使い魔の猫(猫中1)

NEO

第1話 日常

 使い魔っていうのを知っているかい?

 まあ、高位の魔法使いなんかと「契約」した、分かりやすく言っちまえば召使いみたいなものだ。

 まあ、去年の今頃くらいか。俺はある魔法使いと出会い、「使い魔契約」を行った。この際使われたものは、数ある術式の中でもかなり高度なものだったみたいでな。「主」になる魔法使いの記憶などを「従」である俺と共有し、「思念」で会話することも出来る。

 むろん、人間の言葉を喋る事など朝飯前で、魔法使いとはもちろん、他の人間とも会話出来るという得がたい能力を手にする事になった。まあ、これだけなら良かったんだが‥‥。

「ムツ、どこいったの?」

 ほらきた、主様のご登場だ。せっかく、人がお気に入りの地下室で寝ていたら‥‥。

『いつもの場所だボケナス。いい加減覚えろ』

 俺は思念で言葉を飛ばした。今のうちに、勝手に主の記憶から探ったプロフールといったか? それを紹介しておこう。


名前:メイ・グラウラー 年齢:二十一才 種族:人間 職業:高位魔法使い


 まっ、軽くこんなところだ。これだけなら、別にどうって事はないんだがな。

 地下室のドアが開いた。来たか。

「探しましたよ、もう。なんで、いつもここなんですか!!」

 ショートというよりただ短く切っただけという黒髪をバサバサしながら、メイが抗議の声を上げるが‥‥知らん。

「ここがお気に入りだ。なぜお前は覚えようとしない?」

 体中をペロペロ舐めながら、俺はメイに質問返しをしてやった。ああ、体を舐めるのは目覚めの儀式みたいなものだ。汚れているわけではない‥‥と思う。

「普通、猫さんって明るい場所で日向ぼっこいたりしません?」

 ふん、さらに質問返しか。面倒だな。

「もちろんそうする。しかし、いつもそうするとは限らん」

 俺はメイの肩に飛び乗った。

「い、痛い‥‥しかも、重い‥‥」

 重いとは失敬な。ああ、俺は人間が言うところの猫と呼ばれる種族だ。魔法使いの使い魔で猫なら黒という気運があるらしいが、俺は残念ながら茶トラだ。残念だったな。

「それで、今日はどうした。またいじめられたか?」

 俺は肩の上でバランスを取りながら、メイに問いかけてみた。嘘みたいだが……。

「はい、また悪ガキどもに……」

 ええい、泣くな鬱陶しい!!

 これが、メイなのだ。二十一才にもなって、近所の悪ガキどもにイジられては泣かされて帰ってくるのだ。勘弁しろ、マジで。

「で、また俺がシメに行くのか?」

 内心げんなりしながら聞くと、メイはうなずいた。躊躇いもなく。

「それが、使い魔の……おぶっ!?」

 肩から飛び降り様の、必殺猫パンチがメイの顔面にヒットした。

「馬鹿野郎。お前それでも人間か。お前がガツンとかまさないと、延々と続くぞ!!」

 ったく、なんでこんなこと説教せにゃならんのだ。

「ううう、だって怖いですし……」

「なにが。あのはな垂れ坊主だろう?」

 全く面倒臭い。

「あれをはな垂れ坊主なんて呼ぶのは、ムツだけです!!」

 ……フン、腰抜けどもが。

「よし、行くぞ。どのみち、シメねばならんだろう」

「はい……」

 心底嫌そうに、しかし、メイは家を出た。このクレイ村には高位魔法使いがコイツしかいない。例えはな垂れにビビるようなヤツであっても……。

「……いました」

 村の広場には、いつものはな垂れどもがいた。今日は、五人か。全員がモヒカン頭でタンクトップ。無駄に濃い顔をしている。

「ひゃっはぁ、またあのバカ娘だぜぇ」

「今日こそは……」

 ……虫酸が走るとはこのことか。

「待て、猫がい……」

 最後まで言わせるほど暇ではない。俺はメイの肩から一気に宙を舞うと、そいつの顔にしがみつき、ドガガガガと蹴りを叩き込んだ。誰が呼んだか猫キック。俺たちの最強技だ。

「かは……」

 そのまま倒れ伏すはな垂れ一。なに、痛いが死にはしない。

 一同が硬直する中、俺は次々に倒していく、造作もない。そして残る一人は、気の利いた「オモチャ」を持っていた。

「ほぅ……」

 ゴーっと音を立てて種火が燃えるそれは、いわゆる火炎放射器だった。

「そんなもの持ち出してどうする気だ?」

 二本足で立って構え‥‥たりはしないが、後ろ足の爪をグッと地面に食い込ませた。さて、コイツは‥‥。

「ききき、決まっているだろ。これから胞子を焼きに‥‥」

「意味不明だ!!」

 全力で飛んだ俺は、はな垂れ野郎が背負っていた火炎放射器の燃料タンク。そこのホース目がけて一気にジャンプした。そして、空中で体勢を入れ替えていわゆる飛び蹴りの形をとり、燃料ホースの付け根を思い切り蹴飛ばした。吹き出す燃料に種火が引火し、猛烈な火球が広場を焼き尽くした。

「ふぅ、危なかった‥‥」

 メイが地面に転がった俺を素早く拾い上げ、強力な防御魔法で結界を展開したのは、スレスレのタイミングだった。

「ほら、お前だってやれば出来るだろう?」

「アホ!!」

 不条理にも、俺は頭を叩かれたのだった。なぜだ?


 これはメイの記憶を辿った事ではあるが、高位魔法使いに認定されると、無制限の魔法使用資格を得る事が出来るらしい。使用が禁止されている禁術も「見るだけ」なら可能らしい。使ったら、即刻死罪らしいが。

 そんなわけで、俺たちは村はずれにある魔法の公共試射場に来ていた。といっても、この田舎にある村でまともな魔法を使えるのはメイくらいなので、事実上貸し切りではあったが。

「てい!!」

 なんとも気の抜けた声と共にメイが右手を突き出し……なにも起きなかった」

「ううう、また失敗です‥‥」

 いちいちヘコむな鬱陶しい。

「まさか、何が悪いか気が付いていないとか、間抜けな事はいわないよな?」

「ええ、分かりません!!」

 開き直るな。馬鹿者が!!

「あのなぁ。呪文の二行から四行まで、全てミス・スペルだ!!」

 ミス・スペルとは、簡単に言ってしまえば呪文の間違いの事。

 特殊な場合を除き、呪文は最大でも四行で構成されているので、メイの呪文は出だし以外は全て間違いということだ。このアホ。

「ええ、まさか!?」

「じゃあ、試してみるか?」

 俺はメイの肩に乗ったまま、軽く目を閉じた。


 世界の源たる精霊よ

 四つなる力を今ここに

 全ての光を始原の海へ

 深遠なる闇へと還さん


「ラディーレン!!」


 瞬間、突き出した俺の手から人間の握り拳大の光球が撃ち出され、一キロ先の標的を消滅させ、さらにその後ろの盛り土に穴を空け、遙か彼方の山を崩壊させ……。

 これが、人間が使える最強の攻撃魔法だ。

「ほらな、呪文さえ間違えていなければ、猫でも使える」

 メイは完全に硬直してしまった。やれやれ、こうなると長い。毛繕いでもして待つとしよう。

 結局、メイが「散歩」から帰ってきたのは、小一時間ほど経ったころだった。

「わ、私、馬車の車輪になるぅぅぅ!!」

 なんだそれは、意味が分からんぞ。

「大して難しい呪文でもなかろう。もう一度勉強し直せ」

 全く、使い魔に諭されてどうする。いや、それが使い魔の役目なのか? メイといると分からなくなる。

「ううう、回復や防御は得意なのに、攻撃がダメなんて……」

 ん?

「得意分野があるなら、それを極めればいい。不得意分野などそれからでも遅くはない」

 我ながら正論だと思うが……。

「ダメなんです。攻撃魔法が使えないと……」

「なぜだ?」

 変な沈黙が落ちたのち、馬鹿は叫んだ。

「格好悪い!!」

「世界の源……」

「うわぁ、なんで呪文を唱えるんですか!!」

 至極、当然の反応だと思うが?

「馬鹿よ。三日だ。三日で使えなかったら、そこの柱に括り付けて燃やす」

 時に、非道になれねば主は育たん。全く、このスッカラカン頭は……。

「馬鹿って、三日って……」

 半泣きのメイに、俺はトドメをさした。

「名ばかり高位魔法使い、もう時間はないはずだが?」

 次の瞬間、メイは泣きながら自宅に向かってダッシュしたのだった。やれやれ。

 とまあ、これが俺の日課だ。あまり面白くもないだろうが、日常なんてそんなもんだ。早々事件ばかり起きてたまるか。そうだろ?

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