第18話 魔王さまとコンパンの休日


「ちっくしょうめ! 次は絶対に負けねぇからな!」


 捨て台詞を吐きかけ、コンパンはギャラリーを掻き分けて廊下に脱出する。


「おう、ごちそうさまー」


 休日の英雄となった三人組グループが、コンパンの背中に向かってそう言った。


 つい先程まで遊んでいたのは、コンパンたちの世代には大人気の『英雄譚スゴロク』シリーズの最新作だ。

 ルールはシンプルで、サイコロを振り、目的を達成した者が勝利となる。

 今回はダンジョンに潜り、途中にある鍵と、宝箱を手に入れるのが目的だ。


 相手から鍵を奪うことも出来るので、先に取るか、ゴールの前で待つか、などの戦略性も絡んでくるのが、シリーズ人気の秘密だった。


「ちくしょう! やられた! あんなの詐欺だろ、コンチクショー!!」


 コンパンは歩きながら足を踏みならす。

 ここまで怒る理由は、いくつかある。


 一つは、正々堂々では無かったということ。

 三人が連携し、コンパンをジャマし続け、最下位にさせられてしまった。


 もう一つは、ただの遊びではなかったということ。

 そう、行われたのは『博打スゴロク』であり、賭けの対象は彼らにとって最も重要なライフライン――夕食のおかずだ。


「くそぉ、パンくずでお腹いっぱいになれるのは小鳥だけだっつーの!」


 今日の晩飯はパンをかじるだけになってしまい、悔しいやら情けないやらで怒り散らしていた。

 だが、それも短い間だけだった。

 上がった分だけ下がるのも激しく、コンパンは両肩を落としてガックリとうなだれる。


「はあぁぁぁー……。こりゃストラに恵んでもらうしかないかなぁ……?」


 そんなことをぼやきながら顔を上げると、まるで計ったかのようなタイミングで、廊下の角からストラが現れた。

 コンパンは慌てて駆け寄る。


「よぉー、ストラ! 奇遇だなぁ! 今何やってんだ?」

「ああ、今まで図書館に居たのだが、トイレは無いと言われたのでな。それで、こちらにまで来たというワケだ」

「トイレ! いいねぇトイレ! よし、俺も行こう! 男の連れション! いやぁー、友情だねぇ!」

「そ、そういうものなのか……?」

「そういうもんなんだよ! 男の友情ってのは!」




 トイレに入り、二人並び、チャックを開けて準備を整え、さぁ――という時に、痛そうに後頭部を押さえたショッコが入ってきた。


「あー、ちくしょう。俺様はいったい何に殴られたんだ……? って、おうおう、レベルマイナス1のクセに大活躍中のストラじゃねーか?」


 ショッコは難癖を付けながらストラの横に並ぶ。


「活躍中かどうかは分からないが、応援感謝する」


 受け流しているのか、それとも嫌味だと気づいていないのか。

 またしても面白くない反応に、ショッコは大きく舌打ちをする。


「ケッ、相変わらずつまんねー反応だな。どうせソコもレベルマイナス1のクセに……って、うわああああああぁぁぁぁぁぁーーーー!!!?」

「ど、どうした! 何があった……って、うわああああああぁぁぁぁぁーーー!!!?」


 恐ろしい物体を見てしまったかのように、突然ショッコとコンパンが絶叫した。

 かと思えば、何かを確認するように下を向き、そしてもう一度ストラの方を覗き込む。


 完敗。

 惨敗。

 ボロ負け。

 完封負け。


 敗者の言葉が次々と浮かんでは、二人の肩に積み上がっていく。


「な、なんだ? 何が起こった? 何を比べて落ち込んでいるんだ?」


 意味不明な反応に、ストラはうろえるばかりだ。

 やがて二人は、失望感に満ちた顔でトイレから離れ、顔を見合わせて深いため息をはく。


「アレ、見たか……?」

「ああ、見た。見ちまった……」


 コンパンは両手で顔を覆い、さめざめと泣くように言う。


「なんだよ、アレ……。既に勇者級じゃないか……」

「ああ……とんでもねーレベルだったな……」


 決して埋められない『実力差』を知り、コンパンは絶望する。

 ショッコも同じ気持ちだ。

 自分が一番だという自信が、木っ端微塵に砕かれてしまった。


 ストラと親睦を深める為に来たハズなのに、コンパンとショッコは互いを支え合う負傷兵のように、肩を組んでトイレを出て行ってしまった。


 あとに残されたストラは、ただ首を傾げるばかりだった。

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