第17話秋好む中宮1

嵯峨野は紅葉の盛りを迎えます。山椒、紅葉、楓、櫨はぜ、クロモジ、漆、ブナ、


ななかまど、マンサク、鬘等々。色もさまざま。空は空、夕暮れ茜。白すじ雲。赤茜。


深緑 緑 黄緑 緋 赤 朱 紅 深紅 薄黄 黄 黄土 橙 薄紫 茶 薄墨。





化野の脇に得も言われぬ深紅と緋色のこの世のものとは思われない


真っ赤な紅葉がみえます。深紅は高く緋色は低く化野への道しるべに


二つ並んで見送られているようです。





山には鹿、猿、猪。鳩 烏 雉 雀 郭公の声。夜は梟。鈴虫 松虫。夕餉の香り。


むかご、山芋、椎茸 ごぼう 百合根 蓮根 銀杏 しめじ。


川の鮎、オイカワ。池の鯉、鮒、石伏、タニシ、モロコ、ナマズ等々。





紅葉狩りは嵯峨野です。毎日公家や殿上人が訪れます。今のように人はほとんど


住んでいません。山裾ぎりぎりまで牛車で行きます。後はゆっくり裾歩き。


紅葉葉を焼いたり酒盛りもしたみたいです。天皇の御幸もありました。





その北の山すそ清滝からの小川の脇に老いたる源氏の庵はあります。


周りは畑と山側は灌木の林。東は開けていて都の町が望めます。





暖かい日差しに今日は秋好む中宮が訪れてきました。青糸毛車が雲隠庵に近づいて


いきます。中宮ともなると牛童、車副え20人ほどの大行列です。





雲隠庵から読経が聞こえてきます。張りのあるいい声です。





「自我得佛來 所経諸劫数 無量百千萬 億載阿僧祇 常説法教化 無数億衆生


令入於佛道 爾來無量劫 為度衆生故 方便現涅槃 而實不滅度 常住此説法


我常住於此 以諸神通力 令顛倒衆生 雖近而不見 衆見我滅度 廣供養舎利


咸皆懐戀慕 而生渇仰心 衆生既信伏 質直意柔軟 一心欲見佛 不自惜身命」





雲隠庵に惟光が伝えます。


「梅壺の中宮様がお見えでございます」





源氏は読経をやめて空をにらみ、


「秋好む中宮様のお見えか?」





お市の方は大急ぎで源氏を立たせ寝の間に導き練生絹の直綴に着替えさせます。


「おいち、いつもすまぬのう。ところでそなたは春と秋、どちらが好みじゃ?」


「春好みでございます」


しわがれた声で源氏は思わず顔をそむけます。





源氏が上敷きに座ったところに梅壺中宮(秋好む中宮)が現れます。


素晴らしい香りが漂います。


「ふむ、梅壺じゃな」

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