第32話 冥府3

天空に紫の上の声が響き渡ります。





「女三宮様のお輿入れが決まった時には、正直私は心の底から落胆しました。


それはそうでしょう、私は源氏の正妻だと思ってましたからね。源氏もそう





言ってたし、みんなもそう思ってたと思います。だからそれに恥じないよう


に努めて努めてつつましやかにお支えしてきたつもりです。ところが、よく





考えてみると正式な結婚の儀はしておりません。ということは源氏が御正室を


迎えるということは万が一にもあり得ることだったのです」





老いたる源氏と柏木は体中冷や汗でびっしょりとなっています。


額の汗は水溜りのようになっています。


二人の頭上に紫の上の魂の叫びがとどろきます。





「ましてや、子ができるなどとはもってのほか!最も恐れていたことが起き


てしまった。私はその恐怖に何度も出家を試みましたが源氏は、私のこの苦しみ


などは気づきもしない。『私を独りにしないでくれ』と泣きついてくる始末、





なさけないったらありゃしない!結局私は死んじまったよ。おまえたちに


なぶり殺しにされたんだよ!ああ、もういや、男の無神経には虫唾が走る」





源氏と柏木は顔面蒼白、がたがたと歯は打ち震え氷の水を


浴びせられたようになっています。





「二人とも!この冥府からはちょっとやそっとじゃ成仏


できないようにしてやるから覚悟しとき!」





能面こおもての紫の上はくるりと背を向けて暗闇に消えていきます、


その後ろ顔は般若になっていました。


般若の顔だけが大きくなって源氏と柏木を飲み込んでしまいました。

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