hide creacher 43

「じゃあ、ルールを説明するな。お互いの体にこのコアを三つずつけてもらう。見える場所ならどこにでもつけていいぞ。そして相手のコアを、ヒスイは三つ全部、アギリは一つでも壊したらそこで試合終了。あ、制限時間は30分で全部のコアを破壊できてない、コアを一つも壊せなかった時は引き分け扱いな」

「引き分けの時はどうなるの?」

「その時は交渉不成立ってことで」


 KPがさくさくとルールを述べる。それと同時にアギリにコアが手渡された。緑色の拳程の大きさのコアで、体に巻き付けられるようにベルトがついている。

 ヒスイの方も同じものを貰っていた。


 この二人は先程配布されたトレーニング用のウェアを着ている。ヒスイが着ると、この派手な色のウェアもモデルが着ているみたいでどこかのブランド品みたいに見えてくる。


 まだ朝早く、てかてかと太陽が照りつける。アギリは目を細めて晴天の空を見上げた。


 今、一行がいるのは都心から離れた広い場所だ。そこには小さな街があり、建物が並んでいる。しかし、そこは大きな壁にぐるりと囲まれており、人っ子一人といない。


 ここは小規模な都市を仮定した訓練施設だった。この壁の内側のエリアは全面的に能力の使用が認められていて、普段はここで自警団なんかの訓練や試験が行われているようだ。

 軍の武器の性能や、周りへの被害なんかを調べる時にもこの場所が使われたりもするらしい。


 そのため、万が一建物が崩れて埋まってしまった時のために建物の材質も普通の建築物より軽めのものが使用されているらしい。


「にしてもこんなとこあるんですね……」


 アギリは施設を囲む壁を見上げた。まさしく要塞都市だ。


「もともとは開発都市だったんだけどな。それがいろんな不祥事で開発がストップ。しばらく放ったらかしだったんだけどここで犯罪はおきるわ、廃屋にクロウが住み着くわで問題になって前々から検討されていた大型訓練施設に改良されたってわけ」

「へぇ、んで人が入らないためにこんな馬鹿でかい壁ってわけっすか。でもクロウの方はどうするんですか?あいつらってどこからでも急にぽっと出るじゃないですか」


 クロウの厄介さの一つに、どこからでも発生するということが上げられる。


 ほんとうにびっくりするほどぽっと現れる。なんか自分の影が動いた?と、思って見てみたら、手のひらサイズのクロウがわっと飛び出てきたとかいう話しはざらにある。


 そのくらいのサイズならほっといても勝手に消滅するし寄生できるだけの力もないので出てきたところで問題はないのだが、出てこられた側からすると気持ち的にたまったもんじゃないというのが一般だ。


「難しいとこなんだけどね、使われてない時はトラップとかがそこらじゅうにあるからそれで対処してるらしい。あと夜は街灯の電気だけつけっぱなしとか、交代で警備とか」


 クロウは光にも弱いのでそのような策がとられているのだろう。


 今回の手合わせで採用されたこの、コア破壊方式は実際の試験やトレーニングでも採用されている方式らしい。予備校のほうでも後々やるかもしれない。


 アギリは体にコアを取り付ける。ちゃんと見えるところには取り付けるつもりだが、どこにつけるのがいいのだろうか。


 相手はコアを壊しにくるわけだから狙いにくいところがいいのだろうか。そうなると背中とかになるのだろうか。でもそれだと割れてないかどうか確認がしづらいし………


 ………そうぐるぐる考えるもいい答えは見つからない。


 結局アギリは右の二の腕、左の脇腹、右太ももに付けることにした。動いていてもさして支障が出ない場所だ。


 一方のヒスイは左胸の上のあたり、右脇腹、背中の左下につけていた。何かを考えてつけたのかそうでないのかはわからなかった。


「二人ともつけたな。じゃあ端末に地図を送るからそれを見てくれ」


 上着のポケットから振動が伝わる。マジックテープがついたポケットを開けてそこからトレーニング用の端末を取りだした。


 送られたファイルを開くと地図が表示された。


「今回、この会場全部だと流石に広いから範囲は500メートル四方に限定する。バリケード立てたからその先には行かないように。お互いにその端と端からスタートして相手は自分で探す。アギリはハンデで端末のほうに相手との一定距離になるまで表示されるGPSが見れるからそれを使ってくれ。ヒスイは……まぁ、自力で頑張って探して」

「わかった」


 ヒスイは地図を確認しながら答えた。特にこのハンデに異議はないようだ。


「じゃあ、それぞれの位置にスタンバイして。開始はそこから五分後ね」


 ヒスイはスタート位置に向かうためにグランデと共に先に壁の向こうへと消えていった。

 アギリのスタート位置は入ってすぐの場所にある。そこまでKPとともに向かうことになった。


 出入口のゲートを抜けると、その先には住宅が広がっていた。住宅街を想定したエリアのようだ。家の中にはちゃんと家具も設置されているようだった。


 そわそわと辺を見回すアギリにKPが声をかけた。


「今回は指定エリアから出なければ基本どんなことしてもいいからね。家の中に入ったり、壊したりしても大丈夫」

「わかりました」


 アギリとKPはそのままスタート位置まで歩いていった。


「こういった模擬戦みたいなのは初めて?」


 歩きながらKPが尋ねてきた。


「まあ、そうですね。………実践みたいなのはもう経験しましたけど」


 この前のテロの一件をとりあげた。

 KPがそれを聞いて笑った。


「たしかにな。でも今回は逃げるだけじゃなくて相手に攻撃しないといけないならな。その辺はちょっと違うかも」

「人殴るのはなんかなぁ……」


 アギリは自分の手を開いたり閉じたりしてみた。殴るのはコアなのだが、そのためにもしかしたら相手に直接ダメージを与えなければいけない時もあるかもしれない。


 人を殴ったことがないわけではないが、最後に殴ったのはほんと小学校低学年のころの喧嘩だった。相手は友達をいじめる上級生の男の子だった。しかも殴ったというよりかは頭突きだ。その時は自分の額にもコブを作った。


「いやいや、多分ぶっ飛ばすくらいの勢いでいかないと。あいつそんなヤワじゃないから」

「えー……あんな綺麗な顔を殴れって言うんですか。その、バカ高い綺麗な皿叩き割れって言われてるみたいで嫌なんですけど………」

「あー、なんかわかるよその気持ち」


 KPはアギリに共感した。


 KPは初めてヒスイと対人訓練した時の気持ちを思い出した。

 自分の拳があの顔に当たった時、本気でヒヤッとした。見事に彼の頬に青アザを作ってしまったが、ちゃんと治った時は何だかちょっと安心したような気分だった。

 人というものは綺麗なものはなるべく傷つけたくなくなるというのが一般的ということを理解した。それ以来は慣れてきたがそれでも顔は傷つけたくないとは思う。


「まあ、加減はしてくれるとはおもうんだけどねぇ。でも油断してると即コア破壊されてしゅーりょーって時あるから」


 KPは握った手を出してぱっと開いて見せた。


「やられたことあるみたいな言い方ですね」「やられたからね。急に出てきてパンっ!って。そういうの気をつけな」


 流石に相手の能力の詳細は互いに伏せてはあるが、アギリにはこのくらいなら教えておいてもいいだろう。


「なんかそれだけ聞くと通り魔みたいですね……」

「うん、ほんとスタイルは通り魔そのものだからね。神出鬼没というか。やられた時えっ?ってなるからね」

「うーん……」


 この情報からいくと、隠れたりするのが上手いということになるのだろうか。


 アギリは人の顔をなかなか覚えられない方だが、あそこまで顔と名前がすぐに一致するようになったのは彼が初めてだ。

 そのくらい綺麗すぎて印象に残っているということだ。顔そのものが名刺みたいな顔面しているのになんか意外だとアギリは思った。


「となると、死角には気をつけた方がいいのかな。いや、姿を消せる系統の能力だとそれも通用しないか……」


 アギリはブツブツと呟きながら考えていた。KPはそれを面白そうに見ていた。


「自警団でも状況によっては相手の詳細とか全く入ってこない時もあるからね。そういう時には相手の動きとかを見て能力を判断する力も必要になってくる。あとは、自分では相性が悪いと思ったら応援を呼ぶことも選択肢に入れておくといいかもな」

「今回は応援ないじゃないですか」

「うーん、じゃあヤバイって思ったら一旦逃げてみるとか。相手も不意打ちならこっちも一回隠れて不意打ちでやってみてもいいんじゃない?」


 逃げるに関しては恐らく振り切れるとは思っている。ただそこから隠れて不意打ちに転換して、上手くいくかはわからない。


「まあ………考えときます」

「よしよし、その意気だ」


 そうしていると目の前の通りにバリケードが立ててあるのが見えてきた。

 KPは試験監督者用の端末を取り出した。


「お、着いたな………もしもし、こっち着いたけどそっちは………わかった。じゃあタイマーかけるわ」


 どうやら向こうも着いたらしい。KPはアギリの方を見て最後の説明をし始めた。


「じゃあ、この中に入って。今から五分後にスタート。スタートするまでの間は自由に動いてもいいけど、終了の合図があるまではバリケードの外には出ないでくれ。合図は端末でもブザーがなるようにはなってるけど放送もかけるからな」

「わかりました」


 アギリはバリケードの中のエリアに入った。端末からピロンと音がして取り出してみるとカウントダウンが始まっていた。


 手合わせをしろと言われて、その日から丸一日時間を設けたのだが、その時はまるで実感がわかず、ほぼいつも通りに過ごしていた。

 これがゼロになると本当に試合が始まるのだ。そう思うと、ようやく模擬試合をするという実感が湧いてきた。


 アギリはぶるっと身震いをした。これが武者震いであると信じたい。心做しか、端末を持つ手も湿ってきたような気がした。


 だが、せっかく与えられた道だ。弱気にはならず結果はどうなるかわからないがとりあえずやれることは尽くそうとは思っている。


「じゃあ、頑張って」


 そう声がして、後ろを見てみるとKPが手を降っていた。


 アギリはそれに軽く手を振り返すと、誰もいない街並みに姿を消した。






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