第21話 天使の精神年齢は三十路

 そこは天国と言え地獄とも言えた。気持ちいが過ぎれば痛いに変わり、それがまた気持ちいに変わるという何とも不思議な状況だ。こんな体験は生まれて初めてだろう。


「くっ……あっ! エリ……やめてくれっ! それ以上は!」


「ふふふ、やっぱりここが弱いんですね~♪」


「ひゃぁぁぁぁ!!!」


 転移系と思われる呪文でヴァルキリー城中にある客室から、ピンクと白を基本とした壁に覆われ、テーブルには現代の雑誌や化粧品、デスクにはPC、その脇には加湿器やドライヤーなど色々置いてある。そして仕切りがない小さなキッチン。いわば”今を生きる現代少女のワンルーム”に飛ばされたわけだが。

 

 —―どうしてこうなった。


 ここに着くや俺はピンク色のいい匂いがするベッドに押し倒され腕と足を縛られ今の謎状況に至る。これは報復と言った方がいいのかもしれない。


「わたし! 一度ご主人をにしてみたかったんですよ~♪」


 俺の隣に腰をかけこちらを見下すようにニタァと笑うエリからは慈悲を持っているようには全く見えない。そして今行っている行為を愉しそうに続行する。


「っ……! だめ……だ! マジでほんとにそれ以上……は!」


「はぁ~♪ そんな情けない声を出して本当に可愛いですよ♪ ごーしゅじん♪」


 左手で頬を抑えて何か快感に身を震わせながら右手で俺の弱点を適確攻めてくる。その見下す瞳からはもう理性というものがあるようには見えない。


「ひっ……! ふっ……はっ!」


「あぁもう! その表情がたまらないです♪」


 倒されている俺の隣に寝ころがりながら俺の頬を触れるエリは今だ攻める手を止めずにいる。そして攻める右手に力を入れていく。


「ふあぁぁぁぁ!!」


「可愛い……可愛いですよご主人! もうっ! これ異常やってしまうと私の理性が保てそうにありません♪」


 すると拘束されて動けない俺のふとももに跨り乗りながら上機嫌に両腕を動かし弱点を再度攻め始める。


「抑え……が、効かないなら……やめたら、どうだ……?」


「えっ? 私が満足するまで止めま—―」



 —―ガチャッン!!



「ガブちゃん! 久ぶり…………あら? ごめんなさいね~。お取込み中だったようね~」


 突如として開かれた扉を見ると、そこにはおっとりしていそうなお姉さん系の表情を浮かべ、金色の肩まではある髪、ユ◦クロで売っていそうな男性用だと思われる大きな鼠色のフード付きパーカーを着て、エリと同じく大きな白い翼の生えた人が立っていた。

 その人は何かを察したようにしてドアノブに手をかけて閉めようとする。


「待ってくださいウリエルちゃん! これはただのツボ押しマッサージですから!」


 そう……俺は今まで色々なツボを雑誌を見比べて実験台のように押され続けていたのだ。凝っている場所は気持ちいと感じるのに、特に異常がないところは強い痛みを発する。

 

 ここで「R18のようなことされてる?」と勘違いしている貴方! ブラウザバックは早いですよ! by光輝より。


 エリはその場からすぐに立ち去ろうとするお姉さん天使の腕を掴み止める。


「大丈夫よ~。安心してガブちゃん。使を破ったことは誰にも言わないから。好きな殿方とは誰だってそういう行為はしてしまうものよ~」


「ちょっと!? 違うんですよ! そんなことしてません!」


 何故に”まだ”を強調したし。もしかしてここでこのお姉さんが入ってこなかったら俺は童貞を卒業していたのだろうか。


してないんですよっ!」


 何故二回言ったし。


「あらあらそうなの~」


「信じてくださいっ!」


 説得するために「わーわー」と騒ぐエリとそれを見て微笑みながら「そうなのー」と聞き流す金髪天使がまるで姉妹のように見えた。もちろんエリが妹で金髪天使が姉だが。分かっててエリを弄っているのだろう金髪天使が満足するまで結構な時間を要したのだった。


       §


「そういえばガブちゃん。30年前に会った時より随分と明るくなったわねぇ~。あの時は死んだ魚の目をしてずっと水晶玉を見続けていたのに」


 エリと金髪天使はベッド隣の床に置かれた折り畳みテーブルの前に座り、いい匂いが漂う紅茶の入ったハートの模様入りのマグカップを持ちながら世間話を始める。

 ※俺は放置されてます。


「あーっ! ウリエルちゃんやめて下さい! 恥ずかしいですから!」


「ふふふっ♪ やっぱりその今のこの感じが私は一番好きよ~」


 そう言ってウリエルは隣に正座するエリを豊満な胸に埋めてギュッと抱く。

 てかあれデカくね? 現実世界であそこまでの巨乳+金髪美人+お姉さんタグなんて存在しなかったよ? おっとりお姉さんも希少の分類なんだぞ。


 だがしかし、長距離ならまだしもゼロ距離で視姦光線を胸に放つのは色んな意味でまずいんだ(主な要因はエリ)。ってそんなことは分かっている……分かってるんだけど……俺の目が凄いヘイトを持つ胸へ引き寄せられるんだよ……。

 くそっ! 耐えるんだ耐えるんだよ俺! ここが最初の印象の瀬戸際なんだぞ! ここでゴミ扱いされたらもうおしまいなんだぞ!


「あらぁ?」


 暴れるエリを抑えて頭をなでなでしていた金髪お姉さんがそんな極地に立たされ葛藤していた俺の方を訝しげに見ながら呟く。もしかしてチラ視が気づかれた!?


「それでガブちゃん。この子は二人目?」 


「ぷはっ、違います! そういうのじゃないですよっ!」


 二つの富士山に深く埋められていたエリはと何とか抜け出してその言葉を全力で否定しにかかる。


「でも、をするなんてやっぱり」


「だからそうじゃないんですぅ! この人はコウさんですよコウさんっ!」


「コウ……? ってあのなの!?」


 この死んだと思っていた人が実は生きていたみたいな反応。このウリエルっていう天使も前世の俺を知っている? そもそもこの天使以外にも俺の事を知っている天使が居たりして……。まさかそんな事ないよな。


「はい。人間どころか天使まで救った英雄のコウさんですよ」


 どうしてフラグを回収するのが早いの? 今さっき思ったばっかりじゃん。

 ※フラグ回収業に就職していたようです。


「そう……。あの可哀想な運命を辿ったコウ君の生まれ変わりなのねぇ」


 マグカップをテーブルにコトッっと置き俺の方を懐かしそうな視線を向けてくる。それは以前エリから受けた時のような寂しそうな表情であった。


「そうですよっ! まったく! ただ天界とのを持っているだけで”黙示録の主犯だ!” なんて言われ追放されて! その時に何度ヴァルキリーを滅ぼそうかと思ったことか!」


 その場でベットに寄りかかり何か昔を思い出し怒りを露わにしながら言葉を吐き出す。その表情から見て今も恨みを持っているように見えた。


「自分だけ助かる方法もあったのに人の為に動いてその結果、悪者として末代まで語られているなんてねぇ~」


 なるほど。前世の俺は超が付く程のお人よしだったのか。

 それで? その前世の俺を知っているこのおっとり金髪お姉さんは何者なんですかね。まあ天使であることは確定だと思うが。


「俺を知っているあなたは何者なんですか?」


 両腕両足を縄で縛られているので目を使って誰を指しているのかを表現する。つーか解いてくれよマジで。食い込んで痛いんですよマジで。俺はドMじゃないんですよ本当に。


「私? 私は”ウリエル”っていうの。ガブちゃんと同じで七大天使の一人ねぇ。そして貴方の前世、コウ君とは夫婦仲だっt――」


「捏造は止めてください!」


 そこで言葉を遮るエリ。


「ウリエルちゃんじゃなくて私とコウさんがラブラブな夫婦na――」


「結婚してなかったよねぇ~」

 

 そこで仕返しの如く笑顔で言葉を遮るウリエル。


「っ……でもっ! 結婚しようと口約束をした仲だったんですよ!」


「でもそれ言ったら私もコウ君に”絶対に助けるから安心してくれウリエル”って頭を撫でられながら熱烈に告白されたのよねぇ~」


 両手で顔を抑え、くねくね体を動かしながらウリエルは嬉しそうに笑う。


 ――じとぉ……


 自分の体に纏わりつくような視線を向けてくるエリさん。前世の記憶とか持ってないんでそういうのは止めて頂きたいんですよ。


「そしてね。使を破りそうになったりもしてねぇ」


 ――ゴゴゴゴゴゴゴ


 次は殺意の籠った視線を俺に浴びせてくるエリさん。いやだからさ、前世のプレイボーイな俺の事で今怒られてもどう対応すればいいか分からん訳ですよ。


「……そうですね。他の天使にご主人が取られる前に私が先にヤってしまえば……」


「っ……!?」


 なんだ今のギロリとこちらを窺う視線!? 寒気が全身に走ったぞ! たとえるなら扉を開けたら一面にゴキブリがガサガサガサッ! と蠢いているのを見てしまった感覚。

 ※実家であった実体験からくる感想です。

 つーか”ヤる”じゃなくて”殺る”だと思うんですそれ。


「まあ、それは夜の楽しみに取っておいて」


 今晩やるの? うそでしょ? 大人の階段を登る……ってもう二十歳過ぎてる24歳独身でした。


「今日、ウリエルちゃんは何の用事で訪ねて来たんですか?」


 ベットに寄りかかって楽な態勢を取っていたエリは女性でも痛いと言われるを平気な顔でしてウリエルに質問する。


「それは大きく分けて二つあるの。一つは単純にガブちゃんに会いたかったから。だってもう長い事会っていない友達に会いたいと思うのは普通でしょう? そしてもう一つはに侵攻しようとしていたらしいから確認に、ね?」


 守るべき国を侵攻? エリが何かやらかしたのだろうか。


「あー、やっぱりですか」


 エリは一人で勝手に納得してさっき持ってきたクッキーをかじっている。そういや俺、さっきの天使VS騎士二人の影響で魚一匹しか食ってないから腹減ってんですよ。だけどここで「腹減ったからソレくれ」なんて言ったらエリがまた新たな事に目覚めそうだから我慢する。

 まあ、それより疑問の事が勝ったので聞いてみることにした。


「えっとどういうこと?」


「私はヴァルキリーの守護天使なのはご存知の通り」


「あぁ、それはさっき聞いた」


「そしてウリエルちゃんは私と同じように契約によって国を守る天使なのです」

 

 えっとウリエルは攻められるかもしれないから確認に来た。そして一つの国の守護天使。これから導き出される答えは……。

 あっ(察し。


「なあ……。それってもしかして」


「そうよ~。サンデルモ……今は"二次元LOVE"だったわねぇ。まあ、その国の守護天使なの~」


「…………」


 エリと同じような強さを持っているだろう天使が敵側にもいるとか予想外なんですが。ドラゴンならまだしも天使とか絶対10式戦車とかAH-64じゃ勝ち目ないだろ。この際、魔改造で防御力に超特化した着脱可能な反応装甲モジュールでも製作するか?


「もういい加減に守護天使の座から降りたいのだけどねぇ~」


「あ~。それ分かります。目的は達成したので私も降りたいんですよ~」


 二人の天使は今座っているテーブルに頬杖をついて気怠そうに呟く。なんかありふれているというか、安心できるというか、「授業めんどくさいなー」って感じの現代少女の会話のように聞こえる。


「やっぱりガブちゃんも? そうよねー、相手国に攻められるたびに守らないといけないなんてねぇ」


「ですです。私はご主人さえいればどうでもいいんですがねー」


「あ~あ、私が先にコウ君と会っていれば~」


「えへん! ご主人は絶対に渡しませんよ!」


「うーん、それだと愛人枠しかないのねぇ~」


 いや違う! これは女子会というより二十代後半で未婚者の二人が合コンし、成功した側と失敗した側が居酒屋で飲み合っているみたいな感じだ! もしかしてこの方達の精神年齢って三十路なのか?

     

     §


「私から一つ提案があるの」


 まさしく女の子(年齢不詳)といった感じの他愛ない世間話をしばらくエリと楽しんだ後、ウリエルが思い出したように提案を持ちかける。


「なんですか?」


「今回の戦争は天使は参加せず人間だけで行わせるっていうのはどうかしら?」


 それってつまり"めんどくさいから介入せず人間のなるようなままにさせる"ということだろうか。


「いいんですか? 自国が攻められているのに」


「いいのいいの。誰に召喚されたかわからない”向こう側の人間”が今の国を統治してね、その子のやり方が気に食わないのよ~」


 ウリエルは何故この世界にあるのか判らない『あっという間に直ぐに沸く』が売りの電機ポットを持ち、ティーパックの入ったマグカップにお湯を注ぐ。


「えっ? ウリエルちゃんが仕えるに召喚されたんじゃないんですか?」


 エリは疑問を口にしながらキッチン台の上に取り付けられた収納スペースからバニラとチョコ味があるクッキー、カ○トリー○アムの袋を取り出してこちらへ持ってくる。つーかなんであるねん……。


「あ~、その様子だとヘラ様が召喚した訳じゃないのねぇ。確かにあの方はそんな卑怯な事をする神ではないものねぇ」


「あっ、なるほど。そう考えていたんですか」


 またしても察し合いをする天使二人。いい加減察し話とか嫌なんですよ。


「あのー? どういうことなのか聞いても?」


「はい。つまりウリエルちゃんはこう考えていた訳です。ヘラ様はヴァルキリー以外にも信仰させる国が欲しいけどもう他の神に取られてない。それに神はどんな時でも人間に干渉してはいけない。だから相手国に自分で転生させ洗脳した人間をばれないように送り付け国王にさせる、又は進言できる立場にさせ自国を攻撃させるわけです。すると自国の平和を脅かす相手国を止める為に占領するという”大儀名分”ができるわけです」


 なんだそれ、真珠湾の時のアメリカみたいじゃねーか。


「でもあの”元"駄女神がそんな事するはずありませんよ」


 "元"ってことは今は改心したということなのだろうか。


「そうよねぇ。元ニー友であるイリス様もそう言っておられたしねぇ」


 何だよニー友って。いやニート+友達ってのは想像つくけどそのネーミングセンスはちょっと……。俺が言われたら少し傷つくレベルだぞそれ。


「まあ、分かりました。この戦争に私達は介入せずご主人達に任せましょう」


「ありがとね、ガブちゃん」


 お礼を言うと立ち上がり最初入ってきた扉の方へ向かう。そういえばここは何処に位置するのだろうか。エリの部屋と言う位だし神の国とかか?


「それじゃ、そろそろお暇するわね。ガブちゃんもたまには天界へ帰ってくるのよ?」


「はい。それではまた」


「うん。またね、ガブちゃん」


 別れの挨拶をした後、扉を開けて外に出ていく。って何だろう、見間違いなのかな? 俺にはように見えたのだが。


「なあエリ。いい加減に縄を解いてくれないか? 食い込んで痛いんだが」


「えっ? あっ! すみません! 今切りますので」


 その場で「オープン」と呟き長剣を手元に出しスッと器用に縄だけを綺麗に切断する。何故だかその時、恐怖を感じなかった俺って耐性でも付いたのだろうか。

 

 縄が切られ自由になった後、玄関と思われる扉に近づいて開け…………。


 ――扉の先は断崖絶壁でした。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!! マジであぶねぇよ! 道があると思って進んだら絶対に死んでたわ!!」


 壁を掴みながら下を覗くと頭を吹き飛ばしそうな程の強風がブワァァァァァ!! と吹き荒れる。高さから見て絶対にスカイツリーよりありますぜこれ。


「あぁ、言ってませんでしたね。ここはヘラ山脈の谷に作られた私の家です。基本こんな場所にはウリエルちゃんとかヘラ様くらいしか来ません」


 確かに、こんなところに人間が来れるはずないよな。もし仮に来れたとしても目の前に立つ大天使によって人生のGAMEOVERになりそうだが。

 つーかこれ、一度この家に入ってしまったら逃げられないんじゃね?


「さーて、次は


 雑誌を見ながら恐怖すら感じるニヤァと笑う顔を見て理解した。俺の精神が擦り減らされる地獄はまだ終わっていなかったようだ。


「そうだ、これにしよう! ごしゅじーん!」


 雑誌の決めた部分を指さしこちらに向けながらゆっくりと迫ってくるエリ。前からは天使あくま、後ろに下がれば即死の絶壁。


「は、はは」


 この詰んだ状況から救済するのは神様でも無理なのかもしれない。


「マッサージの次はこれですよ!」


「はぁ!? おい嘘だろ! 嫌だッ! ヤメルンダッ! お願いです止めてください何でも――」


 ――ガシッ


「それじゃあご主人♪ ♪」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 絶対に離さないといった感じで強く捕まれ、部屋の奥へ連れ込まれる俺。

 

 その後、部屋に響き渡る俺の断末魔。救いを求める声はただ壁に反響するだけで誰にも届くことがない。むしろそれは天使あくまを滾らせるだけだった。

 ここで俺はこの世界に来て二度目の死を覚悟した。



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