2-4 卒業試験(セレモニー)

「それで、話と言うのは? 事前通達も無しに召集とは、随分と急じゃないか」


 地下施設の一角。天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアに照らされて、マヤ・デイブレイク・ブラッドフォレストの淡紅色の長髪が赤味を増して輝き、こけた頬に深い陰を落としていた。広間には絢爛とした調度品が多数配置されていて、ここが地下空間の一つであることを忘れさせるくらいには、立派な造りをしていた。

 実際、壁に数多と飾られている有害獣ダスタニアのトロフィーが無ければ、ダンスホールとしての利用価値だってあっただろう。だが無論のこと、マヤを始めとする六人の人造生命体ホムンクルスは、なにも舞踏に興じるためにこの場に集められたのではない。訓練終了後に早めの夕食を終えた頃、突然、ドクターによる緊急招集を受けたのだ。


 広間の扉から伸びる赤い絨毯の先には、重厚感溢れる横長のテーブルが一台と、背の高い椅子が七脚配置されていたた。そこに、彼らは順々に腰かけていた。ちょうど、三対三の恰好で向かい合う形になって。

 マヤの右隣にチャミアが座り、その更に右隣にはルビィが。対してマヤの真正面の椅子にはキリキックが頬杖をついて座り、その左隣では、スメルトが腕を器用に折り畳んで鎮座していた。

 スメルトの更に左隣には、六番目の怪人が地蔵のようにもくとして存在していた。訓練フィールドにはいなかった人物だ。彼だけが自前の電動車椅子に座っていた。両脚が、生まれつき欠けているせいだった。

 でっぷりとした下腹部が厚手の白いガウンで隠されており、生命維持装置と連結された電動車椅子の至る所からは、色とりどりの電極が束になって伸び、白い頭部に直結されている。褐色に濁る瞳は焦点が合っておらず、呆けたように口を開け、長い舌をみっともなく曝け出しているという有様だった。そのせいで、暴発寸前の火薬庫のような危なっかしい印象を、見る者に与えた。

 だが凄惨な見た目とは反して、彼の肩から生えた六本の腕・・・・は、驚くほどきめ細やかな肌色に覆われている。丁寧に磨かれた愛着ある仕事道具のように。徹底して使い込まれて、すっかり体の一部として馴染んでいた。

 見ると、全ての指先に機械的な拡張手術の痕が見受けられた。キーボードの高速打鍵に特化した指先――彼が類稀なる電脳戦士であることの、それは何よりの証であった。


 アハル・サイバー・ランナー――ドクターが生み出した人造生命体ホムンクルスシリーズ・殺戮遊戯グロテスクに名を連ねる肥満体系の男。

 仮想世界において、第一級電脳技能士ウィザードの冠を頂く精神異常者スキツォイド

 量子の戦場を駆けることにのみ情熱を傾ける常勝無敗の狂戦士バーサーカーの名が、それであった。


「わざわざ六人、こうして雁首揃えさせたんや。ええかお前ら。これからワシの話す内容を、耳の穴をかっぽじってよく聞くんや」


 広間の入り口側から見て、長テーブルの一番奥。主催者オーガナイザーたる位置に置かれた椅子に堂々と腰かけたドクター・サンセットが、尊大な口調で決定的な一言を放った。


「結論から言えば、三日後、お前らをこの施設から解放する。ただし、条件付きでや」


 アハルを除く五人の人造生命体ホムンクルスが、創造主の発した内容の意味をほとんど理解出来ないまま、静かに息を呑んだ。まるで、父なる神から楽園追放を告げられたアダムとイブのようだった。だが、言葉の意味をそのまま捉えれば、これは罰ではなく祝福のはずだ。


 しかし――


 マヤだけが物怖じもせずに、怪訝な目線をドクターへ向けた。言外に含まれた意味を掬い上げようとするように、化石を掘り出す考古学者じみた慎重ぶりで訊いた。


「条件付きというのは、どういう意味だ?」というマヤの質問を受けてなお、ドクターは敢えて彼の方には視線を向けず、居並ぶ全員に目線を散らしながら、ポーカーフェイスを気取って話を更に続けた。


「大袈裟に聞こえたかもしれんが、なに、簡単な話や。お前らには三日後の夜、この街で……ケイオスの満ちる幻幽都市で思う存分、力の限りに暴れ回ってもらう。それが各々の首輪を外し、自由を勝ち取る為の条件や」


 マヤだけでなく、キリキックも、ルビィも、チャミアも、よもやという思いのまま口を閉ざした。スメルトも、二本の髭を殻の内側に引っ込ませたままで、場の空気に気圧されていた。アハルは、そもそも話を聞いているのか聞いていないのか。ぼうっと視線を宙に投げているに留まっている。

 自由を勝ち取る――人造生命体ホムンクルスにとって、最も縁遠いはずの標語。ドクターの下で徹底して管理され、地下施設こそが世界の全てだった彼らにしてみれば、それは異国の概念のような響きを伴っていた。どこか現実感に乏しく、掴みどころが無いのだ。


「暴れ回るというのは、やけに抽象的な物言いですね」と、ルビィが言った。


「それに、自由を勝ち取るという表現も気になるな」と、キリキックが続いた。チャミアが、自分もその点は気になると口にする代わりに、キリキックの意思に同意する形で、黙って首を縦に振った。


「分かった。順番に説明しようか」と、あくまで主導権はこちらにあるとでも言いたげに、ドクターが片眉を上げて、横柄な態度を崩さずに話を切り出した。


「まず暴れ回るという点について。これは、言葉の表現そのままと受け取ってもらって構へん。各々に殺害人数のノルマを与え、それを粛々と実行してもらう。殺す相手は人間なら誰でも構わん。ノルマは個々人で異なるが、駄々は捏ねたらあかんで。必ず実行してもらう。以前にワシが命じた人狩りマン・ハントの応用編や。組織的ゲームでありながら、個人力を試すゲームでもある。人狩りマン・ハントの時のようにセルで行動するのではなく、ソロでノルマを達成してもらうっちゅうことや。ただ――」


 威圧的な態度を崩さぬまま、ドクターがスメルトの隣を見やった。


「アハルだけは、仮想世界での戦いとなる。無論、そちらにもノルマを課す。他の五人とは異なる特殊なノルマをな」


 ドクターは一旦言葉を区切ると、テーブルの上に置かれたミネラルウォーターのボトルを手に取った。喉が渇いたがゆえの行動だったが、時間を与えてやるための行動でもあった。

 思考し、自らの在り方をいま一度良く意識させるための沈黙が、場に流れた。ワシが口にした言葉の意味をしっかり把握しろとでも言いたげな様子が、ドクターの慇懃無礼な眼光から見受けられた。

 だが、そんな彼の思惑に反するように、噛み付く声が広間に響く。


「ゲームとは、また随分な言い方だ」と、ドクターがボトルに口をつけている隙に、マヤが真意を問い質すような口ぶりで言った。


「貴方にとって我々は駒なのかもしれんが、しかしこれは、駒にとっては重大な人生の岐路だ。それを、遊戯と同等の儀式だと揶揄するのは、少しどうかと思うが」


 兄弟の長兄にあたるマヤが、産みの親でもあるドクターへ接する姿は、親に反抗する思春期の学生のような感じがあった。だが、彼が発する言葉には強固な意志の気配があって、子供じみた我儘とは無縁だった。

 マヤの創造主に対する反抗的な態度は、被造物たる人造生命体ホムンクルスにしては似つかわしくない。管理された生活を黙って享受するという行為からは、随分とかけ離れていた。

 創造主たるドクターへ反抗の意思を見せつけていれば、いつか廃棄処分されるかもしれない。そんな命の危険を察していながらも、マヤはどうしても噛み付かずにはいられなかった。本能の為せる技だった。自らの首に掛けられた手綱の存在を意識しながら、飼い主の手を食い千切りたくて仕方なかった。


 ドクターも、そんなマヤの扱いには既に慣れ切っているのか。あるいは、マヤの反抗的性格を受け入れているのか。

 どちらにせよ、ひどく落ち着いた様子で喉を鳴らして渇きを潤し、わざと間を置いてから話を続けた。


「ゲームはゲームや。表現が気に食わなければ、自分の中でワシの言葉を同義の言葉に変換しろ。確かにお前たちはワシの駒やが、優秀な駒や。そう信じとる。そしてゲームを勝ち抜くには、駒としての意義を発揮することこそ重要や。自らに備わった力を見せつけるんや。これは、価値への挑戦や。訓練の時も言ったが、自らの価値を常に示し続けろ。それが人生を生きるということであり、ひいては、幸福を得るための切符になる」


 駒と言い切る横暴なドクターの発言に――マヤだけを除いて――メンバーの誰一人として憤怒の色を見せなかった。むしろ逆で、平然とした表情でいた。ドクターの言葉は偽りや誤りとは無縁で、全て正しいと信じ切っているようだった。

 ここに居並ぶ六体の人造生命体ホムンクルスが、バイオプラントの中で産声を上げてから、今日で三年余りの月日が経過する。その過ぎ去った年月は、言い方を変えれば調教と洗脳の歴史だった。

 従順な駒として造られた人造生命体ホムンクルス。ドクターが与えてきた種々の言動が、彼らの心の底で、澱の如く積み重なるようになっていた。その果てに、自らを創り出した創造主にだけは逆らえないという、無自覚の恐怖心を植え付けられた。それは心の隙間を一分もなく埋め尽くし、束縛するにはうってつけの精神的な鎖とも言えた。

 ただマヤだけが、それら無数の鎖を引き千切ろうと一人静かに、そして必死に奮闘している有様だった。


「さて、傲岸不遜たる長兄の横槍で話が途切れたが……二つ目の話といこうか。つまりは、解放と言う言葉の意味についてなんやが……これも言葉通りと受け取って貰ってかまへん。お前らの中で無事にノルマを達成した者から、好き勝手にこの都市から出て行ってもらおうやないか」


「すごおおおーーい」と、何の脈絡もなく、アハルがぎしぎしと電動車椅子を揺らし、大声を発した。体が前後に揺れて、生命維持装置の中に溜められた液体ビタミンが、たぷたぷと波立たった。


「すごおおおーーい」


 だが、誰もアハルの狂喜を気に留めることはなかった。今までも、ずっとこうだったからだ。


「たあのしいいーい」


 全員が、アハルの発作・・を当然のものとして受け止めていた。

 神懸かり的白痴パーフェクト・スキッツォイドの領域に達したアハルの身に降りかかる、突発的な発作。素晴らしき電脳戦闘力を得る代わりに、彼が背負わざるを得なかった代償がそれだった。電子戦に特化したタイプになるよう、誕生してすぐにドクターの手で大脳を弄られて、意図的に知的障碍者にさせられたのだ。

 その結果、彼の精神状態は酷く希薄になったが、一方で、電子の海に満ちる膨大な情報量を容易く受け止めるだけの適性を得るに至った。


「どうやって逃げ出せって言うんだ?」と、キリキックがアハルの奇声に負けないほどの大声を出し、大仰に首をすくめてみせた。


「都市唯一の出入り口たる壁門ゲートの警護は厳重も厳重で、常駐している蒼天機関ガーデンの奴らも腕利き揃いだって聞いた事がある。手続きを無視して外へ出ようとすれば、更に多くの敵と戦わなきゃならなくなる。流石に骨が折れるぜ」


「怖いんか? キリキック」


 ドクターが、挑発するかのような口調で言った。


殺戮遊戯グロテスクきっての武闘派たるお前さんの口から出た言葉とは到底思えへんほどの、マイナス思考の発言やな、今のは。それだけの恵まれた膂力と武装を蓄えておきながら、いまさら何を怖がる必要があるんや」


 自信を持てと言わんばかりのドクターの台詞が、キリキックの精神に鎖となって巻き付いた。実に強制的な響きを持つ言葉であり、生き方を雁字搦めに規定する言葉だった。立ち塞がる障害に対して、一切の恐れを投げ捨てて立ち向かわなければ許さないとでも言っているようだった。

 その締め付けるような言質に、キリキックの魂が反発とも共鳴ともつかぬ反応を見せた。負けず嫌いな彼の心に、火が点いた瞬間だった。

 ドクターの視線から身を躱すように目を逸らすと、「別に、怖がっちゃいねぇさ」と、キリキックは両腕を頭の後ろで組んで呟くようにして言った。


「俺が誰かに負けるなんざ、そんなことは俺自身が許さねぇ。ただ、骨が折れる作業だなと言ったんだ。殺しにも至らない、面倒な作業だと」


「何もワシは、正面きって逃げろとは言うてへん。お前さんの言うところの、面倒な作業を簡略化させる方法がある。つまり、近道ショートカットがあるっちゅう話や」


「なるほど、地下女帝エンプレスですか」と、ルビィが前のめりになりつつ、訳知り顔で続けた。


「ジェネレーターたる彼女の能力を使うんですね?」


「流石はルビィや。お前さんの熱視線ホット・アイは、どうやら人の心の内まで見透かすようやな。よくぞそこまで進化した。お前さんなら、きっとこのノルマを達成できるやろう」


 ドクターは、相手が欲しているであろう言葉をそのまま差し出すと、満足げに首を縦に振った。

 ルビィが、ほんの少し頬を染めて照れたように笑った。大人びた雰囲気を纏う彼女にしては珍しいほどの、少女じみた笑顔だった。


地下女帝エンプレスの能力については、皆知っているな?」


 アハルを除いて、全員が頷いた。


 ドクター・サンセットを筆頭とする非公式の地下武装組織・ダルヴァザ。その象徴として君臨する地下女帝エンプレス人造生命体ホムンクルスとの間で、直接的なやり取りが交わされたことはほとんどない。

 それでもドクターの説明から、あるいは訓練場で一人汗を流す彼女の戦いぶりを偶然目撃するなどして、全員が地下女帝エンプレスのジェネレーター能力を把握していた。攻撃に転化すればひとたまりもないほどに強力である一方、能力の運用方法が多岐に及んでいることも含めて。


地下女帝エンプレスの力があれば、誰一人として余計な面倒事に関わることなく、無事に幻幽都市を脱出し、《外界》へ飛び出せる。その後、お前さんらがどう生きようが何をしようが、ワシの知った事ではない。《外界》で平々凡々と暮らそうが殺戮の道を歩もうが、関知はせえへん。何をしたって構へんし、何をしたって干渉はせえへん。ただし、条件をクリアした者に――この『卒業試験セレモニー』という名のゲームを突破した者にだけ、その権利が与えられる……そういうことや、チャミア」


 マヤの隣で、いたいけな少女が怯えを隠そうともせず、びくりと体を震わせて俯いた。目の前に突如として突き出された凶悪な刃を前に、どのような反応を見せれば良いのか分からないとでもいう風に。

 

「なぁチャミア。お前、外の世界を見たいと思ったことはあるか?」


「あります。ドクター」と、チャミアが早口で答えた。


「でもそういった思いとは無関係に、私は私なりに努力してきました。貴方のご期待に応えようと、必死で――」


「その言い訳は、ワシが一番嫌いな類のヤツや」


 ドクターの目が据わり、声に鋭さが増した。説教というより、立場の優位性が低いものを甚振って愉しんでいるかのような節があった。

 チャミアにしてみれば、今の状況は悪夢そのものだった。叱られることが怖いのではなかった。問題は、そこに愛情が存在するかどうかという点だ。

 ドクターの発する言葉の一つ一つに、それは無かった。鋭く振るわれる鞭のような加虐心と、大仕事を前にした緊張から来る恐れとが、飢えた狼の如くチャミアの全身に食らいついてくるだけだった。

 チャミアが、自分では抑えているつもりでも、泣きそうな表情になってしまうのも無理はなかった。黒一色のレースがあしらわれたスカート。その下に隠された乳白色の足は緊張と悔しさで震え、膝の上で固められた拳に汗が滲んだ。


「必死に努力しました。でも結果は出せませんでした。それでも認めてください――阿保が。反吐が出る言い草や。この世の中、結果を出したもん勝ちや。それが価値を示すということや。勝たねば無価値や。お前はそれが分からんから、あんなひどい結果しか生まないんや。なぁ、チャミア。ワシの言葉の意味を、そのしょうもない脳みそでしっかり噛み締めとるか?」


「……はい。申し訳ございません」


 涙声のチャミアを前に、ドクターは口から糞便を吐き出すような表情を取ると、大げさに溜息をついた。

 キリキックはその様子を面白がって眺めていた。ルビィは心配げな視線を末妹たるチャミアに向けつつ、それでも掛ける言葉が見つからないのか、押し黙っている。

「たのしたのしたのしーーん」と、コンタクトレンズ型のウェアラブルデバイスに覆われた目をぐりぐり動かして、アハルが叫んだ。また発作に襲われてしまっているようだった。


「まぁ、はなからお前さんに期待などしとらん。それでも、たかだか九体しか殺せなかったというのは、ちょっとワシの想像を越えとったな。無論、悪い意味で」


 さっきの訓練の結果を言っているのは、直ぐに分かった。

 丁度、九百九十九回目に実施された戦闘訓練のことを。


「お前さんに与えたジェネレーター能力は、決して弱くないはずや。それなのに、あの有様とはなぁ」


「少々、言い過ぎじゃないか? ドクター」


 鬱々とした空気を破る様に、龍の刺青を怒りで赤く染めながら、マヤが口を開いた。流石にこの状況を放置するわけにはいかないと思ったのだろう。ドクターを見て、それからチャミアの方へ労わるような視線を向けた。


「今日はたまたま調子が悪かっただけだ。それに、チャミアがこれまでの訓練で著しく悪い成績を残してきたというのならともかく、実際は俺やルビィよりもいい成績を残した事だってあった。そのあたりをもう少し、鑑みてくれてもいいんじゃないのか?」


「マヤ、お前は過去に生きとるんか?」


 心の底から馬鹿にするようなドクターの台詞に、思わずマヤは振り返った。


「なんだと?」


「過去の結果に縋っとるんかと聞いているんや。ええか? お前らには黙っとったが、さっきの訓練は最終テストやったんや。お前たちが自由を勝ち取る為の戦いに臨む前の、最後のテストやったんや。のお前さんたちの状態を知るためのテストや。そこで力を発揮できなかったんやから、どれだけ叱っても叱り足りんわ」


「なぜ、そこまでムキになるのですか」


 唐突に、スメルトの渋みを効かせた声が広間に轟いた。ようやく自分が発言するレベルの段階まで会話が進んだと、そう言いたげな声色をしていた。


「スメルト、お前さんにはワシがムキになっとるように見えるのか? 手元にあるこのボトルを、まだ叩き割ってもいないのにか?」と、口角を上げたドクターが右手の人差し指でボトルのキャップをコツコツ叩きながら、視線をスメルトに向けた。


 スメルトは聞き分けの良い子供の様に、マヤと違って反論することなく、直ちに自らの発言を弁解しにかかった。


「お気に障ったのでしたら謝ります。ですが気にかかるのです。駒である我々の力がどの程度成熟しているかをテストしたということは、つまり、我々全員の力を必要とするだけの、何らかの大仕事を控えているということではありませんか?」


《……確かにその通りだぜ、エスカルゴ・ブラザー。俺も丁度、あんたと同じことを考えていたんだ》


 この場にいる全員の電脳へ、唐突に電子の音声が届いた。無遠慮さを自覚している調子で。

 マヤたちの視線が――スメルトの場合はその二対の細長い触覚を動かし――テーブルの一番端へ集中する。

 生命維持装置の機械が積まれた電動車椅子。その乗り手であるアハルが「あへあへはへぇーー」と、生身の声でうわ言を囁いている姿があった。

 しかしながら同時に、彼の電脳から響く声は実に真っ当だった。それは、発作に対する一種のカウンターとも言えた。気狂いという名の霧で隠されたアハルの魂が、何らかのはずみで顔を覗かせたのだ。

 ドクターも他の人造生命体ホムンクルスも、驚きはせずとも興味深げな態度でアハルの様子を注視していた。

 日常的に繰り返される発作に紛れて、ごく稀にアハルの脳は正気を取り戻す。ちょうど、雲間に隠れた太陽が時折見せる気まぐれな陽光のように。


《偉大なるドクター・サンセット。俺らみてぇな半端者には、アンタの崇高な理念を理解するのに膨大な時間がかかる。それこそ、神の言葉を紐解こうとする宗教学者のようにな。だけど、気になるんだよ俺も。アンタが一体、何を望んでいるのかを》


 アハルが生身の声でうわ言を呟きながら、その一方で迫るような電脳音声をあるじに向かって放った。そこには、真意に辿り着かんとする意思が見え隠れしていた。


《ワシの望みが知りたいと?》


 ドクターがゆっくりとした調子を崩さず、電子の声で応えた。

 すかさず、アハルが言葉を被せてくる。


《知るべきだと俺は思うねぇ。俺達がバイオプラントという名の揺り籠の中で産声を上げて、もう六年と半年の月日が経つ。その間、一日と欠かさずにアンタは俺達を成長させてくれた。俺達が背負うべき業と、行使すべき素晴らしき力をお与えになった。だが、アンタはサンタクロースじゃない。そうだろう? 他人に力を与えるだけ与えておきながら、自分の本心をいつまでも隠し通すってのは、こいつは俺にしてみれば中々にショッキングな話だ》


《どうしてそう思うんや?》


《本心を明かさないってのは、つまり疑念の現れだ。このお方は俺達の力を、信用していないんじゃないか……そんな風に思っちまうのさ》


 アハルが刺すように放ったその一言が、青白いドクターの不健康な肌を、瞬く間に紅潮させた。それは怒りからではなく、興奮と僅かばかりの納得からきたものだった。

 当たらずとも遠からず。自らの本心に掠った電脳戦士の言葉に、ドクターは素直に感心した。


《子供が親に不信感を抱くってのは、親も辛いだろうが、子供にとっても辛いものなんだよ。頼むぜドクター。俺達にアンタを信じさせてくれ。今までよりも、ずっと強固に》


《流石や、アハル。そこまで言われたら、ワシも大人や。電子の世界で数多くの試練を積んできた勇者の誠意に応えようやないか》


 ドクターは生身の声で、ついに決定的な告白をした。


「幻幽都市を破壊する。それがワシの望みや。お前さんらには、ワシの願望を叶える為に協力してもらう。その為の卒業試験セレモニーや」


 有無を言わさぬドクターの宣言を受けて、一時の静寂が広間に流れた。

 直後、「すんごおおおおーーい」と、アハルの発作だけが、場違いなぐらいに大きく響いた。

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