第7話 魔王さまとレベルチェック


 パティー先生が担任。

 その事実に、男達は高々とガッツポーズを掲げる。


「「「ヨロシクお願いしゃーーーす!!」」」


 嬉しさと気合いに満ちたあいさつが学校に響き渡る。

 隣のコンパンは、こめかみに血管を浮かべるほど声が大きかった。


「げ、元気いっぱいね。さて、この学校が何をする所か、それはもう説明は要らないわね? でも、この学校が掲げる教育方針は、きっとほとんどの人が知らないと思います」


 唐突に、パティー先生は自分の胸を強く叩いた。

 揺れる胸に、コンパンは喉を鳴らす。


「『自衛の為の手段を持て』。それが、この学校の教育方針です」


 生徒たちは、一斉に首を傾げた。

 ストラだけが、「ほぅ」と興味深そうに頷く。


「ここは境界線近くとあって、敵が奇襲を掛けてくる事も珍しくもありません。助けを呼んでも、ここは辺境の地。来る頃には……もう全てが終わっているでしょう」


 何人かの女子生徒が、恐怖から小さな悲鳴を漏らす。


「結局、いざという時に頼りになるのは自分の力です。そして、協力してくれる仲間の力です。それが、『自衛』。だからこそ、農家、商人、それにスラムの人まで。貧富の差無く、幅広く入学させているのです」


 パティー先生の説明に、生徒たちは感心したように頷く。

 ストラも同じだった。ただし、感じている事はまるで別だったが。


――面白い教育方針だな。人間を観察した成果がこれか。


 魔族の圧倒的な力を持ってしても、人間との勝負はいつも五分に持ち込まれる。

 それは何故か?


 人間は、『守る』のが非常に巧いからだ。

 籠城された途端、サジを投げる軍団長も少なくない。


 逆に、魔族は攻め込まれると弱い。

 つまり、守るのが下手なのだ。


 弱点を補う為なら、なりふり構わず人間の真似をする。

 その貪欲さに、ストラは拍手したくなるほど素晴らしいと思った。


「パティー先生。本気でソレを目指している人は、この学校に合わないって事ですか?」


 後ろのアルクワートが手を上げ、急にそんな事を口にした。


「いいえ、もちろん全力で応援します。……ただし、厳しい道になる事だけは覚悟してちょうだい。願えば、全ての人がそうなれるワケじゃない。なれるのは、ほんの一部の人間だけ。それでも特別になりたいのなら……常に、茨の道を突き進みなさい」


 先程までとは一変し、厳しい顔で語るパティー先生。

 軽い気持ちで来た生徒たちは、その迫力に圧倒され、気落ちしていた。

 アルクワートだけは、さも当たり前という顔をしていたが。


 優しくも厳しい先生。

 皆がそう感じている中で、ストラだけが妙な引っかかりを覚えていた。


――ふぅむ、今の言い方はまるで……。


 まるで、そうしなければならないんだと、自分に言い聞かせているようでもあった。


「さて、長いお話はこれまでにして……。ドキドキワクワクの、『レベルチェック』を行いまーす!」


 パティー先生はニッコリと笑い、わざとらしいまでにテンションを上げて言った。

 冷え切っていた教室はそれで一気に温まり、あちこちから「待ってました!」の声が上がる。


 いつも不機嫌そうにしているアルクワートですらも、全身からワクワク感があふれ出していた。

 思わぬ盛り上がりに、ストラは困惑する。


「自分のレベルを知るのがそんなに重要なのか?」


 感じた疑問を、そのままコンパンにぶつけた。

 なぜなら、ほとんどの魔族は自分のレベルを気にしないからだ。


 勝つか負けるか、強いか弱いか。

 それが基準であり、戦いにおける全てなのだから。


「おまっ……どんだけ箱入り息子なんだよ!? つーか、金庫か? 金庫入り息子なのか?」

「いや、金庫ではなく書庫にばかり入っていた」

「ボケを本気で返すなよ、書庫息子が。まぁ、レベルが大事ってのは一般知識だわな。フツーよ、フツー。上流階級のレベル1よりも、無一文のレベル20の方が偉いって言われるぐらいだからな」

「そう……なのか?」


 自国の文化なのに、ストラはカルチャーショックを受けた気分だった。

 確かにほとんど城から出る事がないので、情報は全て本に頼っていた。

 当然、一般知識もだ。


 リアルタイムではないので、世間とは多少のズレがある事は自覚していた。

 しかし、よもや魔族がレベルを重視する社会になっていたとは、予想だにもしていなかった。


「村や町なら、何レベルでも問題はないんだ。けどな、学校っていう閉鎖された場所だと、年齢よりもレベルが絶対的な地位になっちまうんだよ。つまり……このレベルチェックで、自分の立ち位置が決まると言っても過言じゃないワケ」

「レベルが全て……という事か」

「その通りだよ、書庫息子君」


 にわかには信じがたいが、一喜一憂している生徒たちを見ていれば、それが嘘ではないことが分かる。


「おっと、俺の番だな」


 名前を呼ばれたコンパンは、教卓を挟んでパティー先生の前に立つ。

 その間にあるのは、布の上に盛られた砂と、黄色く光る球体――通称、『レベル計測器(ミズラトーレ)』と呼ばれている精霊だ。


「低い数字が出ても気にしないでね。これからどんどん伸びるんだから」


 パティー先生はそう励ますが、逆にコンパンは更に緊張していく。

 なにせ、ごまかしの利かない自分がそこに出てしまうのだから。


「さぁ、精霊さん。この人のレベルを教えてちょうだい」


 返事をするように、精霊はパパッと短く光った。

 そして、ふわり、ふわりと浮かんでいき、コンパンの頭上で止まる。


 光の粒子がさらり、さらりと渦を巻くように落ちていく。

 コンパンの身体を優しく包み込み、ランプのような淡い光が点滅するように光り始めた。

 すると、布の上に盛られた砂がゆっくりと動き出す。


「頼む……せめて2以上でありますように……」


 祈るコンパン。

 精霊が描いた数字は――無情にも最低レベルの『1』だった。

 そしてその横に、『技能士(アルテ)』という文章が追加された。


「コンパン君は、レベル1の技能士ね。将来、細工屋さんや、鍛冶屋さんになるには最適な職業よ。やっぱり、手先は器用な方かしら?」

「うわーん! そうなんですよー! 子供の頃は、罠ばっかり作って遊んでましたよーーー!!」


 コンパンはガックリと肩を落として席に戻る。

 レベル1。つまり、学校内での立場は最下層という事になる。


「ちくしょー! ああ、笑うがいいさ! 立場も低けりゃ、器用貧乏代表な職業だってバカにすればいいさ!」


 席をガタガタと揺らし、コンパンは荒れに荒れていた。

 ストラは笑うどころか、真剣な顔で悩んでいた。


――職業だと?


 もっとも、悩みの内容はコンパンと全く関係なかったが。


 そもそも魔族には、職業という概念が存在してない。

 あるのは、役割だけ。


 人間は職業に就いて仕事をこなすのに対し、魔族は割り当てられた役割をこなすのが仕事なのだ。

 大きな違いはないが、強いて言うならば選択の自由があるかどうかぐらいだろう。

 それが良いかどうかはまた別の話だが。


 また知らぬ間に一般常識が変わったのか。

 それとも、徹底して人間の真似をしているのか。

 或いは――。


「ッシャー! どうだ、見たかオラァ!? 俺様はレベル3だぞ、3! 誕生日も早いから歳も上だ!」


 雑音のような不快な声が、教室に響き渡る。

 見ると、短髪の男が威勢良く叫んでいた。


「ハハッ、もう勝ち組ってか!? てめーらレベル低すぎんだよ! ざまぁー! 全員ショッコ様って呼べよ!」


 クラスメイトたちは見るからに嫌そうな顔をするが、反論する者は誰も居なかった。


「うわ、アイツ……到着早々弱そうな男子に絡んでたヤツだ。やだなー、レベル3かよ。みんな1か2だってのに。アイツがクラスのトップとか、マジ勘弁だよ……」


 コンパンは机に突っ伏し、頭を抱えて落ち込む。


「それがどうかしたのか? 戦って勝てば良いだけの話だろう?」

「無理だよ。レベルが2も違うし」


 最初から諦めているコンパンを見て、レベルが全て、という言葉を思い出す。

 『勝敗主義』だった以前とは、まるで逆だ。


――そう、これではまるで……。


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