第18話

 キマイラ討伐から一週間。

 連日連夜の晩餐も一段落し、街中の浮かれた様子もひとまずは落ち着きを取り戻し、しばし訪れた平穏な日々。

 タラールの屋敷、あてがわれた部屋のバルコニーで可彦は椅子に座り、頬杖を着いてテーブルに置かれた手紙を眺める。

「どうしました?」

「どうしようかと思ってさ」

 どうしようかというのは今後のことだ。

 タラールからはいつまでもここにいて良いと言われているし、何なら守備隊の士官の席を用意してもいいといわれていた。

 しかしそれを受ける気は可彦には毛頭無く、無論タラールもそれはわかっているらしく、一度言われたきりで催促されることも無かった。

 ここを出て行くのは決まっているが、どこにいくか決まっていない。

 そんな時、その手紙が届けられたのである。

 蝋封の押された手紙。表には『ノハラ・ベクヒト様』とだけあり、差出人の名前は無い。

 可彦に対して手紙を出すような人物など、可彦には思い当たらない。

 ただ、領主であるタラールの手を介して届けられた手紙なため、それなりの地位にある人物からのものであるのは想像がついた。

 首をかしげながらも封を開けて中を見て、可彦は目を大きく見張った。

 差出人の名前はアルタリア。

 それは可彦をこの世界に呼び出した張本人であり、異世界とこの世界をつなぐ装置の管理者であり、自分を生贄とした王国に仕えるエルフの名前だった。

 その手紙には可彦に対する仕打ちの謝罪と、それを踏まえてなお、可彦に助けを求める言葉が書かれていた。

 王国王都に来て欲しい、と。

 王国が可彦にしたことを考えれば助けに行く義理は無い。

 しかしアルタリアに対して特別な想いが無いといえばそれは嘘になる。

 無論それは淡い憧れや青い想い、熱い怒りややるせない悲しみなど、愛憎併せ持つ複雑なものだが、それはつまるところ無視出来ないということでもあった。

「行ってみればいいじゃないですか」

 ネフリティスが正面に座りながらそう声をかける。

「また裏切られるかもしれない」

「そうですね。もしかすると罠かもしれません」

 ネフリティスは可彦を見つめながら、静かに語り続ける。

「ですがこれは好機かもしれません」

「好機?」

「ベクヒトが元の世界に戻るには王都にある装置が必要で、その装置を動かすにはそのエルフの協力が不可欠。違いますか?」

 確かに言われる通り。帰るためにはそこにいかなくてはならない。理由はどうあれ招かれているのは好機と言える。

「帰る帰らないの決断も、その場に行って見ればつくかもしれませんよ?」

 その言葉に可彦は手紙からネフリティスに視線を動かした。視線の先には優しく微笑むネフリティス。

 自分の世界に氾濫していた蛮族の如きオークのイメージは全部間違いだ。可彦はその笑顔を見ながら思う。

「ネフリティスはさ……」

「なんですか?」

「どうして僕に、こんなにも優しくしてくれるの?」

 純粋な疑問だった。

 ネフリティスは常に可彦の気持ちを汲んでくれる。しかもかなり細やかに。

「そうですね……」

 ネフリティスは少し考えてから口を開く。

「弟がいたんです。生きていれば多分、ベクヒトと同じぐらいの歳になっていたと思います」

 生きていれば……それは弟がすでにこの世にいないことを意味していた。

「えっと……病気か何か……」

「伝え聞いた話では、父君、母君と共に殺されたそうです」

「え!」

「昔話をしましょうか?」

 可彦の驚きを遮るように、ネフリティスが静かに語り始める。

「昔あるところにお姫様が住んでいました。お姫様はお転婆で、いつも城を抜け出しては侍女を困らせてばかりいました。その日もお姫様は城を抜け出し、野山を駆けて遊び疲れて、岩陰で眠ってしまいました。しかしその時、お城はお姫様の叔父、城主である父の弟に攻め込まれ、落とされてしまいました。お姫様は行き場を失い途方に暮れていましたが、父に仕えていた賢者の老師に助けられ、国外に無事逃げ延びました。おしまい」

 ネフリティスの表情は変わらない。優しい微笑みのまま、しかし最後の『おしまい』は、どこか突き放すような口調だった。

「……復讐したい?」

「昔はそんな事ばかり考えていましたが……今はどうでしょう?」

 ネフリティスは微笑む。その表情は哀しいほどに穏やかだった。

「話ではその領地は、父君の統治時代よりもずっと豊かになっているそうです」

 可彦には返す言葉が見つからなかった。

 今なぜこの話をしたのか、可彦にはよくわからなかったが、決断を促すためだったのかもしれない。

 弟に似ているという話も、何かをはぐらかすためにしているようにも感じたが、流石にそれ以上深く追求しる気にはなれなかった。この話同様、時が来れば話してくれる、可彦はそう思うことにした。

 しばしの沈黙。

 その沈黙を破るようにバルコニーに出てきたバルゥとミランダが話しかける。

「キマッタカ?」

「まぁ、どこへでもついていくわ」

 ふたりとも微笑んでいる。心配することは無い。そう言っている笑顔。

 ゴブリンも、コボルトも、自分の世界に氾濫していたイメージは間違っている。

 ふたりの顔を見ながら可彦はそう思う。

 そして三人を見渡してから、決心が口から出た。零れたのではなく、意志をもって、出た。

「よし、行こう。王都へ」



 王都への旅は順調そのものだった。

 ジーベまでは提供された馬に乗ってタラールの隊商と共に向かった。

 旅の途中で勧められて覚え始めた乗馬は可彦にとっては大変だったが楽しくもあり、隊商と行動を共にしたおかげで旅路は快適、賊の襲撃にあうこともなく、バルゥなどは逆に不平を漏らすほどだった。

 ジーベはカーンウーラとは雰囲気のまるで違う重厚な城塞都市で、大砂漠王国側の玄関口を担うだけの威厳に満ちていた。

 無論それだけ出入りする旅人に対する詮議は厳しさを増していたが、タラールの隊商と同行したこともあり可彦はすんなり入ることが出来た。ジーベで隊商と別れ、バルゥも隊商の馬車からミランダの前に乗り移ると、一向はジーベを抜けて王国を目指す。

 王国の関所では、手紙に同封されていた手形がものをいった。

 手形といっても可彦が知るような板状のものではなく、それは金属製の六角形をした長細い棒状のもので、表面には文様が彫られ、片側に真紅の飾り紐が取り付けられていた。

人間の少年にオークとゴブリンとコボルトの女という取り合わせはかなり奇異に映るらしく、関所関所で怪訝そうな目を向けられるが、その手形を見せると態度が一変、何の詮議もなく通行が許された。

 そして何にとがめられる事もなく、一行は王都へと到着したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る