第24話

「君には問題がないのにパートナーのせいで子供ができなかったなんて気の毒な話だよ」

 そこでだ、と課長は後ろを振り向いて分厚い書類の束を机に下ろした。

「今回、手術成功率百パーセントのT先生をお迎えしたんだよ。矢口君も知っているでしょう、あのTVで有名な。もちろん移植だから体への負担はもちろんある。術後の痛みもあるだろう。その点最高の先生と病院とスタッフを用意させてもらったよ。丁寧な資料も用意した。これを読んで事前に分からない事、不安な事は何でも専門のカウンセラーに言ってほしい」

「君が希望するなら、今誰かいい人がいるのなら彼女との体外受精でも構わないが、卵子カタログも用意したんだよ」

課長がパラパラとカタログをめくった。

「提供者は二十代ばかりだし、写真もついてる。君好みの可愛い女の子を選んでくれて構わないんだよ。子宮はさすがに分からないけれど、二十代の出産経験者から提供してもらうから安心していいよ。

文字通りきみの子供が授かるんだ。こんな好条件二度とないだろう」


力強く、一辺の後ろめたさもなくまっすぐにこちらを見詰める課長の瞳に、矢口は狂気を感じてぞっとした。


違う。林や俺が選ばれたのは、気に食わないからじゃない。ここにいる奴らは、お気に入りだからこそ最大級の栄誉を授けようと本気で考えているのだとしたら。子供をもうける事こそが人生で一番の名誉だと思っているのだとしたら。

課長のほがらかな声が静かな会議室に響いた。

「君は子供が欲しいし子宮と卵子はそろっている。しかも手術も含めて費用は一切かからない。休職中の給与も、特例で月収の満額保証される――これだけそろっていて、断る理由は、あるのかな」

 俺に選択権はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る