第9話 大学大パニック


 なぜか大学周辺に突如湧いた交通渋滞。

 それらを突破するだけでも大変だったのに、やっとキャンパスにたどり着いた機動隊は更に戦慄した。


 大学事務部を通して校内に避難指示を出しているのに、キャンパス内は学生や教授で溢れかえっている。それぞれが研究室に飛び込み、出てくるときにはたくさんの資料を両手にあふれさせ運び出していた。彼らの形相は必死で、まるで火事場に閉じ込められた子供を助け出すために火の中に飛び込む親のようである。


 少なくとも通報にあった危険生物の存在など意識の外にあるようだ。


 バジリスクを捕まえに来たはずなのに、何か別の事態がおきているのだろうか。

 機動隊の隊長は機動隊を迎えにきたこれまた慌てた様子の事務員に事情を尋ねた。


「ちゃんと、危険生物の話と避難案内は構内アナウンスしたんです! ですが、聞いた人たちは全部進藤教授の錯乱の末のでたらめと判断したようです。それに、肝心の進藤教授からは発煙筒を構内に仕掛けたってメールが届いて……! 皆、実験データを避難させるためにてんてこまいで、避難指示に従ってくれません!」


「お、落ち着いてください。ただの発煙筒でしょう? 発火装置ならともかく、煙でものが燃えることはありません。不審物は我々に任せて安全な場所に避難するように再度アナウンスしてください」


 事務員はぶんぶんと首を振った。


「うちのスプリンクラーは煙感知タイプなんです! これどういうことかわかりますか?!」


「まぁ、……発煙筒の煙でも水が出ますな」


「そうなんです! つまり、スプリンクラーの水で、各研究室の実験用パソコンからコンピューター室のパソコンからプロジェクターやら、電子黒板やら、数億円の電子顕微鏡やら貴重な書籍やら……全部水没してしまうんです! しかも連動式だから、一ヵ所煙が上がると、各研究室、講義室のスプリンクラーが一斉に作動し……バックアップを取っている、さ、サーバー室までお釈迦に……」


 がくがくと震え始める事務員。復旧までの困難を考えて顔色が蒼くなっている。


(なるほど、データの避難でこうも混乱しているわけか。おそらく計画的な誘導だ。しかし、バジリスクを通報した教授は、一体何が目的でこんな行動を起こしたんだ? なぜ助けに来た機動隊を邪魔する?)


 隊長は考えてみるものの、答えはわからなかった。

 当たり前だ。まさか教授がバジリスクの洗脳ぱわーで綺麗な教授に生まれ変わり、バジリスクの味方についたなんて、神様だって思いやしない。

 悩んだ末、隊長は人員を三班に分けることにした。避難を誘導する班、自称発煙筒の不審物を探す班、もう一つはバジリスク及び教授の捕獲班である。しかし、本命は教授の捕獲だ。


(本人とっ捕まえて事情を聴くしかない。ともすると、事務員の彼が言うとおりに、本当に教授が錯乱しているだけかもしれない。バジリスク云々も出まかせの可能性が高いな……)


 方針が決まりキビキビと動く機動隊。

 隊長はそっと校舎を見上げた。花粉で黄色い空を背景にした、やたらと威圧感のある学び舎。


 ……得体のしれないものの伏魔殿に見えてくるのは、果たして気のせいだろうか。

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