第35話 魔王さまと荒れ地ネズミの尻尾


 乱立する木々を、コボルトたちは右へ左へと器用に避けながら駆けていく。


≪アハハハハ! 見たか、あのバカ面!? いつもは賢そうな顔をしてるくせによぉ!!≫

≪ホントな! 捕まえてたヤツに助けられるってのは、どんな気持ちになるんだろうなぁ!? 感謝すんのかな? プライドを傷つけられて、悔しがるんかなぁ!?≫

≪ギャハハハ! こんな愉快な復讐は初めてだ!≫


 これから死地に向かうというのに、コボルトたちは先程の出来事を笑い合っていた。


≪アイツ、ホントすげぇな。全部アイツの言うとおりになってやがる。魔族は嫌いだが、アイツは信頼できるぜ! なぁ、そう思うだろ?≫


 皆が跳ねるように疾走している中、呼びかけられたコボルトの足取りは重く、浮かない顔をしていた。


≪……そうだよな。この作戦も……きっと信頼できるハズだよな≫


 一番槍に任命されたせいで、緊張しているのだろう。

 だが、どこか思い詰めた様子でもあった。


≪行くぜ、行くぜぇ! 今日は良い日だ! 同時に二つも復讐ができるんだからな!≫


 溜まりに溜まったストレスを晴らすかのように、コボルトたちは声高らかに叫んだ。



 ◇----------------◇



 森の中に消えていくモンスターたちを――いや、仲間たちの背を、ストラとレアルタ、そしてパラミドーネが森の入り口付近で見送っていた。


≪ついに……始まるんですね。ストラ様の初陣が≫


 レアルタは不安そうに手をぎゅっと握り締める。

 大丈夫、ストラ様なら絶対に大丈夫。

 そう自分に言い聞かせるが、大きな戦いではまだ失敗しか見ていない――それも致命的な――レアルタにとっては、心の奥底に溜まったヘドロのようなそれを取り除くことが出来ない。


≪始まる? いいや、レアルタよ。この戦いは、つい先程全てが終わったのだ。これから起こることは、結果のみ。例え成功していようとも、失敗していようとも、だ≫


 一方ストラは、巨大なジグソーパズルを作り終えたような、達成感がありながらもどこかつまらなさそうな表情を浮かべていた。


 ストラの言葉を聞き、パラミドーネは顔をしかめる。


≪終わった、だって? お前さん、何で傍観を決めこんでんだ? これは、アンタが仕組んだことだろ? 失敗って何なんだよ? 成功しなきゃ、またアタシの家族が減るんだよ≫


 頭上から鋭い眼光を浴びせかけながら、パラミドーネは半ば脅すように言った。

 そもそも、ストラをまだ完全には信用してない。


 魔族は裏切る。

 その事実が、未だに杭となって心に突き刺さっているからだ。

 そして何よりも、一族の存亡が掛かっている選択肢を誤るわけにはいかない。


≪それに、アイツらには何て指示を飛ばした? どうしてアタシにだけそれを聞かせないんだ?≫


 ストラやレアルタからは、森の中で待ち伏せる、ぐらいしか教えてもらえなかった。

 それは、他の仲間たちも同じだ。

 連携が崩れる、あるいは生き残るためだ、という口当たりの良い理由で誰も教えてはくれなかったのだ。


≪それは……≫


 レアルタが言葉を濁した。

 既に作戦が始まっているというのに、それでも教えられない。


 何故だ?

 その理由は?

 食い掛かろうとした矢先に、パラミドーネはようやく気が付く。


 教えられないのは、自分が知ってしまった途端、その作戦を中止させてしまう危険性があるからではないか、と。


≪私から説明しよう≫


 いち早くそれに気づいたのか、あるいはこうなる事すら予測していたのか、ストラが先に口を開く。


≪アレやソレでは分からないからな。不本意ながら、名を付けさせてもらった。作戦名は、『荒れ地ネズミの尻尾(ジェルビッロ・コーダ)』。下した命令とは、つまり――≫



 ◇----------------◇



 ショッコから驚愕の事実を告げられ、教室内は先程のパニックがウソのように静まりかえっていた。

 だが、心の内のざわめきは大きく、耳を塞ぎたくなる程うるさかった。


 何をすれば良いのか。

 何を信じれば良いのか。

 もはや何も分からない。


「……何やってんだろうね、アイツは。ホント、何考えて行動してるのか全然分かんない。だからヘンタイって言われるのよ。……けど、頑張ってるんだよね。あのモンスターが言ってたように、きっとアタシたちを守ろうとしてるんだよね」


 アルクワート、一人を除いて。


「ハッ、まさか! 俺様たちを騙すような、ウソつき野郎なのにか!?」

「アタシは……アイツの正体が、別に何だって良いと思ってる。あの頑張ってる姿は、きっとウソじゃないから。アタシには、それだけで充分よ」


 すがりついてくるような視線をはね除け、アルクワートは教室を出て行く。


 廊下を歩いている途中、ふと勇者だった頃の父親を思い出していた。

 王国からの要請を無視し、小さな村の為に一人で立ち向かっていった、あの父親の背中を。

 それが原因で勇者の地位を剥奪されたが、アルクワートはそんな父親の行動を誇りに思っている。

 森の中に消えていくストラの背中は、それと重なって見えた。


 恐らく、覚悟の上の行動なのだろう。

 『勇者候補生』という地位を剥奪され、この学校から追い出されることすらも――。


「待って下さい。私も行きます」


 駆け足で近寄ってきたのは、リンチェだった。


「さっすがリンチェ。弱いストラを助けるのは、騎士の役目よね」

「……いえ、違うんです。ただ、ストラさんに謝りたくて」


 ネコ耳は下に垂れ、頭も申し訳なさそうにうつむく。


「私も、まだまだ精進が足りませんね。たったあれだけの言葉で、心が揺れてしまうなんて」


 リンチェは自分の不甲斐なさをいさめるように、胸の辺りをギュッと握る。


「でも、アルクワートのお陰で迷いは完全に消え去りました。ストラさんを疑った罪滅ぼしを、是非させて下さい」


 晴れやかな表情で語るリンチェの瞳には、力を振るうべき主君の背中が映っているような気がした。


「わー……何でアタシが恥ずかしくなるんだろ。リンチェ、真っ直ぐ過ぎ。それに、アイツは罪になるようなことばっかりやってんだから、逆にアイツがそうしなきゃダメなのよ」

「ええ、確かに罪な人ですよね。そういうアルクワートは、疑ったりしなかったんですか?」

「アタシ? アタシは初めから信頼してたよ」


 さも当たり前のように、アルクワートは言ってのけた。


「……どっちが恥ずかしくなるぐらい、真っ直ぐなんでしょうかね……」


 聞こえないぐらい小さな声で呟き、リンチェは苦笑いを浮かべる。


「負けませんよ」

「そうだね。魔族なんかに負けてられないもんね!」


 アルクワートは「オー!」と気合いを入れて手を挙げた。

 リンチェもつられ、「お、おー!」と手を挙げる。


 二人は天高く掲げた拳を、コツンとぶつけ合った。

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