第39話 魔王さまとリンチェとコンパンの戦い


 魔族を、それも自分たちの数倍強い敵を倒せた事で、生徒たちの顔はこれなら勝てるという自信に満ちあふれている。


「カンニェスコ!? くそっ、こっちでも待ち伏せか!!」


 森をくぐり抜け、同じく窓から入ろうとしていた五人の魔族たちが窓際で踏み留まった。


「逃がさないわよ! 三階、放て!」


 アルクワートの号令で、三階の窓が一斉に開き、バリケードの隙間から数十本もの矢が一斉に放たれる。

 槍部隊と同じで、そのほとんどが初めて弓を握る者ばかりだった。


 弓は、剣や槍と比べて特に熟練度を要する。

 狙った的を射るには、数年の訓練が必要だろう。

 だが、ただ放つなら誰にでも出来る。

 ましてやそれが下に向けてなら、非力な女子供にでさえ簡単に出来る。


「とにかく撃ちまくって! どうせ下手なんだから、狙わずどんどん撃っちゃって!」


 そう、今は百発百中の腕など必要ない。

 50人が続けて2発撃ち、その内1発でもまぐれに当たればいい。


 威力も軌道もバラバラの集中砲火をもろに浴び、自慢の機動力を生かせないまま、魔族たちは次々と倒れていく。


 だがその内の一人、シカのような角が生えた魔族が高々と跳び上がり、降り注ぐ矢を回避する。

 弓に慣れた者たちが追撃を仕掛けるが、簡単にかわされてしまう。


「バカめ! 這いつくばる虫けら共と同じにするな!」


 降り立つと同時に、魔族はもう一度高く、高く跳び上がる。

 誰も待ち伏せしていない、屋上を目指して。


「ストラさんの言葉を借りるのなら、『こういう状況を作り出すのが戦術』……だそうです」


 リンチェ、ただ一人を除いて。


 魔族に向かって飛び降りながら、鞘を掴み、肩を突き出す。

 ただならぬ気配を感じた魔族は、向かってくるリンチェに対して構えた。

 恐らく、低レベルとは思えない一撃必殺が来ると。


 徐々に近づく制空権。

 そして、剣が届く範囲に入った瞬間――。


「しっ!」


 リンチェは、既に剣を抜き放っていた。

 こぼれ落ちていくのは……角だけ。

 相手の反射速度の方が、わずかに上回っていた。


「残念だったな! 腕の一本でも落とせれば、名誉の死を遂げられたものを! さぁ、死――」


 反撃に出ようとした魔族の目に飛び込んできたのは、空の鞘と、まだ抜かれていない三本の剣。


「残念ですが、死ぬときはストラさんの側と決めているのですよ」


 リンチェは、鞘に戻すのが苦手という致命的な弱点を克服出来ないでいた。

 それをストラに相談した所、『お前の剣はまるで弓矢のようだな。一度放てば、戦闘が終わるまで戻すことが出来ない。ならばいっその事、次の矢を用意したらどうだ?』と助言を受けていた。

 青天の霹靂のような言葉を受け、リンチェが生み出した新しい技が――。


「瞬刻抜刀――四連!」


 剣を捨て、再び瞬刻抜刀を放つ。

 間髪置かずに二本目の剣も捨て、三回目、四回目と、たった数秒のすれ違いの内に怒濤の四連撃を放つ。


 胸、腹、足と斬られた魔族は失速し、屋上と三階の間の壁にぶつかり、そのまま真っ逆さまに落ちていき、動かなくなった。


「おぉ! さすがリンチェ! カッコイイー!!」


 駆け寄ってきたアルクワートは、感極まってリンチェに抱きつく。

 リンチェも嬉しそうに、ごろごろと喉を鳴らす。


「アルクワートがお膳立てしてくれたお陰ですよ。それに……」


 誰かに従え尽くす事こそが至上の喜びだと、リンチェは生まれ育った里で教育されてきた。

 里を出たのは、その主君を探す為でもある。

 しかし、本当にそれで幸せになれるのだろうかと、心のどこかでは疑問に思っていた。


 その疑問は、ストラによって一蹴された。

 彼を知れば知るほど、近づけば近づくほどに、この人の為に何かをしたいという気持ちが強くなっていくのを感じた。


 何故?

 理由など無い。

 いや、理屈では語りきることが出来ない。

 しかし、今、心を満たしているモノが何よりの証拠だろう。


「ストラさんが居なかったら、この勝利はありませんでした」

「うん、そうだね。アイツが来なかったら、きっとパニックのまま終わっていた」


 アルクワートは思った。

 自分もまた、協力しているに過ぎないのだと。

 一番先に頑張り始めた人が、他に居るのだから。


「さぁ、来るなら来てみなさい! だてに未来の勇者たちが集まっていないわよ!」


 森に剣の切っ先を向け、とびきりの啖呵を切った。



 ◇----------------◇



 人間たちの快進撃を、森の中から見つめている者が居る。


 先陣を切っていった魔族たちの部下であり、辛うじて待ち伏せを突破出来た七人目の魔族である。

 彼もまた、犬の姿をしていた。


 足は速いが、実戦経験もレベルも低い。

 上官の勢いに圧されてここまで来たが、済んでの所で怖じ気づいてしまった。

 だが、その臆病さが彼の命を救うことになる。


――つ、伝えないと。こっちでも待ち伏せしてるって。これは……そう、大事な使命だ。


 誰に責められるでもなく、魔族は自己弁解し、来た道を戻り始める。

 駆け出そうとした、その時。

 草むらの中に、輪っか上のロープがある事に気が付く。


――罠? ハハッ、こんな幼稚なモノなんかに、ウサギだって引っかからないよ。


 魔族は小馬鹿にしたように鼻で笑いながら、それの上を軽々と跳び越す。

 地面に着地する――と同時に、地面が急速な勢いで下に沈み始めた。


「う、うわっ!?」


 罠だといち早く気づいた魔族は、上に跳び上がる。

 あと一秒でも遅れていれば、そのまま落ちていっただろう。


「に、二段構えかよ。だけど、まだまだ甘――」


 降りかかる網目状の影が、魔族の言葉を遮る。

 見上げるヒマも、避ける余裕もなく、それはそのまま覆い被さった。


「なんだ、案外大したことがないんだな。もう二段階ぐらいは用意してたってのに」


 ハーブを混ぜ込んだ雑草の山から、コンパンが姿を現す。


「てめぇこの野郎! こんなに罠を仕掛けるなんて、卑怯だぞ!」


 網は見た目よりも頑丈で、暴れれば暴れるほどがんじがらめになり、ギチギチと皮膚に食い込んでいく。


「悪いね。あいにく俺は、頭も実力もないんだ。罠仕掛けるぐらいしか能がない器用貧乏なもんで、許してちょーだいよ」


 コンパンが手を挙げると、同じように隠れていた生徒たちが、抜刀した状態で姿を現す。


「こ、この卑怯者め……」


 魔族の声は、明らかに震えていた。


「悪いね。強い魔族様の前じゃあ、弱い人間は群れるしかないんだよ。だけど、レベル1が集まれば、お前だって倒せるって友人が教えてくれたんでね」


 コンパンも抜刀し、クラスメイトたちは一斉に飛び掛かる。

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