第5話 魔王さまと相部屋


 長旅で疲れているだろうから、と言われ、細長い家々――一番左の生徒寮にそのまま通された。

 校舎の案内や顔合わせは、明日からだという。


 生徒寮の外壁は草やコケなどが多く生え、相当気合いの入った建物だ。

 しかし、中は毎日掃除されているのか、かなり綺麗だ。

 左手側だけに扉とランプが並ぶ廊下を、カツカツと歩いていく。


 本来は学食で夕飯を食べるそうなのだが、既にコックは寝てしまったそうだ。

 代わりにサンドイッチを手渡された。

 これは、パティー先生の手作りだそうだ。


 二階に上がり、少し進んだところでパティー先生が止まった。

 扉には、『212』のナンバープレートが。

 パティー先生は鍵束から二本だけを取りだし、ストラとアルクワートに一本ずつ手渡す。


「貴方たちのお部屋はここよ。三年間この部屋で過ごすんだから、綺麗に使ってね」


 受け取ってすぐに、アルクワートは鍵を差し込んで扉を開け放つ。

 早く見たい、というより、早く確認しなくちゃ、という顔だった。


「……な、な、なんなのよ、この部屋はーーー!?」


 部屋の広さは、二人で寝泊まりするには少し手狭だ。

 横は手を広げたストラが二人分ぐらいで、縦はそれに少し足したぐらいである。だが、問題はそこではない。


 部屋の奥に立派なベッドが二つ、隙間無くみっちりと並んでいる。

 それが部屋の半分を占領している為、尚更狭く感じた。


 パティー先生が言うには、ここは当たりの部屋らしい。しかし、アルクワートにしてみれば、薄汚れた二段ベッドの方がまだマシだった。


「こ、これじゃあまるで、恋人ベッドじゃない……。せ、先生! どっかの部屋と交換を――!」


 振り返った時にはもう、パティー先生は居なかった。

 どうせごねるだろうと予想していたのだろう。


「うー……こんなヘンタイと一緒の部屋だなんて……。しかも、恋人ベッド。ありえないわ……」


 頭を抱えながら唸り、ついにはしゃがみ込んでしまった。

 ストラはそれを無視して部屋に入ろうとする。しかし、アルクワートは服を掴み、それを阻止してきた。


「今度こそ、寝込みを襲うつもりなんでしょ?」


 急に立ち上がり、ツリ目を更につり上がらせ、ジロリと睨んでくる。


「いや、そんなつもりなどない」

「嘘よ! アタシの勘が言ってるわ! アンタは、もの凄く悪いヤツだって!」


 魔王の息子なんだから悪いヤツなのは当たり前だろう。

 ストラは、呆れながらにそう思った。


「安心しろ。絶っ対に襲わない」


 ストラは真っ直ぐに目を見つめて、そう言い切った。

 無理矢理は家畜にも劣る行為だと、父上から教わったからだ。


「な、何よ。アタシには、そういう魅力がないって言いたいワケ?」


 思いもよらない反撃に、アルクワートは怯んでいた。


「いや、そういうワケでは無いのだが……」

「ほーらやっぱり! 本当は襲う気マンマンなんでしょ!? この、ヘンタイ!!」

「私にどうしろというんだ……」


 三年間この調子なのか。

 強い目眩を感じ、今度はストラが頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。



 ※



 何とかベッドを動かせないものかと奮闘するが、どうやら土台部分がくっついているらしく、切り離しは不可能だった。

 完全に恋人ベッドだと、アルクワートは深く嘆く。


 そうこうしている内に、消灯時間が過ぎていた。

 ストラたちは顔を見合わせないまま夕食を済ませ、ランプの火を消す。


 寝る直前、アルクワートはベッドの境目に抜き身の剣をぶっ刺した。


「この線を越えたら容赦なく斬るからね」


 ギロリと睨み付けながら脅しを掛けてきた。


「ああ、構わない」


 ストラはそれをあっさりと了承した。

 寝相は良い方なので、そちらに転がっていく心配もないと判断したからだ。


「……ふん、いつまで羊で居られるかみものね」


 拍子抜けしたアルクワートは、ふてくされたように布団をすっぽりと被り、そのまま寝てしまった。


 馬車で眠ってしまった所為か、ストラの目は冴えていた。

 イスに座り、月明かりに照らされているアルクワートを何となく観察する。


 警戒していたのは最初だけで、やはり疲れていたのか、今はぐっすりと眠っている。

 しかし、寝相が悪く、自分から線をはみ出してしまうのではないかと別な意味でハラハラしていた。


――それにしても。


 襲う気は無い。襲う気はないが……。


「んぅ……んん……」


 時折漏れる甘い声に、シーツの擦れる音。


「はぁ……暑っ……」


 寝苦しいのか、布団をベッドの横に押し避け、お腹を出したまま寝ている。

 うっすらと汗ばんだ肌は、月明かりによって幻想的な光を帯びていた。

 いやが上にも、ストラの奥底に眠るそれがくすぐられるような光景だ。


「……全く、無自覚ほど恐ろしいものはないな……。これでは、今夜は眠れそうにもないか……」


 置いてある小型のランタンに火を灯し、カバンの中から分厚い本を取り出す。

 城から持ち出した唯一の本――人間の戦術をまとめた貴重な本だ。

 もう百回以上目を通しているせいで、あちこちが破れている。


 内容はとうの昔に、一字一句違わずに覚えている。

 だがそれでも、見飽きることはなかった。


 この本を開くとき、ストラは自分ではない視点に切り替える。


 一般人の視点に。

 兵士の視点に。

 軍団長の視点に。

 敵側の視点に。

 そして父親――魔王の視点に。


 立場が変われば、視点も変わる。

 動ける範囲も、使える権限も全て変わる。

 そして、組み立てられる作戦も。


 ストラが椅子で寝てしまったのは、日付が変わってからだった。

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