僕が歌えば、君が来る。

朝練があるわけでもないのに、一人早く来て部室に行く。当たり前だけど、誰もいない。

まだ人があんまり来ていないからとても静かで、とても音が良く響きそう。

コードをスピーカーにつなぎ、ギターにつなぐ。チューナーをつけて音を合わせる。

ピックを持ってゆっくり深呼吸。頭の中では目の前にお客さんがいっぱい。

閉じていた目を開き、ゆっくりと息を吸い、                   歌う。




パチパチパチパチ

一曲歌い終わると拍手が聞こえてきた。正直疲れていてしゃべりたくない。


「うるさいと思ったらおまえか遠藤。」

「………………。」


結局無言。喋れるほど気力が残っていない。まぁ、この人の場合喋らなくてもいいだろう。

入口近くの椅子に座っていたあの人は、そばまできて飲み物を差し出してきた。

それを無言で受け取り勢い良く飲む。500mlのペットボトルの半分まで一気に飲んだ。

歌いすぎて喉がカラカラだったから。


「大分上手くなったな。」

「………………。」


ども………。と言うふうに首を少し前に突き出し礼をする。ただそれだけでやっぱり喋らない。喋りたくない。

早く帰らないかな。

そんな思いとは裏腹に、あの人は帰る様子なし。


「(早く帰れ早く帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ………。)」

「なぁ、」


一生懸命視線を送ったが、無視して話しかけてくる。

朝日が後ろからあの人を照らしてるから表情は見えない。


「俺と付き合ってくんね?」

「ぶふぉっっ」


盛大に飲み物を吹き出した。びっくりして。いきなりすぎて。

                                  嬉しくて。


「げほっげほっ………」

「えっちょ、大丈夫か?!」


あの人は横に来て背中をなでてくれる。もう大丈夫とジェスチャーで伝え深呼吸。

顔が熱い。嬉しいのと、恥ずかしいので。


「で、答えは?」


その言葉が嬉しくて、でも恥ずかしくてなんだか悔しくて、ツンっと横を向いた。

きっと耳まで真っ赤だ。


「えー、それはどっち?」


横向いたまま向き直れなくてどうしようと考えていた。

正直、頭の中がいっぱいいっぱいで何も考えられない。

あと、若干信じられない。

あの人が私を好きとかありえなさすぎて………。


「ねぇ………………無言は肯定にとるよ。」


わざと耳元で囁くあの人。

少しだけそっちを盗み見ると、顔も耳も真っ赤。

思わずそっちをガン見。

あの人もこんな表情するんだ………。


「………なにかな。俺の顔なにかついてる?」


少しだけ首を振る。そしてそのまま、またガン見。

珍しいから、あの人のこんな表情。

気づけば壁に追いやられていた。

少女漫画とかでいう壁ドン状態。

そしてそのまま、


チュッ


軽く唇が触れ合った。


「………抵抗してくれるかな、嫌なら。」

「い、………嫌じゃ、ない………。」


やっと、それだけ伝える。

言った途端恥ずかしくなって顔を逸らそうとすると顎を掴まれた。

今時こんなことする人いるんだななんて考えてられない。

心臓が高鳴るばかり。

壊れそうだ。

目線はあの人の目から離せない。

吸い込まれる。


「………どうなっても知らないよ?」


顎を掴まれているから肯けない。

頑張って目で伝えてみるが、伝わっただろうか。

なんて思っていたら、ふっと優しく笑って、ふわっと抱き締められた。

そして囁かれた。


「好きだよ。」


それに私も、精一杯答えた。


「………私も、です。」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る