5-1

 ライン川に沿って北上。耕地の区画を示す境界石の脇を抜けると、ライン川の対岸にミュールハイムが見えた。郊外の庭園や納屋を横目に二人は走り続ける。

「あともう少しだ」とアンナ。

 それから小一時間も走った頃、ケルン市街を囲む城壁にたどり着いた。

 市内からは教会の鐘の音が聞こえる。

 二人の走る先にある城壁の門が閉められようとしていた。

「待ってくれ」

 エリオットが大声で叫んだ。門番たちはエリオットとアンナに気づいているが、かまうことなく門を閉める作業を進めていく。間に合うか、間に合わないか。いや、この調子だと厳しいだろう。ここで市内に入れなければ、外で一日過ごすことになる。ケルンが目の鼻の先にある状態で一日を失うわけにはいかない。

「金を投げろ、エリオット」とアンナ。

「俺が?」

「お前の名前はなんだ」

「俺がエリオットだよ、クソ」

 エリオットはグルテン硬貨を閉められていく門に投げ込んだ。手間で落ちた硬貨は転がって、門番の足元まで辿り着いた。

「もっとあるぞ」

 エリオットは再び叫んだ。

 門が閉まる速度が明らかに遅くなった。

 これなら間に合いそうだ。


   ■


 門番二人に合計八グルテンを支払った。もう赤字だ。持ち出しになる。

「出ていくばっかりだ」とエリオット。

 それから二人は宿屋を求めて、馬を連れてケルン市内を歩いた。曲がりくねった小路が多く、物乞いや貧者も多い。だがそれ以上に立派な市民も多く、庭園を持つ家の数も少なくなった。

「来たことは?」

 アンナはエリオットに聞いた。

「ない。だが手紙を送ったこともあるし、手形を振り出したこともある」

「そんなのは経験にならないだろ」

「あんたは?」

「ある。だからいい宿屋を知ってる。こっちだ」

「だったら聞くなよ」

「何か言ったか?」

「いや、何も」

「聞こえてたぞ」

「じゃ聞くなって」

「だから聞いたんだよ」

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