羅生門の鬼

まなぶ

人の噂と京の都

人はいつか死ぬ。

そんな当たり前の摂理は生物が生物としてこの世に身を置いた瞬間に決まる純然たる事実である。


だが時として、本当にそれは定められた運命なのだろうかと。

何かの掛け違いで本当は不当な結果なのではないかと疑いたくなるほどに大量の人がいっぺんに死ぬ。


戦か天災か。はたまた流行病からか。

どれが一番人を殺したのだろうかと、そんな無粋な事に興じたい訳ではない。


ただ上で挙げた事由に、負けるとも劣らない死の匂いが、この京の都を覆っている。


枯れ果てた草木に痩せこけた田畑。

通りを歩く人々は往々にして下を向き。


幼子たちはお腹が空いたと泣きわめく。


それに当てられた大人たちもどこか殺伐とした雰囲気で、どうにかならんものかと思案にふける。


答え合わせをするのであれば、この京を覆う死の空気の原因は飢饉である。


待ちゆく人々の言葉を借りるとすればここ何十年で最大の飢饉だそうである。


近年稀に見る冷夏の影響だとかイナゴの被害が甚大だとか長年の戦続きが原因だとか、人々は好き勝手に囃し立てる。


京の都でさえ、この有様であるからして。

辺境に位置する山村なんかの状況はもっと酷い。


飢えによる餓死に加えて、何故か働き手足り得ない年寄り子供が忽然と姿を消す。

その家族の者たちは口を揃えて「鬼が出た、鬼に連れ去られたんだ」と。


なるほどに真っ当なお話である。

鬼が本当に出ようとも出なかろうと。


そのような所業を成すは鬼であり、それが妖かしだろうが人の皮を被っていようが些末な事である。


つまり今まさに人の世は地獄にも劣らない有様なのである。

いや、地獄の方がマシだとか何だとか吹聴する輩もいるらしいが、そんな事は捨て置くような事案である。


地獄に神仏がいては景観にそぐわないからなのか、はたまた常日ごろから信心深い京の人々でさえも日々の生活に精一杯で手が回らないからなのかは不明だが。


京のいたる所に点在する仏閣の大小に至るまで、それはそれは酷い酷い有様で、遂には仏像やご神木まで野党共に盗まれる始末である。

その盗みを先導したのが寺の和尚に僧侶だって専らの噂になるほどだからよっぽどだ。


「仏道に身を置く置かないに関わらず、この時代に適応しようとする人々の何とも生き汚いその有様に、嘆く神や仏が居ても不思議ではない。


これ幸いと鬼や妖かし魑魅魍魎が人の世を闊歩したところで自業自得なのだ」


とは、最後の最後まで仏の教えを守り通したある和尚の最後の言葉。

自分の食い扶持さえも分け与えては、最後には餓死をしたらしいことも付け加えておく。


そんな顛末もあってなのか、はたまた人々の言い得ぬ罪悪感からなのかは不明だが。


今この京の都でまことしやかに噂される怪奇が存在する。

最初は「聞いた話」だとか「らしい」とか胡散臭い瓦版がよく使う常套句で締めくくられてはいたが、

最近は「丑三つ時に闊歩する怪異を見た」だとか「襲われて怪我を負わされた」だとか妙に具体性を伴った話をする者もちらほらと。


平時であれば「面白がったホラ吹きのよもや話」と捨て置かれるような話でも、言い知れぬ明日への不安を抱えた人々の心に妙に掛かるらしく、


気づけばその噂話はもはや現実の出来事として語られる程にまでに至ってしまったのである。


そして、今日も人々は口を揃えてこう言うのだ。


「知ってるか?昨日の夜、この羅生門に鬼が出たらしい」と。

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