第43話 魔王さまと特別な存在


 四方を囲まれ、半ば降参していた魔族たちは、軍団長であるグラードが倒されたことによって、ついに白旗を振った。


 魔族たちの処遇については、ストラからコボルトたちに一任されていた。

 生かすも、殺すも、全ては自由だと。


 あれだけ勇ましく戦っていた魔族たちが、平伏し、命乞いをしている。

 それを見てコボルトたちは、涙を流していた。

 ついに復讐を果たせたという嬉し涙か。

 あるいは、虚しさか。


 結局コボルトたちは、魔族を――何もしないまま解放した。

 これ以上モンスターを殺すな、と脅しをかけたかったが、言葉が通じないのではそれも無意味だろう。


 復讐は終わった。

 魔族にも、人間にも。

 ここに残る理由は、もう無くなった。


 目の前には、自由への道が広がっている。

 かつて暮らした故郷への道が、切り開いている。


 コボルトたちは互いの顔を見合わせ、何も言わないまま頷く。

 思いは皆、一緒だった。


 歩き出したコボルトたちの瞳には、小さくも雄々しい背中が今もまぶしく映っている。



 ◇----------------◇



 全てのモンスターたちが、全ての人間たちが校庭に集まり、二つの種族が――いや、この大陸の三大種族が対峙している。


 どのような形であれ、モンスターを率いた魔族が人間を守り、そして人間はそれに協力した。

 種族を越えたこの大勝利。

 だが、それを讃える拍手は、まだ一つも起こらない。


 全ては、ストラの思惑通り。

 全ては、ストラの作戦通り。

 そして手にしたのは、犠牲者を一人も出さない、完璧な勝利。


 ストラ一人を、除いて。


「……聞いたわよ、アンタの正体」


 クラスメイトの肩を借り、アルクワートが前に出てきて言った。


「そうか」


 ストラは素っ気なく答えた。

 はぐれ魔族のレアルタを部下とし、長であるパラミドーネと共にモンスターたちを率いてグラード軍と戦ったのだ。

 気づかない方がどうかしている。


 ストラは、こうなることも勘定に入れていた。

 だから、驚きなど微塵もなかった。

 そして、気づかれてしまった以上、この学校にはもう居られない事も分かっていた。

 もう、二度と。


――……この沸き上がる感情は何だ……?


 だが、この作戦で唯一の誤算にして、一番の驚きがあった。


――まさか、この私が?


 それは、ほんの少しだけ……寂しさを覚えていたことだ。


 唐突に、アルクワートがストラに殴りかかった。

 体勢を崩し、二人はもつれ合いながら地面に倒れ込む。

 予想外の行動にレアルタが身構えるが、ストラは手で制した。


「どうして黙ってたのよ? 私たちをダマすため?」


 馬乗りのまま、アルクワートは責め立てる。

 金色の髪が陽の光を反射し、いやにまぶしく感じた。


「……ああ、結果的にはそういうことになるな」


 勇者候補生が集まる学校で、まさか自分は魔王の息子だと名乗れるハズもない。

 当たり前の事だ。

 だというのに、今更そのことについて微かな罪悪感を覚えている。


「特別な存在だからって、アタシがアンタを避けるようになると思うの? アタシは、その程度の人間だと思われていたの?」


 アルクワートは目を潤ませ、殴られたストラより痛そうな顔をしている。


――そんな顔をするな。せっかくの勝利が濁ってしまう。


「ストラさん。貴方は特別存在だと感じていましたが……まさか、本当に特別だったなんて」


 リンチェがおずおずと前に出てくる。

 アルクワートはリンチェの肩を借り、ストラから離れた。


「アンタが何であろうと、頑張ってこの学校を守った。その事実だけで、アタシは充分だよ。ダマしていたことは許してあげるから……学校を辞めないでよ」

「私も、何があろうとストラさんを守ります。だから、辞めないで下さい」


 この学校を離れることを、二人は薄々感じていたようだ。

 だが、どうする事も出来ない現実があるのもまた事実。

 白の中に、黒を混ぜることは出来ない。

 正体がバレてしまった以上、対立する存在である以上、同じ場所に居ることは……出来ない。


「いいや、そいつは辞めるべきだ!」


 周りの制止を振り切りながら、ショッコがストラの前に立った。


「コイツは、ずっと俺様たちの事をバカにし続けてきたんだぞ!? ここは、勇者候補生が集まる学校だ!! どうしてお前がここに居る!? てめぇは、てめぇは……!!」


 ショッコは、ありったけの憎しみを込めた顔で叫ぶ。


「勇者以上に特別な、伝説の『モンスター使い(モストロ・デミーウルゴ)』のクセによぉ!!」


 予想だにしない言葉に、ストラは自分の耳を疑った。


「……なんだと?」


――モンスター使い? 私が? 魔王の息子ではなく? 何だ? コイツは何を言っているんだ?


 思考がフリーズしたのは、生まれて初めてのことだった。


「待て、待て。お前はいったい何を――」

「てめぇ、この後に及んでシラを切るつもりか!? じゃあ、後ろを見てみろよ!! そいつが何よりの証拠だ!!」


 ストラの後ろには、レアルタ、パラミドーネを筆頭に、モンスターたちが頭を垂れていた。

 どこか誇らしげな顔で。


「『モンスターを引き連れて魔王を倒した』。勇者に憧れるヤツなら誰でも知ってる、大昔の英雄譚だ! 本当は商人のクセに! レベルマイナス1のクセに! なんでモンスターを従えてるんだよ!? いったいどうやったんだよ!? 教えやがれ、この野郎!!」


 食いかかってくるショッコ。

 そのおかげで、ストラはようやく自体を理解出来た。


「……ストラ君。貴方の自主退学届なんて、私は絶対に受け取らないわよ」


 パティー先生はショッコをなだめ、後ろに下がらせる。


「例え、ここ数百年現れなかった特別な存在だったとしても。例え、この世界に数百万と居る普通な存在だったとしても。貴方は、私の生徒だもの。ここを無事卒業するまで、決して辞めさせないわ。そうでしょう、みんな?」


 パティー先生の呼びかけに対し、最初はぎこちなかった返事も、徐々にその硬さが取れていき、感謝と歓迎の声へと変わっていく。


 言葉は通じずとも、その喜びはモンスターたちにも伝わり、戦争の勝利と復讐の成就を祝うように騒ぎ始めた。

 さながらそれは、英雄を迎える凱旋パレードのようだった。


「まさか、このような結末になろうとはな。さすがの私も、予想出来なかったよ。クハハ……クハハハハハハハハハ!!」


 ストラは笑い声を上げながら、天を仰いだ。

 結界も境界線も、雲すらない青い空が見える。

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