第11話

「甘いって何が」

 矢口が一行もテキストが進んでいないノートパソコンから目を上げる。

 杉本が言い難そうに切り出した。

「他県の少子化の取り組みって、今はどこの職員も警戒がすごくて教えてくれないじゃないですか。だからネットとか噂でしか聞いた事がないので信憑性がないんですけどぉ―」

 続けろ、という風に矢口が無言で頷く。杉本が一瞬左右に視線を配り、声をひそめた。

「たとえばZ県はベイビーインカー事件に関わってるって言われてるんですよ。あそこ土地柄こわい人多いじゃないですか。その人達に頼んで幼児をさらってるって。実際、少しずつですがあそこの子供数は増えてますよ」

 本当か? と問うと、はい、と力強く頷く杉本を見て、

「お前・・」

と思わず矢口が表情を険しくすると、杉本は

「ち、違うんです! うちもやれとはそんな事言ってませんよ。ただ他県と比べるとうちは緊迫感が足りないんじゃないかと思ったんです」

 そこで杉本は大きくなった声を再びひそめた。

「軽蔑しないでほしいんですけど・・・、僕、思ったんですよ。子供を増やすったって、Dランクの子供がどんどん増えてもいいって意味じゃないでしょう? 上の人達すましてそこの所何も言いませんが、実際障害児増えたら税金使われるばっかりで困るだけじゃないですか。そもそも子供を増やす目的って、要は働いて税金納めて欲しいからでしょう? だったらきれい事言ってる場合じゃないんですよ。あくまで夫婦、それも若いカップルを増やして、健康な子供を増やす。そこまで強い方針を打ち出さないといけないと思うんです」

 矢口は大きく頷いた。

「分かるよ。子供を持つ年齢を、女は二十代から三十五歳まで、男は四十五歳くらいまでにして、もう後は諦めろってくらいがお互いの為にいいんじゃないかと俺は思ってる」

 瞬間、寂しそうな笑顔の女が浮かんだが、矢口は髪をかきあげる振りをしてすぐに打ち消した。

「ですよね! そうですよね!」

 仲間を得た杉本は嬉しそうに他県のケースを語った。

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