第15話 魔王さまと総合訓練
翌日の水曜日。
クラスメイトたちを震とうさせた座学とは打って変わって、ひたすら地味な筋トレの前にストラは撃沈していた。
木曜日は、『空っぽの黄身』――緩衝地帯についての勉強。
既に知っているストラにとっては、欠伸が出るほど退屈な授業であった。
そして金曜日。
初めて行われる総合訓練に、クラスメイトたちは緊張していた。
場所は、校舎の正面玄関から見て右手にあるコロシアム。
後になって造られた建物らしく、外も中も、呼び名とは裏腹に綺麗だ。
天井は無く、中央のバトルフィールドは何の手も加えられていない剥き出しの大地。
しかし、頻繁に使われているのか、草一本生えていない。
また、安全の為か、モンスターの脱走を防ぐ為なのか、階段状の観客席はかなり高い位置にあり、周りは巨大な壁で覆い囲われている。
「なんか、ひっくり返した目玉焼きみたいね」
何をどう思ったのか、アルクワートはそう呟いていた。
訓練の内容は、二人一組。
クリア条件は、一体の低レベルモンスターを撃破(気絶か、戦意喪失)すること。
装備は自由(ただし、殺傷性が無い武器のみ)。
そしてコンビを組む相手は、同室の者であること。
つまり――。
「あー……またこのパターンだわ。アタシ、何かに呪われてるのかしら?」
観客席に座ってるアルクワートは、頭を抱え、ため息混じりに言った。
「ふぅむ、それは厄介だな。後で呪いの種類を調べるとしよう」
右隣に居るストラは、その言葉を真に受け、マジメに返した。
「そうですねぇ。三人だったら良かったんですけどねぇ」
更にその右隣に居るリンチェは、スピスピと鼻を鳴らしながら残念そうにしている。
「……あれ? 俺は? ちょっと俺は? 何それ、軽いイジメ?」
更に更にその右隣に居るコンパンは、リンチェの言葉にショックを受けていた。
中央のバトルフィールドで戦っているのは、ショッコと同室の生徒。
対するは、レベル3のコボルト。
ストラたちは出番待ちだ。
「……そういえばアタシ、二日前にあのショッコから告白されたなー……」
アルクワートは、衝撃的な事実をぽつりと呟いた。
突然のことに、ストラでさえも驚きの声を上げる。
「うぇーい!? マ、マジでか!? で、で!? なんて返したのさ!?」
パニクりながらも必死で食いつくコンパン。
アルクワートはうんざりした様子で答える。
「アタシが『何で好きなの?』って聞いたら、『レベルが高いから』だってさ」
「あー……」
予想を遥かに超えるダメな理由に、コンパンは空を見上げ、ばつが悪そうに頬を掻く。
「ドロップキックで吹き飛ばしてやったわよ。もー、一応初めて告白されたってのにさ。こんなもん、ノーカンよ、ノーカン」
アルクワートは心底嫌そうな顔だった。
その横で、リンチェが気まずそうに手を挙げる。
「あの……実は私もです」
「ええぇぇぇぇぇーーー!?」
「しかも、同じ理由でした」
「えええええぇぇぇぇぇーー!?」
レベルが高ければ誰でもオッケー。
その節操のなさに、コンパンはもはや叫ぶしかなかった。
「このヘンタイよりサイテーなゲス野郎ね」
アルクワートはストラをジロリと睨みながら言った。
下着を見られたことをまだ根に持っているようだ。
だが当の本人は、何故か感心したようにショッコを眺めている。
「ふぅむ、魔族に向いていそうだな。あやつなら、さぞかし優秀な成績を納められることだろう」
「うおぅ、ストラさん……。二度と立ち上がれなさそうな暴言を、サラッと言うんだな……」
勇者を目指している者にとって、それは最大の侮辱だろう。
さすがのコンパンも引き気味だった。
もっとも、ストラは本気で褒めていたが。
そして数分後、二人掛かりだというのに、ショッコたちはコボルトに負けていた。
敗因は、連携の『れ』の字もなく、主にショッコが同室の生徒をジャマしていたことにあった。
レベルは足し算ではない。
多くの生徒たちは、べーチェロ先生の教えを思い出していた。
※
練習試合は次々と消化されていく。
リンチェはスタンドプレイが目立ったが、瞬刻抜刀(しゅんこくばっとう)でコボルト相手に圧勝。
一方コンパンは、連携は良かったが、個々の能力が足らずスライム相手に負けてしまった。
なかなか呼ばれないアルクワートは、「まだかまだか」と不機嫌そうに身体を動かしている。
「軽い組み手とかしない?」
「断る。練習試合とはいえ、無駄な体力は消費したくない」
「この貧弱系男子め。ああ、もう! 出番はまだなの!?」
ガマンの限界になる直前、ようやくパティー先生からお呼びがかかった。
待っていましたと言わんばかりに、アルクワートはダッシュで試合会場に向かう。
「ここを降りていけば、バトルフィールドに出られるわ。……初試合頑張ってね、ストラ君」
励ましの言葉と共に、ストラの肩をポンっと叩いた。
ストラは短い礼を告げ、観客席の合間にある階段を下りていく。
そこは、薄暗いトンネルのような場所。
陽が当たらず、ひんやりとしているその通路は、さながら冒険譚に出てくるダンジョンのようだ。
「なんか、アンタばっかり応援されてない? アタシなんか、一度も声を掛けてもらったことがないのに」
アルクワートの妬ましそうな声が反響する。
「ふぅむ……一つ質問するが、リンチェも同じ対応をされていないか?」
ふいに、ストラはそう質問した。
「さぁ? でも、言われてみれば確かに、聞いた事も見たこともないなぁ」
生返事に近い答え方だったが、ストラは納得したように頷く。
――なるほど、実に分かりやすい対応だな。
「なによ、そのどや顔。自分だけ美人先生に応援されて、そんなに嬉しいわけ? このヘンタイ!」
ここに来てから、いったい何度ヘンタイと呼ばれたことか。
何をしてもヘンタイと呼ばれるなら、本当にヘンタイ行為をしたらなんと言われるのだろうか?
純粋に知りたくなったストラは、その内試してみようかと考える。
やがて、木の杭を編んで作られた檻に突き当たり、ストラたちは足を止めた。
「さぁて、アタシたちに見合うモンスターはなにかしら?」
アルクワートは鼻息を荒くし、グルグルと肩を回す。
対人戦の時よりもやる気に満ちあふれており、生き生きとしている。
檻はキリキリと音を立てて上がっていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
それが焦れったくもあり、余計に闘争心を掻き立てるようであった。
そしてストラたちは、初めてバトルフィールドに足を踏み入れる。
足場は石のように固く、上で見ていた時よりも広く感じた。
同時に、囲われているという強い圧迫感も覚えた。
「始め!」
べーチェロ先生の声がこだまする。
目の前に居るモンスターは、毛むくじゃらで、常によだれを垂らし、血と肉に飢えている――というアルクワートの想像とは、真逆の存在だった。
ソレは少しでも距離を取ろうと、壁にピタリと背を付けている。
カタカタと小刻みに震え、怯えた眼でこちらの様子をうかがっているようだ。
「あちゃー……やりにくいなぁ。人型タイプだよ」
アルクワートは顔をしかめた。
華奢な手足と、微かな胸の膨らみ。
髪は緑色で、身体のあちこちから葉っぱらしきモノが生えている。
ソレは、森の番人と呼ばれているドリアードとよく似た姿をしている。
「ふぅむ、図鑑通りならレベル4のハズだが……」
モンスターを用意するのはべーチェロ先生の担当だ。
生徒のレベルに合わせて種類を変えており、平均値や合計値から決めているのだと思われる。
恐らくこのモンスターを用意したのは、お前では引き算にしかならない、という嫌味のつもりなのだろう。
「ゲバゲバな姿だったら、遠慮なくボコボコにするんだけどなぁ」
「そうか。では、私が前に出よう」
ストラはためらうことなく前に踏み出す。
しかし、アルクワートが肩を掴んでそれを止めた。
「ちょーっと待った! アンタ、抵抗感ないの?」
「何を言っている? アレは敵だろう?」
モンスターは魔族寄りの存在ではあるが、味方というワケではない。
一部は繋がっているとはいえ、人間、魔族、モンスターはそれぞれが敵同士であり、この大陸を巡って巨大な三すくみが続いている。
「いやだって……人型だよ? 女の子だよ?」
「だからどうした? どんな姿をしていようと、目の前に立ち塞がるのであれば……それはただの敵だ」
それが、覇道というもの。
魔王になるためには、必ず歩まなければならない道筋。
だというのに、その返答を聞いたアルクワートは、突然頬を膨らまし、いかにも不機嫌な顔になってしまった。
「あーあーそうですか! ちょっとでも紳士なヤツだって思ったアタシがバカだったわよ!」
「ま、待て、どういう意味だ? なぜ味方のお前が怒る?」
突然の怒りに、ストラはひどく困惑する。
今のやりとりの中に、アルクワートを激怒させる要素があったのか?
ストラは皆目見当も付かない。
「うるさい! このヘンタイ覗き魔サド野郎! アンタなんか後ろで適当に援護でもしてれば良いわ!」
「待て! むやみに突っ込むな!」
制止の声も聞かず、アルクワートは半ばヤケ気味に先陣を切ってしまう。
まだ何の作戦も立てていないというのに。
ドリアードは怯えながらも、猪突猛進に迫ってくるアルクワートに対して細長いツルを伸ばす。
≪Nemo accedo ere cessi cessum!!≫
ドリアードは、アルクワートには理解で出来ない言葉を叫んだ。
それは、モンスター特有の言語――いわゆるモンスター語だった。
――今のは……?
それを聞いたストラは、言いようのない違和感を覚え、顔をしかめた。
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