第5話

「ナ……」

 言葉をなくす剣士。しかし観念したように両手を下げると、気が抜けたように呟く。

「生キテイタノカ」

 それだけをゆっくり呟くと、そのままその場に座り込んだ。

「負ケハ負ケダ。煮ルナリ焼クナリスキニシロ」

「何がどうなっているのやら……いやはや」

 行商人は頭を振りながら剣士の前に歩み寄る。

「しかしこれでやっとけりがつく」

「……」

 兜の奥から剣士が行商人をにらみつけているのがわかる。しかし行商人の声は穏やかだった。

「そう睨まんでくれ。儂はおまえさんに謝りたかっただけなんじゃ」

 行商人は可彦を見る。可彦は頷くと短剣をしまった。剣士は動かない。

 剣士の前で行商人は深々と頭を下げた。

「『ゴブリンにエルフの剣が扱えるものか』などと言って悪かった。儂が間違っていた。おまえさんは確かに、見事なまでにその剣を扱っておるよ」

 頭を下げる行商人を剣士はしばらく見つめていたようだが、程なくして横を向いた。

「ワカッタナラ、イイ」

 それから立ち上がると右手の突剣を背負った鞘へ、左手の短剣を腰の鞘へ、それぞれ収める。その動きはまったく淀みがない。

「ソレヨリモ、オマエ!」

 剣士は背後に立つ可彦に向き直ると指差す。

「ナニヲドウヤッタ!」

「それは儂も興味があるのぅ」

 行商人もあごの髭をなでながら可彦を見る。

「絶対ニ貫テイルヨナ!」

 そう言って剣士が指差したのは可彦の胸の辺り。そこは新しい血で大きな染みが出来ていた。よく見れば穴も開いているのがわかる。

「僕は不死身なんだよ」

 なんでもないように答える可彦。しかしその答えに剣士は逆に声を荒げた。

「ソンナワケガアルカ!」

「本当なんだけどな……」

「それよりこれで商品を分けてくださるんですよね?」

 ネフリティスの問いかけに行商人は頷く。

「うむ。安くな」

 行商人は力強くそう答えた。ネフリティスは肩をすくめる。

「まずは吊り橋を渡ろう。その先のひらけた場所に岩を削った宿り場があるんじゃ。まずはそこまで行くとしよう。おまえさんはどうする?」

 行商人は荷を背負い直しながら剣士に声をかける。

「ウラハ大砂漠ニイク」

 剣士はそう答えてから、一拍置いてから小さく言葉を続けた。

「……初メテイク」

「じゃあさ、一緒に行こうよ」

 さも当然のように可彦は答える。

「僕達も大砂漠に出るところなんだ」

剣士は可彦を見上げるが、過ぐにそっぽを向いた。その表情は兜に隠されてうかがい知ることは出来ない。

「別ニヒトリデ行ケル」

 はっきりとした口調で、しかし抑揚なく剣士は答える。落ち着いているというよりはどこかおさえているような雰囲気。

「同じところに行くんだから良いじゃない」

「ソウイウ問題ジャナイ」

 剣士は顔をそむけたまま、やはり抑揚なく答える。

「……デモソウダナ」

 剣士は可彦をもう一度見上げる。

「護衛ヲシテ欲シイト言ウノデアレバ、引キ受ケナクモナイ」

「雇うお金なんてありませんよ」

 ネフリティスが口をはさむ。

「イ、イヤ金ハイイ!」

 剣士は一転、慌てたようにネフリティスを見上げる。

「……食事ト……出来レバ宿ヲ都合シテモラエレバ……イイ」

「ふーん」

 ネフリティスは剣士を見下ろす。剣士もネフリティスを見上げる。いつもは猫背気味の背が思い切り張っている。

「まぁ……いいでしょう。腕は確かみたいですし」

「ソウダロ! イイ買物ダ」

 剣士は胸を張り頷く。

「よろしく! ええと……名前は?」

「名ヲ聞クナラ先ニ名乗ルノガ礼儀ダ」

 可彦の問いかけに剣士は強く言い返した。

「こっちが雇い主ですよ?」

 ネフリティスの言葉にも動じない。

「ウラハ腕ハ売ルガ、媚ヲ売ルツモリハナイ」

「あはは、頼もしいね。僕は志原可彦。可彦でいいよ」

「わたしはネフリティスです」

「バルゥ・バルルル、ダ。バルゥデイイ」

 ふたりが名乗った後に剣士……バルゥは名乗った。

「もう終わったかね」

 様子をうかがっていた行商人が橋の手前で声を上げる。

「日が落ちる前までに宿り場につきたいんじゃ」

 そういうと行商人は吊り橋を渡り始めた

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