年前に日本から派遣されたんだ。名前は香川雄男」

海保の大型巡視船は名乗った。船名は「つがる」と書かれていた。

「日本政府と海上保安庁から各国の沿岸警備隊には中国の海警船に気をつけろという警告書が来ている。だから警備していたんだ。おまえが金流芯で馬可西と馬何進だろ」

指摘する二千トン型巡視船。船名は「サーグ」と書かれ船首に赤いラインとサルインの紋章が描かれていた。

「名前は?」

声を低める金流芯。

「ギルムだ。ここから出て行ってもらう」

声を荒げる巡視船「サーグ」

舌打ちする海警船。

「まさか海保の巡視船がいたなんてな。出て行ってやるよ。これで済むと思うなよ」

捨てセリフを吐くと金流芯達は去っていった。


三十分後。沿岸警備隊本部。

「日本人って初めて見る」

香川と女性の海上保安官を見て笑みを浮かべるアナベル。

外国人も欧米人ばっかりで日本人観光客はあまり見ない。

「海江田麻里です」

女性保安官は名乗った。

「司令官のセードです。アナベル様。あまり外洋に出ると危険です。穏やかであっても海は変わりやすい」

セード司令官は声を低める。

「私は白い動物や精霊がなんで頻繁に出てくるのか疑問に思っています。南太平洋の異変ではパラオという国に白いフクロウが何羽も現れた。南シナ海では東南アジアで白い動物が何体も現れ、日本では白い鯉が現れた。最近ではルワンダで白色のマウンテンゴリラやケニアでは白いライオンと白いキリン。異変は確実に起こっています。虹色の綿毛が海岸に浮いてました」

アナベルは真剣な顔で説明する。

「それだけでは確実に起こっているとは言い切れない」

セード司令官が言いよどむ。

「日本でもそうだったけど時空の亀裂が見えるならそれを利用とする国がある。日本の場合はそれが中国だった」

香川は口を開いた。

「葛城翔太さんと智仁さまが時空の亀裂が見えている。みんなアジアと太平洋ばっかに異変が起こると見ているけどアフリカ大陸だけ時空の異変が起こらないなんてあるわけがありません」

アナベルは食い下がる。

「アフリカのどこかに国にサブ・サンの部下が侵入したのかもしれない」

香川が腕を組む。

「侵入すれば海警船がその海域にうろつきはじめて、カメレオンも現われる。金流芯達は中国軍の指令で動いている。やり方は中国企業を使って資本を提供する。そしておかしな行動を取り始める」

香川が地図を指さしながら説明する。

「なるほど。だからこの沿岸に中国の貨物船が増えて海警船まで現われたのか」

納得するセード司令官。

「次は中国軍がやってくるとか?」

ギルムがわりこむ。

「たいがい、海警船は中国軍とセットでいる。よくいる奴がこいつ。空母「遼寧」とイージス艦「蘭州」は空母「波王」のパシリだ」

香川が写真を出した。

「それは興味深い」

太い声がわりこむ。

部下達が敬礼をする。

「お父様」

アナベルが振り向く。

黙ったままのヴィドとエンリコ、フィン。

「フェデリコ陛下」

セードとギルムが席を立つ。

「楽にしていい。私も気になっていた」

席につくフェデリコ。

「え?」

「隣国のガボンやコンゴ共和国、シエラレオネ、リベリア、ガーナ、南アフリカでも海警船と中国軍の軍艦が現われ、その次にカメレオンが現われる。ソマリアではこの魔物が目撃されダダーブ難民キャンプはこの魔物のせいで閉鎖になった。このままでは日本や南太平洋と同じ事が起こるだろう」

フェデリコは声を低めた。

「ですが海警船が出現しただけなので証拠がありません」

セードが答える。

「私も大統領とも話し合って警戒を怠らないように進言したが「パンサーアイ」の召集をアフリカ諸国会議に要請する」

フェデリコは何か決心したように言う。

どよめく隊員達。

「私は公務があるので失礼する」

フェデリコは腕時計を見ると退室した。

「パンサーアイ?」

海江田と香川が口をそろえる。

「あれって幻じゃなかったの?」

アナベルが首をかしげる。

「いいえ。幻ではありません。召集されるのは半世紀ぶりです」

セードは思い口を開く。

「発案はコンフェル一世と葛城茂元長官です。五三年前の会議で「パンサーアイ」が召集され、集まったのは一〇〇人です。ボツワナの平原に現われた時空の亀裂をふさぎに行った。ただそれだけではなく異世界の偵察兵や部隊が現われたのでそれを壊滅させて閉じました」

セードはパソコンを立ち上げて集合写真や平原に現われた時空の亀裂の写真を見せる。

「この女性二人は氷川丸と第五福竜丸だ」

あっと声を上げる香川。

「これって福竜丸の第38分隊のメンバーじゃない。健在だった頃は五〇人いたのね」

指摘する海江田。

「この二つの写真ください」

香川がたずねる。

「構わない」

うなづくセード。

「でも中国資本がどんどん入っているアフリカの国ってどこ?」

首をかしげるアナベル。

「サルインではそういうのは聞かない。隣国でも聞かないし、内陸国かもしれない」

ヴィドは腕を組む。

「港には中国の貨物船が来る。なら荷揚げした荷物の大半はどこへ?」

香川がうーんとうなる。

「物流センターがあるならそこにいったん集められてどこかに行く」

海江田は地図を出した。

「私も一緒に混ぜて」

目を輝かせるアナベル。

「無理ですね」

セードは首を振る。

「なんで?」

アナベルが聞いた。

「アルビノ狩りとミュータント狩りが出没しているからです。中国船がやってくる港に他国からやってきている傭兵や違法なハンターがうろついているらしい」

セードは地図の航路を指でなぞりながら説明した。

「警察の力を借りないといけないし、偵察をするなら空軍の力を借りないといけない」

香川が提案する。

「時空の異変を感じられるのは私だけよ。エンリコとフィンと一緒に行くなら協力しますけどいいでしょ」

真顔でわりこむアナベル。

「ギルムと香川保安官と海江田保安官はアナベル様と一緒に警察と協力をお願いしたい」

セードはため息をついた。

「もちろんそのつもりで日本から来ている」

香川、海江田は真剣な顔になる。

深くうなづくギリム。

「私は警察署と国防省に連絡しておく」

セードは言った。



セントラルプライム三十四署

香川は周囲を見回した。

ここは繁華街にある警察署である。首都全体を管轄している。日本でいうと東京にある警視庁のような場所だ。繁華街にはまだ少ないが日本食レストランもある。日本食が懐かしくなったら食べに行く。ここに来て二年になる。日本から海賊対策でサルインに相棒を組んでいる海江田と一緒に来た。

俺は香川雄男。三十五歳。

ここに来たのは海賊対策もあるがカメレオンの動向と中国海警船の偵察である。海警船は中国船がいる所に出没する。当然、彼らが来ると中国資本がガンガン入ってくる。入るだけならマシだが時空遺物や時空の亀裂が見える能力者を狙って違法なハンターがウロつきはじめる。テロリストやイスラム過激派よりも性質が悪い。カメレオンの卵をそこに持ち込む。卵が持ち込まれれば巣穴が造られる。造られてしまえばテラフォーミングが始まりそこには生命は生存不可能な世界になる。その兆候があれば報告するのが任務である。はっきり言うとやっている事はスパイと変わらない。

署内に入るアナベル、ヴィド、エンリコ、フィン、ギルム、香川、海江田。

「アナベル様ですね。あなた方の事はセード司令官から聞きました」

ロビーに近づく髪を結った女性。

振り向くアナベル達。

「私は魔物対策課のカルルです」

女性刑事は警察手帳を見せた。

「事件にまだなってないから無理ないわ」

海江田がため息をつく。

「まだ証拠もつかめてません。案内します」

カルルは言った。

彼らはエレベータに乗り十三階のフロアに入った。

「魔物対策課にはTフォースや魔術師協会からハンターが出向していますし、税関からも鑑定士が来ていますので情報が集まっていればいいのですが」

困った顔をするカルル。

「課長のシグです」

中年の刑事は名乗った。

「セントラルプライム税関のフラムです」

小柄な男性が名乗る。

「すまないね。今、捜査一課、二課と一緒に他の刑事が出払っていて」

申し訳なさそうに言うシグ。

「構わない。今、分かっている事を聞きたいだけなので」

ギルムがうなづく。

「まず、貨物ターミナルで荷揚げされた中国からの荷物は三十四分署管内にある集配センターに行きます。そこで仕分けされて隣りのアッサブ州にある集配センターに集配されてから国境ゲートまで行きます」

フラムは地図を出して説明した。

「トラック運転手は中国人でその荷物を扱うのも中国人です」

カルルがつけくわえる。

「たいがい中国は自分達でやるし、現時の人達は雇わない」

香川が指摘する。

「中国の荷物の中には違法な魔物が入ったツボや古代遺物が混じっていた事があったので検査しています」

フラムが何枚かの写真を出した。

「国境ゲートは何ヶ所ですか?」

海江田が聞いた。

「ガボンとコンゴ側に二ヵ所。赤道ギニアに一ヶ所。リベルタ側に一ヶ所です。この三ヵ国では急激に中国の資本が入ってきたとか海警船が増えたというのは聞きません」

フラムが答える。 

「リベルタは?」

ヴィドが身を乗り出す。

「リベルタは情報が入って来ていないですね。あそこは政情不安定でインフラも二回の内戦で破壊され、政権もクーデターのたびに変わります。今は軍事政権です」

シグが思い出しながら説明する。

「俗に言う失敗国家って奴か。ソマリアについで失敗国家ワースト5の常連」

香川はタブレットPCを見せた。

「そういえますね」

納得するシグ、フラム、カルル。

失敗国家とは文字どおりに脆弱な国家の事を言う。失敗国家の国民生活は例外無く悪化する。これは政府の無力、腐敗によって行政が機能しなくなり、警察、医療、電気、水道、交通、通信等の社会インフラストラクチャーが低下する為である。中でも治安は急速に悪化し、給料の遅配等により軍隊や警察では職場放棄やサボタージュが発生する。

暴力装置たる兵士や警察官が、自ら犯罪を実行する事態が起こる。この治安の悪化により、生産力と国民のモラルが低下する。農民が土地を捨てて難民化し飢餓が蔓延したり、略奪などが日常化したりする。

名目的に存在する政府は腐敗しており、統治能力はほぼ無い。例えばソマリアのバーレ政権末期では、大統領官邸を中心にした数百メートルの範囲にしか支配力が及ばなかった。

その他の地域で支配力を行使しているのは軍閥等地域の有力者であり、彼らの持つ私兵集団である。これらの中には元は正規軍であったが兵士の給料の不払い等が続いた結果、私兵化した者も多い。地方ごとに有力者が勝手に独自の軍事組織を持ち、その他にも大小様々な自警団や盗賊が出没する。失敗国家の政府は一般に、国際的に国家主体と認められ徴税権やODA等の利権を持っているだけであり、実態は私兵組織と変わらない事が多い。

「意外にも北朝鮮は三〇位ね」

海江田が指摘する。

「意外にも北朝鮮よりも困っている国はあるのか」

香川がつぶやく。

「リベルタの情報なんてどうやって手に入れる?」

ギルムが首をかしげる。

「国防省から派遣されましたツオーロです」

部屋に入ってくる兵士。

「え?」

「セード司令官から国防省に電話があってこれでも自分は情報将校でパイロットです」

困った顔のツオーロ。

「戦闘機のミュータントなんだ」

香川とギルムが声をそろえる。

「サーブ39グリペンです」

ツオーロが答える。


サーブ39グリペンは機体のサイズからの分類は軽戦闘機、用途からの分類はマルチロール機(多目的戦闘機)であり、スウェーデン語の戦闘、攻撃、偵察の略称に始まるJAS39の機種番号通り、制空戦闘・対地攻撃・偵察などを過不足なくこなす。

また、多目的機にありがちな機体の大型化・開発費上昇と相反して、スウェーデンの国防ニーズと予算の兼ね合いから航続距離やステルス性などの一部性能を妥協することにより、運用体系における高いコストパフォーマンスを実現している。多彩な作戦に対応する能力、低いライフサイクルコストをバランス良くまとめた機体である。


「今の所は目立った動きはないのですが隣国での話では違法なハンターや傭兵が周辺国の空港に降りていてリベルタはどうやら優秀な人材を招集しているそうです」

声を低めるッオーロ。

「日本でもそうだったけど中国は世界中から優秀なハンターや傭兵を集めていた。ならリベルタも同じ事をやりはじめたと見ていい。尖閣諸島の戦いでサブ・サンは人々を謎の電波で操って反乱が起こらないようにしていた」

海江田がわりこんで写真を見せた。

「このタワーは?」

ギルムとツオーロが聞いた。

「ウオーデンクリフタワー。百十二年前の日露戦争でサブ・サンはロシア帝国に作らせたのがこのタワーなんだ。それが尖閣諸島の戦いでも使われていて自衛隊はこれを破壊した。これが作られると謎の電波で人々は操られるばかりか、通信にも使っている。リベルタにあるとしたら中国にいる仲間と連絡を取っている。連中は妙な電波をあらゆる電波に乗せて通信を紛れ込ませる。フィンならそれを見分けられる」

香川がタワーの写真を見せる。

「僕が?」

驚くフィン。

「オルビスとリンガムで彼らの通信を傍受できた。時空侵略者達は異世界から来ても自分達が持ってきた物は使えずに現地調達する」

香川が言う。

「なら勝ち目はあると思います」

ツオーロが真顔になる。

「でも情報がもっとほしいね。中国人の運転手を捕まえられないかしら」

海江田が腕を組んだ。

「捕まえても何もしゃべらないだろうね」

困った顔をするフラム。

「衛星をハッキングできますか?」

香川がひらめく。

「やった事がある」

ツオーロが名乗り出る。

「侵入もやった事がある。不正なアプリも作るのは可能だ」

エンリコも名乗り出る。

「じゃあ話は早い」

香川が納得する。

「私は弾道を自在に変えられる。魔術の炎や氷も軌道を変えられる」

カルルが名乗り出る。

「僕は鑑定士でその品物がどこから来てなんの目的で持ち込まれたのか読める」

フラムが名乗り出る。

「それだけあれば充分だ。今あるのをフル活用だ」

香川がうなづく。

「ヴィド。有事の時はどうするの?」

海江田が聞いた。

 「王室は隣国のTフォース支部にテレポートする事になっています。建物の地下はシェルターになっていて地下鉄も有事の際のシェルターとして機能していて実際に有事の際の退避訓練も年に何回か実施しています」

 ヴィドは答えた。

 「まだそうなると決まっていない」

 シグがわりこむ。

 「日本の場合は四方を海に囲まれている。

中国軍は海を越えて先島諸島を占領した。離島にも分駐基地はあったがそれを先に破壊してやってきた。サルインとリベルタは陸続きだ。国境ゲートとその分註地は簡単に破壊される。特殊部隊と上陸部隊は空から国会議事堂と王宮と重要な施設を占領する」

 香川は説明する。

 「確かにそうですね」

 ツオーロとギルムはうなづく。

 「中国軍と一緒にカメレオンは行動していた。カメレオンは長大な射程を誇る光線を発射する。射程は十キロ」

 香川はいくつもの砲台を出した海警船や駆逐艦の写真を見せた。

 「砲台の化物じゃないか・・・」

 絶句するギルム達。

 「カメレオンは陸上の戦闘車両と融合するだろう。融合するとなると戦車や戦闘車、榴弾砲だろう」

 海江田がいくつかの候補を出した。

 「ヘリコプターとか戦闘機は?」

 ツオーロがわりこむ。

 「カメレオンはこの世界にやってくる前は宇宙船と融合していた。ここの世界には宇宙船はないし、地球の重力や大気に弱い。だから船舶や艦船と融合する」

 香川が答える。

 「なるほど。だから船ばかりなのか」

 ツオーロとギルムが納得する。

 「リベルタには海軍はありませんがカメレオンが積極的に海から攻撃してきたら長大な射程を誇る光線はよけられないですね」

 ツオーロが指摘する。

 「中国は蚊帳の外だろう。国際的な目もあるから中国政府はおとなしくいると見ている。サブ・サンのタイムラインがあまりないから大胆な攻撃もない。だからリベルタにやらせると見ている」

 香川が推測する。

 「シグさんカルルとフラムを連れてもいいですか?」

 海江田が聞いた。

 「いいよ」

 シグは答えた。

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