第20話秋好む中宮4

「母は私たちが伊勢に下るいきさつをよく話してくれました。


葵祭の車争いはほんとに悔しかったのでしょうね。


これは最後まで何度も聞きました」





「あの行列には私も加わった」


「その貴方見たさに私の母はお忍びで早くから一条大路の


一番いいところに目立たぬよう車を止めていました」





「とても蒸し暑い日じゃったのをよく覚えている」


「そこに何も知らぬきらびやかな網代の御紋車が割り込んで来


ました。左大臣だと分かります。乗っているのは葵上様。十数


人の側副そばぞえが御息所の側副と小競り合いになりました」





「大路でもめていたのは後から聞いた」


「あなたのせいでついに母の車の榻しじを壊されてしまいます」


「口惜しかったろうな。六条の御息所とわかりさえすれば恋敵を


追い返すことができたのに、すまないことをした」





「母の怒りは頂点に達し、それからは毎日芥子を焚いて


恨みの加持祈祷を続けたそうです。死ぬまであの時は口惜し


かったと申しておりました」





「その執念深さは母譲りじゃ」


「はあ?」


「そう申しておった冷泉が」


「どういうことでしょうか?」


「秋好む中宮は今薫の君にぞっこんじゃと」


「まあ、それほど入れ込んではおりませんよ母上のようには」





大きな笑い声が庵の外まで響いてきます。


嵯峨野は種々の紅葉や楓に色冴えて赤茜やヤンマが


飛び交っています。松茸はとうに食べ終えて


夕日が西に傾きます。

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